第14話 甘味は争いの元

 町を出るのは門番に身分証を提示するだけだった。水晶に翳しもしない。


「ちょっと不用心すぎるよね」

『入り口の鑑定球を信用しすぎだな』


 町の警備の甘さに苦笑するが、門を通る人数を見ると仕方ない部分もあるかもしれない。門は町に出入りする人が列をなしている。馬車も多いので、出口を厳重にしていたら町の中が渋滞になる。


「さて、森はすぐ傍みたいだね」

『うむ。さっさと行くぞ』


 門の前は広場になっていて、その先に街道が続いている。その脇は草原が広がっていて、その奥に森があった。草原では何人かの冒険者が剣を振るっている。


「こんな町の近くの草原だと角兎くらいしかいないんじゃないかな」

『あれらは全く構えがなってない。森で戦えん者の食い扶持稼ぎだろう』

「なるほど。まあ、角兎は食用として一般の魔物だからね」

『うむ。そういえばお前は角兎も狩っていたのではないか?』

「そういえば、バッグにしまったままだね」


 草原を歩きつつブランと会話する。アルの姿は初心者冒険者に紛れて目立たないはずだ。さっさと草原を抜けて森に入る。


「ここは魔の森じゃないんだね」

『ここは普通の森だな。まあ、それなりに強い魔物もいるようだが』

「うん。……さすがに町近くで薬草とかは採れなさそう」


 地面を見つつ歩くと、薬草が無惨に千切られているのが目立つ。こんな取り方をしたらもうこの薬草は育たない。先々のために一部の株を残すという考え方をできない者がいるようだ。


「もうちょっと奥に行こうか」

『この国にはどんな肉がいるのか』

「そうだね~、美味しい魔物がいるといいね」


 人の気配が周囲になくなった所で風の魔力を纏って走る。森の空気を浴びて爽快な気分だ。


『肉を狩るために魔力は抑えろ!』

「えー、今は移動優先にしない?角兎とかがたくさん襲ってきても面倒だよ?」

『むぅ』

「それに早くご飯食べるんでしょ?」

『……分かった。早く飯だ!』

「ふふっ。分かってるよ」


 肩を叩いて催促するブランを宥めつつ、人の気配がない森の奥に向かった。





 木が密集する奥の方まで来ると、ほとんど人の手が入っていない様子だった。ノルドの町の冒険者はここまではあまり来ないようだ。まあ、ここまで来られる実力があれば、魔の森に向かって魔物と戦う方が利益になる。


 今日の野営地を決めテントを設置した。結界魔道具を置いた後、温度調整風魔道具を設置する。これは、結界内の温度を設定温度に保つ魔道具だ。風と火の魔法を組み合わせた魔法陣を刻んでいる。これはまだ省魔力できていないので低級の魔石では足りず、火焔猪の魔石をセットした。


『む。暖かいな』

「これのお陰だよ」

『また、珍妙なものを作ったものだ』


 ブランが魔道具の風の吹き出し口を覗き込む。ブワァっと勢いのある風を受けて、ブランの長い毛が激しくかき乱される。


『むわっ。我の毛が……』


 しょんぼりして魔道具から離れ、せっせと毛繕いしているのを横目に見つつ、火焔猪肉の固まりを取り出した。

 肉を下茹してから加圧式時短鍋にオニオンと共に詰める。それにブイヨンと白ワイン、ハーブを加えて煮込んだ。

 煮込みを待つ間に先ほど買った小麦粉と水、塩、膨らし粉を捏ねて丸く成形する。それを編み籠に敷いたマントウの葉の上に並べ蓋をして、お湯をはった鍋の上に置く。蒸しパンだ。


「ブラン、アンジュはどうやって食べる?そのまま?」

『むぅ。……アルが旨いと思うものを作れ』

「ははっ、分かった」


 悩んだ末にアルに丸投げしてきたが、気にせずアンジュを取り出して鍋に入れる。1つを齧ってみるとしっとりとした濃厚な甘さとほのかな酸味が溢れる。その甘さをみて、砂糖を少なめに加えて熱した。辺りに甘い香りが漂う。形が崩れるまで焦げ付かないようにかき混ぜながら熱し続けてアンジュジャムの完成だ。今日食べる分を残して瓶に詰め、しっかり封をする。


 蒸しパンと猪の角煮が出来上がっていたので、蒸しパンに切れ目を入れて角煮を挟む。ブラン用の皿には6つのせ、アルの分には2つのせた。もう一枚の皿にはアンジュジャムをのせた作り置きのクッキーを並べる。


「よし、出来上がり」

『うむ、旨いぞ!』

「え、もう食べてるの」


 アルがクッキーの準備をしている間に、ブランはさっさと角煮饅を食べていた。早すぎる。よほど腹が減っていたのだろう。


『この肉は程よい脂がぷるぷるで旨いな。味の染みたオニオンと食べると更に旨い』

「ほんとだね。上手くできたみたい」

『うむ』


 あっという間に食べきったブランは、ワクワクとクッキーに手を伸ばす。両手に持ってカプリと噛みついた。ほにゃりと目が垂れ至福の表情になった。

 アルも食べてみると、アンジュの甘さとほのかな酸味がバターをふんだんに使った塩味のあるクッキーと合わさり旨味をうみだしている。


『旨い……』

「美味しいね」


 その後は無言で食べ進め、最後の1枚が残った。同時に手を伸ばしたアルとブランの視線が交差する。無言の駆け引きが続いた。


『……これは我のものだ』

「ブラン、たくさん食べただろう」

『むむっ』

「……」

『……もらったぁあっ』

「いだっ」


 顔に白い毛を叩きつけられた。速すぎて避けられず顔が痛い。アルが顔を押さえた瞬間にブランが最後の1枚を口に放りこむ。


「……ちょっと、ブラン。尻尾叩きつけるのは酷くない?勢いがありすぎてすごく痛かったんだけど」

『ふふん。鍛え方が足りんのよ』

「ブランのスピードが速すぎるんだよ」

『油断大敵だ』


 誇らしげにクッキーを飲み込んだブランをジトリと見据える。ブランのスピードに人が敵うわけないのに。


「……まあ、食べようと思えば、僕はいつでも食べられるんだけど」

『なっ!』


 アンジュのジャムは残っているし、クッキーの作り置きもある。別に今出していたものに拘る必要はないのだ。


「後でお茶と一緒に食べようかな~」

『卑怯だぞ!我も食べる!』

「ブランだって卑怯だったよね」

『む……悪かった』


 しゅんとした様子を作ってアルに擦り寄りきゅんきゅんと鳴く。その狙いは分かっているから、可愛い子ぶっても絆されないぞ。

 ……でも、まあ、ちょっと意地悪なことを言ったかもしれない。


「まあ、いいよ。アンジュジャムクッキーは、また違う日に一緒に食べようね」

『……分かった』


 渋々納得して頷くブランを見て、片付けを始めた。









 



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