第10話 火焔猪の加工

 魔物の気配を探っていると、3つの気配が近づいてくるのが分かった。1つはブランのものだが、なぜ2体を追いたてているのだろうか。


「……1体って言ったでしょ」


 きっと火焔猪を目にして、1体ではすぐ食べ終わってしまうことに気づいて、欲張ったのだ。ブランは食い意地でできているから。きっと食べ物のことしか考えていないのだ。

 ちょっと文句を思いつつも、黙って到着を待った。


「あ、来た」


 赤い巨体が1体視界に入った。ブランは時差をもって到着するよう調整して追いたてていたようだ。

 魔法筒を構え覗き込む。まだ遠いので狙いを定めるのは難しいが、できないことではない。


「発射~」


 なんとなく口に出しつつ、魔法陣に魔力を流し魔力弾を撃ち込む。眉間に当たって巨体がドンッと倒れた。まだ死んでいないはずだから、脳震盪を起こしたのだろう。

 仲間が倒れるのを目にしてパニックを起こしているもう1体は前進も後退もできずに足踏みしている。動かない分だけ狙いやすいので、こちらも眉間を狙って魔力弾を撃ち込んだ。


「よいしょっと」


 木から飛び下り火焔猪のもとに向かう。


『遅いな。こっちの肉はもう倒してしまったぞ』

「あ、倒してくれてたんだ、ありがとう」


 最初に脳震盪を起こした方はブランが対処してくれていたようだ。それならわざわざこちらに追い立てなくとも、2体ともブランが倒して持ってきてくれたらいいのに。なぜかブランはアルに魔物の対処をさせたがるのだ。


 残っている1体の首を剣で斬る。風の魔力を纏わせた剣は扱いやすくて切れ味がいい。

 ブランが倒した方も首が切られていたので、2体とも吊るして血抜きする。

 ブランは火魔法が得意なのだが、肉の損傷を防ぐために狩りでは風魔法を多用している。アルがいなかった頃は火魔法で丸焼きして、そのまま食べていたようだが。


「血抜きが終わったらとりあえずここ離れようか」

『うむ』


 岩場の魔物たちが血の匂いとアルたちの魔力に混乱し興奮して騒がしくなっているので、これ以上住みかを荒らさぬよう、早めに立ち去ることにした。







「あっ」

『む?』


 ビュンッと移動していたら何かが跳び出してきて、反射的に剣で斬り捨ててしまった。立ち止まって斬ったもののところに向かう。


角兎ホーンラビットだ」

『旨そうだが、肉が少ないな』

「そういうことは言ってないからね」


 うっかり魔力を抑えたまま走っていたので、角兎が襲ってきたらしい。首をはねて既に血抜きをされているようなので、拾い上げてバッグに放りこんだ。

 角兎はGランクの魔物だが、肉は臭みがなく美味しい。繁殖力が高いので森ならどこにでもいて、昔からアルがよく食べていたものだ。安価な肉なのであまり貴族は食べないが、庶民には人気だ。


「もうちょっと行くと国境だね」

『そうだな。これ以上近づく前にこの辺で野営にするか?これから国境を越えるには中途半端な時間だ』


 ブランの言葉に視線を空に向けると、日が傾いてきていた。まだ夜には程遠いが、この調子で行けば確かに国境の関所近くで野営することになってしまう。そうすると人目につきやすいので、ブランの言うことは妥当だ。

 時間があるならば火焔猪を捌いて、防寒着を作ることまでできそうだ。


「お昼食べ忘れちゃったな」

『腹が減った!』


 あまりに走るのが気持ちよすぎて、昼食を忘れてしまった。ブランも言い出さなかったので、風を浴びるのが気持ちよくて忘れていたのだろう。

 野営を決めたら急に腹が減った気がした。


 ちょうどよさそうなところにテントをはって、結界の魔道具をセットする。そこで昨日の残りのシチューを食べて少し休んだ。


 十分休息がとれたところで、テントから少し離れて火焔猪を捌く。2m近い巨体なだけに、解体も一苦労だ。


『がんばれ~』

「……もう、ブランのせいで2体もあるんだからね」


 丸めたブランケットに寝転がって寛ぐブランからの気の抜けた声援に脱力する。狐に解体ができるとは思えないからアルがするしかないのだが、なんとも不条理だ。


 解体できたところで肉はしまい、皮の鞣し溶剤を取り出す。これは毛皮に振りかけることですぐに加工可能にしてくれる魔法薬だ。森に生えている植物から作れるので、魔法薬調合をできる人間は村で重宝される。アルが持っている魔法薬は自分で作ったものだ。


