第17話 カントの冒険者ギルド

「どっか行きたいとこあるか?とりあえず宿をとることを優先しないと安いところは埋まっちまうけどよ」

「安さより快適さ重視の宿がいいですね。あとは町をぶらついて色々見たいです。できれば武器屋で剣を調達したいですけど」

『旨い飯がついてる宿がいいぞ!飯だ、飯!』

「ああ、お前の剣、歪んじまってるもんな。炎獄熊は身に纏う温度が高すぎて、普通の剣じゃ溶けちまうんだよな。……お前は強制的に冷やしていたみたいだけどな」


 レイが少し呆れた顔をする。炎獄熊に水を噴射して体温を冷やすのは一般的な討伐方法ではないらしい。では、普通はどう倒すのだろうか。あと、ブランは飯飯うるさい。


「炎獄熊の普通の倒し方ってどういうのですか」

「俺は魔力波でひたすら遠隔から斬りつける」

「……そうですか」

『これが脳筋という奴か?だが、まあ、それが出来るなら有効な手段かもな』


 レイはドヤッとした顔をするが、それは絶対普通の倒し方じゃない。Aランクに普通を聞いてもどうしようもないかもしれない。

 魔力波というのは、剣に魔力を通して、それを振ることで生じる魔力による刃のことだ。剣がよく魔力を通すものじゃないと出来ないし、コントロールも難しい。レイが持っている剣が魔銀製だから出来ることだ。魔銀などの魔力を通しやすい鉱物は値段が高くて、生半可な冒険者では一生かかっても持てないだろう。


「まあ、俺が低ランクに教えるときは、炎獄熊を見たらなにも考えずにすぐさま逃げろって言うぞ。あいつ足はそこまで速くないし、執念深く追ってくるもんでもないから」


 アルが少し呆れているのに気づいたのか、ちゃんと普通の対処を教えてくれた。逃げ一択というのがなんとも言えないが。レイが炎獄熊を見つけてアルを手助けしようと考えたのもそれがあるからなのだろう。アルが持っている剣は普通の廉価品だったし。


「そうなんですね」

「ま、普通なんてお前に必要ないだろ。……お、ここの宿は評判いいぞ」


 話しながら歩いていたら、一軒の宿の前で立ち止まった。なかなか綺麗な外観で窓辺に観葉植物が植わり、それが2階から下まで蔓を伸ばしている。きちんと整えられたそれがまたお洒落だった。


「へぇ、外観はいいですね。ちょっと空きがあるか聞いてきます」

「おう」

『飯がどんなのかも聞くんだぞ!』


 ブランに適当にハイハイと返して宿に入る。カウンターでは、女性が暇そうな顔で座っていた。


「あら、お客様かしら」

「ええ、1部屋ほしいんですけど。従魔も一緒に泊まれますか」

「従魔……森狐かしら……?まあ、その大きさなら大丈夫よ。1部屋ね。ちょうどさっきキャンセルが出たところだったの。あまり部屋は広くないけど、そこでいいかしら」

「はい」


 いいかと聞かれてもそれがどれくらいか分からないのだから返事のしようがない。とりあえず頷いておいた。


「1泊で半銀1枚よ。朝食と夕食はそちらの食堂で食べられるわ」

『飯!どんなもんのだ?』

「じゃあとりあえず1泊お願いします」

「分かったわ。私はルエラよ。延泊するときは早めに私に教えてね。でないと次の予約が入ってしまうことがあるから」

「分かりました。僕はアルです」

「よろしくね、アル」


 案内された部屋は普通だった。ベッドと小さな机と椅子でいっぱいの大きさの部屋である。まあ、寝るぶんには困らない。ブランも場所とらないし。


『これが普通の宿なのか』

「ブラン、宿は初めてだったね。普通だと思うよ。……あ、レイさん待ってるから早く出よう」


 別に置くような荷物もないし、そのまま宿を出た。






 待っていたレイと共に町を歩く。店で売っているものは魔の森産の物が多く、普通の農作物なんかは少し価格が高い。魔の森が近いと農作物を育てるのも大変なんだろう。


「どんな剣を探してるんだ」

「そうですね。できれば魔力を通しやすい物がいいですね」

『今までは無理やり魔力を纏わせてたからな』


 ブランが呆れたように言うので、その頭を乱暴に撫でた。決して無理やりやってた訳じゃない。しっかり魔力操作を訓練して計算してやっていた。……ただ、アルの魔力が大きすぎて、剣が纏う魔力が大きくなりすぎただけだ。もっと魔力の通りが良い剣なら、わざわざ纏わせようとしなくても、アルの余剰魔力で効果を発揮できるはずである。

