第16話 ノース国の町〈カント〉
門に向かうと冒険者達がギルド証を提示してさっさと中に入っていっている。森に面した門なので待ち時間がないように素早くしているのだろう。
「こっちの門は森に用があるやつしか使わねぇし、馬車用の道もないから商人で混雑することもねぇ。魔の森を探索するならここが1番利用しやすい」
「そうなんですね」
確かに門の周りが少し開けているだけで、すぐに森が広がっている。冒険者以外は利用しないだろう。
「街道側の門はもうちょっと厳密に身分証確認されるぞ。最初にこっち側から入ろうとするやつ想定してねぇんだよな」
やっぱ駄目だよな~とぼやくレイを放ってさっさと門を通る。門番に渡された従魔の首輪をブランに着けるときはすごく嫌そうな顔をされて笑ってしまった。
『なぜ我がこのようなものを着けねばならんのだ』
「それが決まりなんだから仕方ないでしょ。ちょっとだけ我慢してよ」
『むぅ』
「ん?その狐、森狐じゃねぇよな?」
「森狐ですよ」
「いや、どう見ても違っ―――」
「森狐です」
「そ、そうか……?」
アルの圧の強い笑みにレイが顔を引き攣らせる。納得はしていないようだが、追及は諦めたらしい。よかった。
『……我は森狐なんぞではない』
拗ねるブランの頭をポンポン撫でる。
門の内側はすぐに広場のようになっていた。食べ物や薬屋などの屋台が並び、冒険者達で賑わっているようだ。
「ブラン、屋台がたくさんあるよ」
『うむ。何か旨そうなものがあるか?』
「そうだな~」
「お前って、魔物としゃべれるのか?」
ブランと屋台を物色していたら、レイが不思議そうに聞いてきた。魔物と喋るスキルなんてものがあるとは聞いたことがない。アルがブランと会話できるのはブランの能力だ。
「ブランは知能が高くて、僕らは何となくお互いが言いたいことが分かるんですよ。長い付き合いですからね」
『うむ。間違いではないな』
「……森狐がそんなに知能が高いとか聞いたことないけどな。まあ、いっか。一流の従魔師は従魔の言いたいことが分かるって聞いたこともあるし、絆の差かね」
従魔師なんて職業があるなんて初めて知った。この国独自のものなのだろうか。
「あ、
『森蛇!それは旨いのか?』
「美味しいらしいよ」
「森蛇だったらあっちのタレ付きの方が旨いぞ」
「タレ、ですか」
『なんのタレだ?』
ブランが興味を持ったようだったので、レイの案内に従って違う屋台に向かうと、何とも言えない食欲をそそる香りが漂っていた。
「お?レイじゃねぇか。なんだ客連れてきてくれたのか」
「おう、だからサービスしてくれ」
「おい、俺みてぇな屋台主にサービス出来る余力なんてねぇよ。正規の値段で買いやがれ。お前めっちゃ稼いでんだろ?そっちに奢ってやんなよ」
アルが頼む前に茶色いタレがかかった森蛇の串焼きを差し出してくる。サービスできないといいつつ、焼けた中から1番大きいものをくれたようだ。
食べたすぎて肩から落ちそうなほど前のめりになっているブランを支えて串焼きを食べさせてやる。ブンブン振られる尻尾が耳元でうるさい。
「お?従魔に全部食われてんじゃないか、ほらこれ食え」
「ありがとうございます。ついでに後10本ほど焼いてもらえますか」
「そんな食えんのか?」
心配そうにしながら追加の串焼きを焼き始めた。串焼きを食べ終えたブランがアルの分を狙うのを腕で捕まえて確保して、ようやく1口齧る。
「あ、美味しい」
『これ、旨いぞ。もっとくれ!』
「だろ?ここのタレってのは、ショウユってのに蜂蜜とか加えて作ってるらしいんだよ。見た目は茶色すぎてちょっと食いにくいけど、旨いんだよな」
「ショウユ、ですか?」
「ああ、俺もそんなに詳しくないんでそれ以上の説明は無理だがな」
『もっと、くれ!』
「ショウユは魔の森でとれるショウユの実を煮込んで作るものだぞ」
「それ教えていいのかよ」
