第15話 新たな出会い

 ノース国の森を駆けてはや4日。町に立ち寄ることもなく駆け、時々希少な薬草や果実を見つけて立ち止まり採取した。大抵の果実はブランが匂いを嗅ぎ付けてみつける。


 不意に魔物が近づいてくる気配がした。アルはいつも通り魔力を放っているのに、それを気にせず勢いよく駆けてきていた。


「魔物が来るね」

『ああ。また使役されているわけではなかろうな』

「ううん。多分いつの間にか魔の森に入っていたみたい」


 普通の森と魔の森が繋がっているとは思いもしなかったが、今アルたちがいる森は、濃厚な魔力が漂い出していた。魔の森の特徴である。


 魔の森はその空気中に濃厚な魔力を漂わせ、それが凝った場所で魔物を生むと言われている。普通の森の魔物は親から子として生まれるが、魔の森では魔力が魔物を作り出すのだ。

 魔の森で生まれた魔物は、森にいる者全てを襲う。相手が強者だろうと気にしない。森の外まで人を襲いに行くこともある。


『では、魔の森で初めての魔物との遭遇だな!魔の森の魔物は食えるのか』

「うん。魔力で生み出されているけど、素材はちゃんと残るからね。むしろ、普通の魔物より美味しいらしいよ」

『狩るぞ!』

「ブランは何もしないくせに」


 張りきるブランに苦笑して前方を見据える。木々のざわめきが大きく感じて、剣を構えた。ブランがひょいとアルから飛び下りて近くの木に登る。やっぱり傍観する気らしい。


「ん、来た」


 藪が燃える。その真ん中から巨体が飛び出してきた。


「グワァアッ」

「熊かっ!しかも火魔法持ちって、自分の棲みかの森を燃やすなよ」

『鑑定忘れるなよ~』


 熊がアルに襲いかかろうとしている緊迫した状況で、のんびりとした声がアルに届いた。


「忘れてたっ、鑑定!」

「ガヴッ」


 熊が振りかぶる腕を避けて、一度距離をとる。体から熱波を発しているのか、避けたのに熱が伝わってきた。


「あっついなっ!」


 この魔物は炎獄熊フレイムベアというらしい。火魔法を使い、強靭な肉体を持つ。魔物ランクはB。肉は固めだが豊潤な旨味があり、煮込みに最適。


「って、今は、調理法の情報とかいらないから!」


 いつもは剣に風の魔力を纏わせるが、風は火を増幅させる性質がある。一瞬で判断して、魔法に切り換えた。


「我水を纏うもの。我望むは清水の鎮圧。我の望みを叶え給え」


 手のひらを炎獄熊に向け、呪文を詠唱する。炎獄熊のスピードは速く、アルも動き続けなければならない。


水噴射ウォーターインジェクション

「ガアッ」


 アルのもとから、大量の水が炎獄熊に噴射される。それに対抗するように炎獄熊は炎を噴射した。しかし、力が拮抗した水は火に克つ。魔法だろうとその原則は変わらない。


「ガアァッ」


 大量の水を浴びて、炎獄熊からもうもうと白い湯気が立ち上る。炎獄熊の動きが目に見えて鈍くなった。その隙を見逃す者はここにはいない。


「よっと……」

「グガッ、グゥッ……」


 炎獄熊へと駆け、その首に剣を振るった。1度で斬れないなら2度斬ればいいじゃないとばかりに続けて斬りつける。

 闇雲に振るわれる腕を避けつつ何度も斬りつけると、ドウッと音をたてて炎獄熊が地に伏した。


「やっぱり、戦闘手段もっと持ってないと。この剣柔すぎる」


 アルの剣は見事に歪んでいた。風の魔力を添わさずに斬りつけたので、剣に負担が大きかったようだ。そもそもこの剣は公爵家から訓練用に渡されたもので、魔物に対峙するには心もとなかったのだ。風の魔力で切れ味と耐久性を上げていたので今まで支障なかったが、新しい剣を手に入れるべきだろう。


「あー、森が燃えてるな」

『うむ。だが、森の回復力はなかなかだ』


 いつの間にかアルの傍にやって来たブランが、炎獄熊が飛び出してきた藪の辺りを見ている。アルもそこに注視すると、炎が次第に鎮火し、燃え尽きた藪の下には新たな草が生えてきていた。そこに魔力が集中したので、魔力によって森が修復されたのだろう。