 毛皮に魔法薬を塗り込みしばし乾かす。その後毛並みを整えて、毛皮用のブラシをかけた。火焔猪は思っていたより毛が細く密集していて、上から触ると弾力がある。防寒性があるのも納得である。あまり重さはないので、羽織っても機動性は損なわれない。2体もあるので、1体はコートにしてもう1体は売ることにした。


 毛革をカットして縫い合わせる。ゆとりをもって作ったので、剣を振るうのにも邪魔にならないだろう。

 膝丈のコートができたところで暫し眺める。どう考えても鮮やかな赤色の毛は森で目立つ。町で使うにも派手すぎるだろう。


「ブラン、ちょっと採取にいってくるね」

『ん?分かった』


 とりあえずコートをしまって付近の森を探索して染色用の植物を採取することにした。歩きながら森を見渡すと、そこそこに有用な薬草が生えていて、ついでに採取しておく。ブランが好きなハーブスパイスの群生地もみつけたのでまとめて採取する。これは後で乾燥させなければならない。


 暫く行くと青菫あおずみれの群生地があった。探していたものだ。これは煮詰めた液が青みがかった黒色の染色液になる。この染色液は媒介を用いることで、元の色を無視して染め上げる。

 たくさん生えているので遠慮なく必要分を採取した。これは量が多いほど黒みが増して綺麗なのだ。


 野営地に帰る途中でブラッドレモンをみつけたので熟したものをとっておく。これは赤いレモンなのだがとても酸っぱい。だが、オレンジオイルと混ぜると、酸味が抑えられた美味しいドレッシングになるのだ。


『帰ったか。何を採ってきたのだ』

「染色液用の植物だよ」

『なんだ、食いもんじゃないのか』

「もうお腹空いたの?」

『ふん。あれっぽっちで足りるもんか』

「もうちょっと待っててよ」


 ブランケットに埋もれて寝そべる頭を撫でてから、再び作業に取りかかる。


 染色用の鍋に青菫をつめ水を加えて煮る。青菫の形が崩れ黒みのある濃い液体になってきたところで魔鉄屑を加える。これが媒介になるのだ。

 鍋を火から下ろして冷まし、毛皮のコートを漬け込む。暫し放置して触れないように取り出すと、鮮やかな赤色が黒色に染まっていた。これを乾かすと青みがかった色が出る。とりあえず枝にかけて乾かした。


『アルー、もうすぐ夜だぞー』

「はーい」


 暗くなってきた森に気づいて明かりの魔道具を灯す。染色道具を片して、夕飯の準備を始めた。


「しゃぶしゃぶでいい?」

『しゃぶしゃぶ?なんだそれは』

「あれ?作ったことなかったっけ。なら今日の夕飯はしゃぶしゃぶにするね」


 火焔猪の肉を薄切りにして、たくさん用意しておく。どうせブランがたくさん食べるのだ。野菜はアルが食べる分だけ切る。

 鍋に水をいれて沸かし、やわらかな甘味を出してくれるハーブをいれる。これは肉を柔らかにし脂の臭みもとってくれるのだ。


『なんだ?汁物か?』

「これで肉を茹でるんだよ」

『ほーん』


 興味深そうにアルの肩から鍋を覗き込むブランを撫でて、タレの準備をする。作り置きしていたゴマだれとさっきとったブラッドレモンで作ったドレッシングだ。


 1枚ずつしゃぶしゃぶするのはブランの食べる速さに間に合わないので、鍋にどさっと肉をいれてしまう。楽するのって大事。既にしゃぶしゃぶというより猪の水炊きだ。


「よし、食べよっか」

『うむ』


 ちょんと地面に座るブランの前に2つの皿を置く。ゴマだれをかけたものとレモンドレッシングをかけたものだ。


『う、旨いな!肉が甘いぞ。柔らかいな』

「美味しいね。ゴマだれかけるとちょっと香ばしくて肉の甘味がよく分かるし、ドレッシングだとさっぱりで食べやすい」

『うむ。我はこの柑橘の香りがするものの方が好きだ』

「そっか。僕もかな」


 火焔猪の肉の甘味とドレッシングの酸味が合わさって、いくらでも食べられそうだ。


『もっとくれ』

「もう、いくら肉がたくさんあるにしても食べすぎだよ?」

『柑橘のをかけてくれ』

「全然聞いてないね?」


 アルの食事が終わるとブランの給仕係に専念した。

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