「タレの作り方を詳しく教えることは出来ねぇけどな」
ほれ、と渡された串焼き10本は保存用の葉に包まれていたのでそのままアイテムバッグに入れた。受け取ろうと手を出していたブランが、笑えるほどショックを受けた顔をしていた。
『なぜ仕舞うのだ。寄越せ、今食う!』
「これはまた後でね」
『何でだー……』
「ん?アイテムバッグ持ちか。しかも時間停止機能までついてんのか?若いのに稼いでんな~」
脱力して少し重く感じるブランを腕に抱く。グチグチと文句を言うのを聞き流して、金を払った。この町でもアイテムバッグは珍しいようだが、アルが持っていてもあまり気にされないようだ。ただ冒険者として腕が立つんだなと言われただけだ。
「おい、俺が奢ってやろうと思ったのに」
「え?別にいいですよ。僕だってそれなりに金は持っているので。それに保存用に買った本数も多いですし」
「……そうだけどよ」
「レイの奢りなんて珍しいもんだぞ?」
屋台主が串焼き2本分の金をアルに返し、レイから金を取った。レイの面子を気にしたらしい。アルも少し申し訳ないと思ったので素直に礼を伝えた。
「ありがとうございます」
「おう」
「ショウユ気に入ったなら、森でショウユの実を採取してきてくれよ」
「どうですかね。見つけたら持ってきますよ」
「おう、それでいい。正規の値段で買い取るぞ」
「……普通にギルドに依頼しろよ」
「キルドじゃ手数料取られるだろ。串焼きを高くしていいのか」
「俺は別に困らねぇけど。多少高くなっても食いに来るし。ここの串焼きはこの町で1番旨い」
「……そうかよ」
照れた屋台主を見ても楽しくないので、アルは町を散策することにした。
「それじゃあ、僕、町を歩くんで」
「待てよ、良い宿紹介してやるから」
レイが屋台主に別れを伝えアルを追ってくる。
「別に町は案内されなくても大丈夫ですよ?」
「そうだけどよ。なんかお前、腕が立つ割に人付き合い不得意そうだからな。俺がいた方が余計な奴が出てこないぞ?お前見た目でナメられそうだし」
「……」
否定できない。実際ノルドではナメられて面倒なことになったし。別に喧嘩うってくるような人でなければ、普通に人付き合い出来るはずだ。実際店で何か買ったときなどに問題が起きたことはない。
『ふふん。言われてるな~』
「ブラン、うるさい」
「狐君がなんか言ったのか?まあ、今日ぐらいは案内させろよ。そしたら、お前に余計な手出ししようとするやつなんて少なくなるからよ」
「……レイさんって有名な人なんですか?」
なんとなく周囲の人間がレイに注目しているのには気づいていた。興味津々で話しかけたそうにしている人もいる。
「ん?……まあ、多少な。ほれ」
「え?あ、Aランク冒険者?」
『Aランク?確かに人の中では強そうな奴だしな』
レイに渡されたのはギルド証でしっかりAランク冒険者と書かれていた。
「おう。普通に依頼受けたりしてたらいつの間にかな。魔の森の魔物暴走が起こったとき、町を救ったことがあって、それなりに有名人なんだよな。別に有名になりたいわけじゃねぇんだけど」
面倒そうに言って肩を竦める。
「……これ、むしろ目立って、絡まれません?」
「あ?俺時々低ランクの技術指導なんかもするから気にされねぇよ。俺がバックについてるかもって思ったら、初心者潰しするような奴いなくなるから、暇を見つけたらやってるんだ」
「へぇーすごいですねぇ」
レイの面倒見の良さはアルに対してだけじゃないようだ。納得してギルド証を返す。
「じゃあ案内よろしくお願いします」
「おう」
『宿に泊まるなら飯が旨いところがいいぞ!』
騒ぐブランに適当に頷いておいた。レイに話しかけても伝わっていないことを教えずに。まあ、アルも飯は美味しいところがいいけど。
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