ノース国
第12話 ノース国の入り口の町〈ノルド〉
朝ごはんを食べて出発すると、森は次第に木々が少なくなり、街道に突き当たった。運良く街道を通る商人たちはいないようだ。遠くに茶色の断崖と町の防壁が見える。街道を爆走すると防壁の監視に不審がられてしまうのでのんびり歩くことにした。
「風が冷たいね」
『そうか?我は心地よいぞ』
「ブランは毛玉だから」
『この美しい毛を毛玉と言うな!』
「ははっ、ブランがいるから首周りも暖かいよ」
季節は秋に近づいている。北は一足早く冬が訪れようとしているように感じられた。コートが快適にしてくれるが、顔の辺りは直接風が当たり冷たい。頬をブランに擦り付けると仄かな温もりを感じて頬が緩んだ。
てくてくと歩く街道は、いくつも馬車の
『何故この山は木が生えておらんのだ』
「不毛の山って言われてるよね」
防壁近くまで歩くと、既に商人たちが門の前で待っていた。何台も馬車が連なっていて、アルはその後ろに並ぶ。
防壁の両端は崖で、その上に山が続いている。山といっても木は生えていない。不毛の山で、大きな岩や土が固まって出来ている。それが空高くまで聳え立っているので少し恐ろしい。
「この山々は昔鉱山で、土の性質的に植物が生えにくいらしいよ。土砂崩れとかを防ぐために、町近くは定期的に土固めの薬をまいているから余計に植物が生えないみたい」
『ふーん。そんなことをする前に植林でもすれば良かろうに』
「1度薬をまいちゃったら、どうしようもないよね」
ブランと話していると馬車の列は短くなり、アルの順番が回ってきた。
「ようこそ、ノルドの町へ。……冒険者ですか?」
「はい」
アルの荷物の少なさを見て判断したらしい門番に頷くと身分証の提示を求められた。冒険者ギルドのプレートを差し出すと、門番はそれを水晶に翳す。この水晶は各町にあり、プレートに記録された犯罪歴などを読み取るのだ。
「その魔物は従魔ですか」
「はい。
『我は従魔ではないし、森狐でもないぞ!』
拗ねて暴れるブランをギュッと腕に抱き締めて門番に笑いかける。門番は少し苦笑しながら銅の首輪を渡してきた。
「町中では従魔に首輪をつけることが義務です。また、従魔が何かしらの損害を他者に与えた場合、それを補償する義務が貴方にはあります。この首輪は、町を出る際に門番にお返しください。ご了承いただけましたらお通りください」
門番がにこりと笑って身分証を返し町の中へと促す。アルが拍子抜けするほどあっさりと通された。
門を潜ると、小さめの広場が広がっていた。町の案内図らしき看板が中央にあり、その先が3つの道に分かれている。とりあえず看板の前まで歩き空を見上げた。
「結界ってあれか」
『うむ。物理結界だな。魔物以外も拒む』
魔力眼で見ると、空に薄い膜があるのが分かった。単純な魔物避けではなく物理的なものを全て拒む結界のようだ。
「悪意を弾くとかっていうのはないよね」
『ないな』
「……どっからそんな話が出たんだろう」
『この町は門を通らねば入れないし、門では必ず水晶で身分を確認されるから、不審者は入れないということではないか』
「でも、水晶って万能じゃないよ。ギルドの身分証って偽れるし。僕だって、貴族時代に平民としてギルドに登録したよ」
『だがあの水晶は普通ではないようだぞ』
「え?」
ブランの言葉に慌てて振り返って目を凝らすと、水晶が纏っている魔力は普通のものと違っていた。
「……あれ、身分証読み取り機じゃなくて鑑定球じゃないか」
『うむ』
見た目に惑わされたが、鑑定眼で見ればすぐに分かった。
鑑定球は、文字通り対象を鑑定する水晶球だ。鑑定される内容は様々で、ここにあるものは人の職業と犯罪歴、感情を読み取るという珍しいものだった。
鑑定球に読み取られたものを、水晶の向こう側に座っている人が見て、訪問者に対応している門番に何か合図している。何故水晶の傍に人が座っているのか不思議だったのだが、こういうからくりがあったのか。
アルの職業はもう貴族ではないから冒険者で間違いないし、犯罪歴はなく、ノース国に悪感情もない。それであっさりと通されたようだ。