「……魔の森ってなんなんだろう」

『普通の森でないことは確かだな』


 魔物を生み出し、素早く自己修復する森に改めて疑問が浮かぶ。

 ブランと魔の森の奇妙さを話していると、背後で枝が折れる音がした。


「っ……だれ?」

「お前、なかなか凄いな」


 ニカリと笑い、大剣を背に担いだ男が近づいてきた。全く気配が感じられなかった。顔を強ばらすアルに男が両手を上げる。


「おいおい、そんな警戒しないでくれ。俺はカントの町に滞在している冒険者だ。レイと呼んでくれ」

「……同じく冒険者のアルです。僕に何か用ですか」

「いや、たまたまここを通りかかってな。助けが必要かと様子を見ていたんだが、なかなかお前が強くて驚いてよ、思わず声をかけちまったぜ」

「……そうですか。ご親切にどうも」


 アルに気配を悟らせなかった男の実力は侮れない。その一挙一動を油断なく見る。

 レイが困ったように苦笑した。


「なんか、思っていた以上に警戒させちまったみたいだな。心配すんな……って言っても、信じられねぇか」

「……いえ」


 本当に困りきった様子だったので、アルも少し警戒を解く。ブランが尻尾で頬を撫でてきた。横目で見ると、ブランは男に興味無さそうに炎獄熊の方を見ている。早く解体しろと言いたいのだろう。


「ああ、熊の解体か?手伝ってやろうか?それとも俺のアイテムバッグに入れて町で解体させるか?」

「……」


 アルが炎獄熊を気にする様子にレイが提案する。この男もアイテムバッグを持っているらしい。アイテムバッグは作れる人間が少ないために、結構な値段がするはずだが、レイは当然のように持っているようだ。相当稼いでいるのだろう。


「あ、アイテムバッグってのはな……」

「大丈夫です。僕も持っているので」

「ふーん、やっぱりそうか。お前荷物少なすぎるもんな」


 偽装を準備しておくべきだったと少し後悔した。レイがニヤリと笑って、アルが背負ったバッグを指差す。

 アルはこの場が面倒臭くなってきた。とりあえず炎獄熊をバッグに放り込み、森の外を目指す。魔物の解体に疲れてきたので、ギルドに持ち込んでやってもらうことにしたのだ。アイテムバッグのことがバレるが、騒ぎになったらまたすぐ町を出ればいいと判断する。


「おい、無視すんなよ。お前この辺慣れてないんだろ。町への帰り方分かるか?」


 しつこい。文句を言おうかと見上げると、心配そうな表情をしていたので黙るしかなかった。レイは純粋に心配して声をかけているだろうに、それを無視するのはアルの方が悪い気がする。


「……僕はカントの町から来たのではないので、とりあえず森の外に出て探します」

「カントからじゃない?どこから来たんだ」

「ノルドです」

「はあ?そこって、馬車でも一週間はかかる辺境の交易町だろう。そこから他の町に寄らずに来たのか?」


 なぜか2人並んで歩くことになってしまった。アルはそんなつもりはなかったのだが、レイがついてくるから仕方ない。


「ずっと森を通って来たので」

「……確かにノルドからここまで森が続いてるけどよ、普通どこかで町に立ち寄らねぇか?食料調達とか」

「アイテムバッグがあるので」

「……確かにそうだけどよ。ずっと森にいたら気が狂いそうにならねぇ?」

「いえ、全く」

『お前は寧ろ森の中の方がのびのびしてるな』


 微かに笑う気配のするブランの頭を撫でる。


「お前、すげぇ変わりもんだし、命知らずだな」

「どうも」

「褒めてねえ」


 呆れた顔をするレイに少し笑う。最初はなんだこの男はと思ったが、存外レイは話しやすい。


「お、笑うと可愛いじゃん」

「……僕は男です」

「分かってるよ。……あれ、可愛いって男に言ったらダメか?」

「ダメですね」

「美人は?」

「ご遠慮ください」

「丁寧な言葉使って、怖い顔すんなよ」


 褒めてるんだけどなぁとぶつくさ文句を言うレイを横目で見る。


「それでいつまで僕についてくるんですか」

「ん?お前カントの町知らねぇようだし、俺が連れていってやろうと思ってな」

「結構です」

「……お前結構断り文句がストレートだな。大抵の奴は俺に媚びうってくんのに」


 文句を言うレイはそれでもアルを町に案内する意思は曲げないらしい。進行方向より少し北を指差す。


「こっちに向かった方が町に近道だぞ」

「……どうも」


 レイに指示されるまま、少し進路を変える。しばし話しながら進むと木々の合間から岩の壁が見えてきた。


「あれがカントの町の防壁」

「へぇ」


 周囲に人の気配が増えてきた。町のざわめきが聞こえてくる。


「門で身分証提示すると入れるぞ。……ようこそ、カントの町へ」

「……別に、レイさんの町じゃないでしょう?」

「ははっ、確かにそうだ!」


 快活に笑うレイにアルは思わず笑みがこぼれた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る