 

「魔力か。お前すごい威力の魔法使ってたしな。よし、俺の馴染みの武器屋を紹介してやろう。金は十分あるか?」

「……先にギルドに寄っていいですか?」

「おう、いい剣を手に入れようと思ったら、金かかるからな」


 レイに断ってギルドに向かう。時刻は既に夕刻でギルドには人が多い。魔の森に近いため冒険者が多いので、ギルド自体がとても大きく、カウンターも多いのであまり混雑している感じではなかった。


「この時間は、カウンターがフルで稼働してるからな。あんまり並ぶとめんどくせぇし」

「あ、ここ、査定カウンターとか色々分かれてるんですね」

「そうだな。一緒くたにすると効率が悪いからな」

「へぇ」


 効率的な配置に感心しながら、魔物素材買い取り(解体依頼)カウンターに並ぶ。1番端にあり、カウンターで出されたものは車輪のついた箱に入れられ、そのまま奥の解体室に向かっているようだ。


「―――次の方。ギルド証をご提示下さい」

「はい」


 アルのギルド証を確認した係員が頷き、魔物素材を出すように頼む。


「箱のサイズはどのくらいが必要ですか?」

「えっと、2番目ので」


 カウンターの奥には箱の見本が置かれていたので、上から2番目の大きさを頼む。1番大きな箱は、人が一体何人入れるのかと思うほど大きい。あんな大きさの魔物がこの魔の森で見られるのだろうか。大容量のアイテムバッグがないと丸々持ってくるのは無理そうだ。

 出された箱に炎獄熊を出すと、係員が少し驚いた顔をした。チラリとレイを見てアルに視線を戻す。


「これは、あなたが狩ったものですか?」

「そうですよ」

「……素晴らしいですね。ランク更新は考えていないのですか」


 レイが頷くのを横目で見た係員は、感心したように言う。しっかり解体用の手続きをしながらアルにランク更新を提案した。


「ランク更新できるほど、依頼を達成してないんですよね」

「この炎獄熊の胆嚢と心臓、毛皮は依頼が出ていましたよ。依頼を受けたものとして達成処理しておきましょうか?」

「いいんですか?お願いします」


 アルは積極的に冒険者ランクを上げたいわけではないが、ランクは高い方が色々と融通が効くのは確かである。してくれると言うなら、お願いしておいた。

 ちょうどアルの後ろに並ぶ者がいなかったので、炎獄熊が解体室に持っていかれた後、そのまま係員が依頼の受諾と達成の申請処理をしてくれた。カウンターが分かれていると言っても、それ専門というわけではないらしい。


「はい、これで依頼は達成されたと見なします。あなたはDランクなので、次のCランクに上がるには、Dランクの依頼を後5つ達成する必要があります。Cランク以上の依頼を受けるとDランク依頼2つ分としてカウントされますが、その危険性は自己責任でご判断ください」

「分かりました」


 形式的な言葉に頷き、ギルド証を返してもらう。


「解体にはもうしばらくかかりますが、概算でよろしければ精算しますか?」

「あ、解体済みのもあるんですけど」

「では、そちらも査定にまわしましょう」


 再び出された箱に、ノルドからカントまで来る間に狩った魔物の素材を詰め込んだ。係員が隣のカウンターの方に持っていくと、奥からやってきた別の係員がすぐに査定する。


「炎獄熊は全てギルド買い取りでよろしいですか?」

『肉はいるぞ!』

「あ、肉は引き取ります」


 ブランの主張に頷いて、肉は買い取りに出さないことにした。


「分かりました。肉は明日以降3日以内に受け取りに来てください」

「はい」

「では、炎獄熊の概算査定額と他の魔物素材の査定額、依頼達成報酬を合算しまして、金貨20枚と銀貨35枚になります。こちらは現金で受け取りますか?ギルド口座に預けますか」

「全額受け取ります」


 既に金は用意してあったのか、袋に入ったものを渡される。それをぽいとアイテムバッグにいれた。


「炎獄熊の査定額が概算より高くなった場合は自動的にギルド口座に入金されますので後程ご確認ください」

「分かりました。ありがとうございます」



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