「出国は厳重じゃないんだね」
門の入国口は混んでいるが、出国口は混むことなくほぼ素通りだ。これなら違法な奴隷商人も出国しやすかったことだろう。
『謎が解けたならもういいだろう。早く行くぞ』
「ああ」
看板を見ると直進する道は歩行者用で左右の道は馬車用と書いてあった。町のなかで道の用途が限定されているのは珍しい。谷間の町だから土地自体は狭い反面、交易の要所で人通りは多いということからこんな仕組みになっているのだろう。
それぞれの道の間には住居や店が建ち並んでいる。歩行者用の道に面して店が開かれていた。
「うわぁ、人多いな」
『うむ……』
歩行者用の道をしばし歩くと、所々にある小さめな広場で屋台や青空市が行われているのが分かった。丁度昼時であるので、どこもかしこも人が多い。暫く森で過ごしてきたので、この人の多さに眩暈がするようだった。ブランも食傷気味に肩で項垂れている。
「これは屋台は無理だな」
『屋台のものは食わん』
屋台で売っているものを見ると、手の込んだものはなく、ほとんどが魔物の肉を焼いてパンに挟んだもののようだ。味付けは塩。頑ななくらい塩オンリーである。肉の種類が違うだけだ。低級の魔物ばかりであまり食欲をそそられない。
「……もっとハーブなり、香辛料なり使えないのかな」
『あれらが求めるのは、安く早く提供されることだけだろう』
屋台にいるのはほとんど冒険者か休憩時間の商店従業員のようだ。皆忙しなく食べて去る。
「落ち着けるところを探そう」
『うむ』
道をそのまま進むとレストランらしき看板があった。それなりに人の出入りがあるが、女性や身なりの整った男性が主だ。明らかに普段使いの店ではない。
「潔く町で食べるのは諦めない?食材は色々あるみたいだし」
『そうだな。我はアルが作るものの方が良い』
「ふふ、ありがとう」
意思を固めれば、やることは決まっている。必要な物資を買って町を出ることである。
「お、小麦が安い」
『そうなのか』
「あ、アンジュが熟れてる。たくさんあるよ」
『買え!』
「ハクサイとニンジンとイモとオニオンとパンプキンも欲しい」
『野菜はいらん』
「このパープルイモとパンプキンはお菓子にも使えるよ?」
『買え!』
店を訪れては食料を買い込む。お金はこの町ではグリンデル国のものが使えるからできることだ。
「あ、ギルドがある。ちょっと魔物を売りにいくね」
『うむ』
剣と杖が交差した看板を見て扉をくぐる。途端に至るところから視線がそそがれた。推し測る目を無視して受付に並ぶ。
「次の方どうぞ。ギルド証をご提示ください」
「はい」
受付は綺麗な女性だった。受付嬢を口説いていた男がアルを睨む。それにニコリと笑むと、意表をつかれた様子で固まった後、歪な笑みを返して壁際に去った。アルは母に似て美人なのだ。男だけど。綺麗な人に微笑まれて嫌な気分になるものはいない。
「Dランクですね。ご用件は何でしょう」
「魔物の素材を売りたいのです」
「かしこまりました。こちらにいれてください」
腕で一抱え程の編みかごを渡された。これに入るかなと思いながら、バッグから取り出し詰めていく。黒猛牛の皮をいれた時点でいっぱいだ。その上に角や牙、蹄をのせる。完全に籠から飛び出ている。
「……まだございますか」
「はい」
小さなバッグから皮を取り出した時点で周囲の雰囲気が変わっていたが、アルは気にせず受付嬢の問いに頷いた。
追加の籠に火焔猪の毛皮と牙を入れ、それを見て再び出された籠に白禹鳥の羽根と爪を入れる。とりあえず売るのはこれくらいだ。
「お願いします」
「……かしこまりました。これより査定致しますので、あちらでお待ちください」
受付嬢が指した先に報酬受け取りカウンターがあった。アルは受付嬢に礼を言ってそちらに向かう。
「おいおい、それ、アイテムバッグか?お嬢ちゃんが持つもんじゃねぇだろ」
こんなフラグは望んでない。却下。
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