第11話 関所の不穏
朝日を浴びて目覚めた。テントから外に出ると、下草が朝露で濡れている。
朝食の準備の前に枝にかけたままにしていた毛皮のコートの様子を確かめに行った。僅かに湿った感じがあるが、ここまで乾けば自然乾燥でなくとも色素が定着するだろう。
「我火を纏うもの。我望むは仄かな熱。我の願いを叶え給え」
そっとコートに手で触れる。
「
ふわっとコートが膨らむ。暖かな熱がアルのところにまで届いた。限りなく魔力を絞って発動させてみたのだが、多少勢いが強い気がするものの、概ね上手くいったようだ。
魔力が大きいのは魔物避けには便利だが、日常で使うには少し不便だ。そのためにアルは魔道具作りを学んで細かい作業を出来るようにしている。
今回は火焔猪の毛皮なので、多少失敗したところで大丈夫だろうと魔法を使ってみた。
「どこも燃えてないね」
『……乾燥だけの為なら、些か強すぎだがな』
「わっ、ブラン起きてたんだ。そんな辛い評価はいらないよ」
毛並みを整えながら呆れた顔をしているブランに反駁しつつ、コートを手に取った。仄かにまだ熱が残っている。羽織ってみると、朝の気温で少し冷えていた体が温もった。北に向かうにつれ気温が下がってきていたからこれは重宝するだろう。着ていても暑くなりすぎることもない。
『うむ。良い色合いだな』
「だろう?光が当たるとちょっと青っぽいんだ」
『そうだな。その色合いならば、町に入ったとしても悪目立ちせんだろう』
「ああ、そうだな」
コートの出来に満足して、羽織ったまま朝食の準備に取りかかる。思った以上に温度を快適に保ってくれるので、それほど寒くない状況でも着ていて問題ない。
「朝食はどうしようかな」
『肉だ!』
「えー、朝から?」
『朝にエネルギーを蓄えんと活動できんぞ』
「僕はともかく、ブランは動かないじゃないか」
『何を言う。我はいつだって何が起きてもいいように構えているのだ。頭を使っているしな』
「はいはい」
『むぅ。信じてないな』
拗ねたブランは放っておいて、火焔猪のバラ肉を炒め始める。ハーブ塩を振りかけ味付けして、切れ目をいれた丸パンに挟んだ。肉汁がパンに染みて美味しそうだ。
『旨そうだな』
「はい、どうぞ」
ブランには3つ。アルは1つ。作り置き保存していた野菜たっぷりスープも注いで食べる。
器用に両手でパンにかぶりついているブランを見ながら、さっと火を片付け、テントをしまう。ブランの食器を片せば準備は終了。
「よし、今日こそは小国に向かうよ」
『走ればすぐだろう』
ブランの言ったとおりに木々を避けつつ走り抜ける。朝の冷たい風が頬を撫でるが、コートのお陰で体が冷えることはなかった。
『む?とまれ。いい匂いがするぞ』
「えー、なに?」
『そこの藪の方だ』
とりあえず立ち止まってブランの指す方に向かうと、赤い実が至るところになっている低木があった。親指の先ほどの実だ。
「ベリーじゃないか」
『これは旨いな』
ヒョイッとアルからおりたブランがいち早く果実にかじりついている。アルのところにまで甘い香りが漂ってくるので、そうとう熟しているようだ。
「いいね。そのまま食べてもいいし、ジャムとかに加工しても美味しいよ。この甘さなら、砂糖もあまりいらなそう」
砂糖はそれなりに高級品だ。お菓子を作るには結構量がいるので、なかなか作れない。だが、ブランはもちろんアルも甘いものが好きなので、たまには甘味を作りたい。このベリーはお菓子作りに最適だった。
「よし、これにたくさん収穫して。時間ができたらお菓子作るよ」
『甘味か!我はクッキーがいいぞ』
「そうだね。ベリージャムとかをのせたクッキー美味しいかもね」
『うむ』
アルが取り出した布袋にブランがせっせとベリーを摘んで詰めていく。よっぽど楽しみなのか、尻尾をふりふり振りながらアクロバティックに跳び回り、アルが手をだす暇もなく熟した実を全て取りきった。
「……いつもこれくらい動いてくれたらいいのに」
