第13話 人付き合いは苦手
「お嬢ちゃん、お兄さんにそのバッグ譲ってくれないか?」
「え、おじさんの間違いでは?」
ニヤニヤと嗤う男にきょとんとして言い返すと、瞬く間に顔が歪み赤くなった。一応言うと、天然での発言ではない。煽っただけである。
「てめぇっ、人が優しくしてみれば、なめたこと言いやがって!」
「すみません。僕の頭では貴方の優しさを理解出来なかったようです」
最初からなめ腐った対応をしてきたのは男の方である。お嬢ちゃんとか、いくら美人に対してでも言っては駄目なことだってあるのだ。アルは男だ。使えないその目を捨てろと告げるべきだろうか。
「このヤロウっ!」
「あー、ギルド内で暴力沙汰はご遠慮ください」
剣を抜き放った男に受付嬢が淡々と言う。あまりに動揺が無さすぎるのでそちらをチラリと見ると、アルがどう対応するのか観察しているようだ。受付で出した魔物素材を見て、この程度の冒険者は問題ないと判断したのだろう。だが、本来ギルドはこうした冒険者の私闘を禁じる立場のはずだ。
所詮他人。アルはすぐにここを立ち去るつもりなのだから、彼らに自分の実力を見せる必要はない。彼らに利益を供与してやる気も、彼らに利用されてやる気もない。受付嬢からの評価なんて必要としていないのだ。
「ギルド内での私闘が禁じられているのを知っていての所業ですか?」
「うるせぇんだよっ!」
アルの言葉に更に激昂した男の剣をあっさり避けると切先が床に突き刺さった。アルが剣を避けられるとは考えていなかったらしい。後先考えない愚かな剣術だった。
「……その程度で僕に立ち向かってきたのですか?」
「なっ」
「貴方を止める人も加勢する人もいないということは、貴方人望ありませんね」
「グッ」
「口撃はそこまでにしてやってくれ」
突然の第3者の声に視線を向けると、階上から大柄な男がおりてきていた。
「グジンも、今度騒ぎを起こしたら冒険者資格を停止すると言ったよな」
「っ、これは、こいつがっ」
「てめぇから売った喧嘩で、てめぇが剣を抜いたんだろうが」
この男、誰かに説明されなくとも事情が分かっているらしい。恐らくギルドマスターだろうが、事態を静観して問題を大きくした責任をとるつもりはないのだろうか。
「つれてけ」
「「はっ!」」
「っ、ギルドマスター!」
ギルドマスターの後ろにいた2人の男が、グジンと呼ばれた男から剣を奪い腕を縄で拘束してどこかに連れていく。グジンはなにやら悲愴な叫びをあげたが、アルは興味がない。
なぜなら、査定が終わった魔物素材のお金を受け取っていたので。ちなみに全額ノース国貨幣で受け取り、グリンデル国貨幣を全てギルド口座に入れた。口座に入れれば他国のギルドでも引き出せる上に、その国のお金に自動で換金してくれるのだ。
自分で言うのもなんだがとてもマイペースだ。それに対応してくれるカウンターの男もいい性格をしている。なかなかいいおっさんだ。
「……お前、マイペースだと言われないか」
「今言われたのが初めてですね」
『マイペース?それの何が悪いのだ』
ギルドマスターが話しかけてきたので、うんざりとした気分でそちらに向き直る。
大人しくしていたブランがグイグイと額をアルの頬に擦り付けてきた。面倒事に巻き込まれたアルを気遣ってくれているらしい。その頭を撫でて、もう少し大人しくしていてもらう。
「……はあ、お前さんには非はないかもしれんが、煽るのは感心せんぞ」
「そうですか」
ひとつ頷いて一歩踏み出す。もうギルドでの用は済んだ。
「おい!このまま出るつもりか?!」
「そうですけど、何か問題ありますか。貴方は事情を熟知されているようですし、僕からお話することはありませんよね」
「……可愛くねぇガキだな」
「僕はそういう大人の駄目な感じ大っ嫌いなんですよね」
「は?」
「自己紹介もせず説教しようとして、それが受け入れられなければ相手に非があると悪態をつく。とてもうんざりします」
「……てめぇも自己紹介してねぇだろうが」
「貴方は詳しく事情を知っておられたようなので、てっきりご存じだと判断しました。自己紹介いります?」
「……いらねぇよ」
どうにも気分が苛々する。やはり人に接するのはアルに合わない。早く森に帰ろう。
今度は引き止める声はかからなかった。シンと静まったギルドを横切りさっさと外に出る。道を歩き出しても、アルを監視する者はいないようだ。
『余計なことに関わってしまったな』
「……うん。僕が普通にアイテムバッグ使ったのが良くなかったかも」
『たとえ使っていなかったとしても、あの男はお前に絡んできたさ。あれはお前を見てからずっと隙をうかがっていたからな。問題を起こす常連だったようだしな』
「そうかな。ちょっと僕の対応も良くなかった。あのギルドマスターにも」
『あいつは、お前が有用な冒険者か探っていたんだろう。アルはこの町に留まるとは1度も言っていないのにご苦労なことだ』
「そうだね」
淡々と述べるブランの言葉を聞いて、気持ちが落ち着いてきた。今さらな落ち込みも自省も程ほどに。あの男たちとアルの相性が悪かったのだと思うことにする。
「……さて、必要なものは買ったし、この国のお金も手に入れた。この町出よっか」
『うむ。この分だと今日も昼飯抜きか。我は腹が減った!』
「ごめんごめん。森に入ったらすぐ夕飯にするから」
『今日は甘味も食べたいぞ』
「じゃあ、アンジュを食べてみよう」
ブランと話しながら町の外に向かう。この先の地理は詳しく知らない。防壁の向こうに木々の先端が見えているので、森は近いだろう。
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