『アル!向こうにもある。いくぞ』
ダッと駆けていくブランの後を布袋を持ち上げついていった。ブランがいくつもベリーの木をみつけるので、しまいには布袋1枚では足りなくなり、追加の布袋を出してひたすら収穫を楽しんだ。
「あれが関所だよ」
『うむ。結構人がいるものだな』
「そうだね」
ベリー狩りの後はひたすら走って、グリンデル国の北端についた。この関所は、小国ノースに行くための唯一の街道におかれた関所である。ここを通るのには国の許可書が必要で、運ぶ荷物の量に応じて税金を納める必要がある。
アルは森の中からその関所の様子を眺めた。思っていたより兵士の数が多い。国の騎士もいるようだ。油断なく剣の柄に手をやり、周りを見渡している。商人たちが不思議そうにしているので、これが普段の様子ではないらしい。
「逃亡犯でも出たのかな?なんか物々しいよね」
『……アルのことではないか?』
「え?僕?なんで国がここまでして僕を捕まえようとするんだよ」
『我は知らん。だが、時々アルを追うように森に入ってこようとするものがいたようだぞ』
「え?!気づかなかった」
『まあ、全て森に拒まれていたからな』
「つまり、すぐに死んだの?」
『そうだ』
「ふーん」
公爵が自らのプライドからアルを捕まえようとすることは予想していたが、国が騎士を動かしてまでする意味は分からない。王女はアルに価値を感じていないようだったが、国としては違ったのだろうか。
「……ま、いっか」
『さっさと森を通るか。小国側にまで手を回してはいないだろう』
「そうだね。グリンデル国とノース国はそこまで仲が良いわけじゃないし」
グリンデル国とノース国は交易はあるが、基本的に内政不干渉を貫いている。国の間には高い山が聳え立ち、唯一通れるのがこの街道だけだ。ノース国はグリンデル国の北側を覆う形の細長い国で、ほぼ全領地が魔の森に接している。その分、魔物に対する防衛費が高くなりそうだが、良質な鉱山が多くあり、国内経済は良いはずだ。
関所周囲は森が切り開かれて壁で覆われている。監視がおかれているが、そこから離れれば壁が途切れ、そのまま森に続いている。関所は商人から税金を取り立てるために作られたためそれで十分なのだ。魔物が彷徨く森の中を荷物担いで通る商人はほとんどいない。
この森は両国を分ける山の裾野の森で、未だ両国の主権が確定していない緩衝地帯とされている。
関所の様子を確認したアルは、気配を消したまま森の奥に駆けていく。魔力の放出を抑えているため雑多な魔物が襲ってくるが、それは避けるなり斬り捨てるなりすれば問題ない。
あっさりと関所の監視がある地帯を抜けて、ノース国へ向けて走る。一応、完全にノース国に入るまでは気配を抑えておくつもりだ。森の両端に高い山が聳え立っているのを見ながら、地を駆け木々を跳び、走り続けた。
『腹が減ったぞ』
「え、ああ、もう昼過ぎてるね」
『昼というか、もう夕方だ』
「……そうだね」
ブランに言われて木の上に立ち止まる。日が傾き、オレンジ色になってきている。通ってきた方を振り返れば、関所があるところは既に遥か遠くになっていて、街道やその近くにある野営地も近くにはない。ノース国に入るにはいずれ街道に行く必要があるが、今は別にいい。
「なんか壮観」
『うむ』
アルがいるのはこの森で一際大きい木だ。森を見下ろす位置に立つと広い森が一望できた。行く先を見ると両端の山により森は狭まっていき、山が交差する部分が崖になっていた。その先が山の谷間になっていて、ノース国の玄関口となる町がある。町の防壁が山の谷間を塞ぐようにあるので町中はここからは見えない。
「ノース国まではもうちょっとだけど、今日はここで野営にしようか」
『丁度良い位置だな。明日にはノースに入れる』
「うん」
この大木の下で野営することにして、用意に取りかかった。
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