第6話 フラグたつ?
黒猛牛を丁寧に捌いていたらだいぶ時間がかかってしまった。やり始めたら妥協できない性格の自分がちょっと恨めしい。
『昼飯で肉食うぞ!』
「え……」
やっと捌き終わったと思ったらこれである。確かに日は昼になろうとしているが、少しは労りを覚えてほしい。
「……まず移動だね。こんな血の臭いがするところで食事したくないし。血に寄せられて魔物に集られて面倒だからね」
『うむ。我も血生臭い中では味気無いと思っていたぞ。ほれ、さっさと移動せんか!』
ひょいとブランが肩に乗ってくる。それにため息を吐きながらアイテムバッグを背負った。
しばし歩くと川が流れていた。公爵領とその隣の子爵領を分けている川だ。川の先にも森は続いているが、この川原で昼食をとることにする。
「ブラン、どの部位食べる?」
『全部だ。全部位焼くぞ!』
「……ちょっとずつだからね?」
『ケチ臭い奴め』
「ブランそのうち太ってまん丸毛玉になるんじゃない?」
『なんだと?!このスレンダーな体躯を見ろ!太るわけなかろう!』
「ブラン普段全然動かないでたくさん食べるからなー」
ブランが簡単に太らないことは分かっている。何せこの子狐の姿は変化によるものなのだから。ただあまりに飯飯と騒がれると少し煩いので釘を刺してみた。ブランは文句を言うが少し気にした様子で腹回りを揉んでいるようだ。
分けた部位を全部出し、昼に食べる分を切り出す。部位ごとに厚みを変えて、食感を楽しめるようにした。
「ブラン、火の準備して」
『む?我を小間使いにするか』
ブランはぶつくさ文句を言いながら、アルが集めておいた薪にボアッと火を吹いた。
魔物の魔法の使い方は不思議だ。詠唱も魔法陣もなく、タイムラグなしで魔法を発動できる。人間は魔力ひとつ動かすのにも苦労するのに。まあ、アルは特殊で、何故か容易に魔力を扱えるのだが。
「さて、どこから焼くかな」
『まずはさっぱりタンからだな』
「はいはい」
ブランが用意した火に金網をセットして肉を並べる。どうせブランがバクバクと食べるだろうから沢山並べた。
『まだ焼けんのか』
「まだだよ」
上から塩コショウを振って味付けし、少し考えてからレモンを小皿に搾った。タンはさっぱり食べたい。
『もういいだろう?』
「そうだね」
肉のほとんどをブランの皿に取り分けると、ブランがハグハグと頬張った。自分の分も取り分け、次の肉を並べておく。ももやカルビなど色々混ぜて焼く。
「あ、美味しいね。弾力があって旨味が出てくる」
『旨いっ!……我にもレモンくれ』
「はいはい」
ブランの分にもレモンをかけてやる。レモンをかけるとさっぱりしていくらでも食べられそうだ。
『次くれ!』
「んー、はい」
アルの分の5倍はあるだろう量を瞬く間に食べきったブランに催促され、焼けた物を皿に追加してやる。アルも皿にとって食べた。
『カルビは脂が甘いな。旨い』
「そうだねー。でも、胃もたれしそうであんまり食べられなさそう」
『そうか?ならば我が食べてやろう!』
「じゃあのせるよー」
アルにはあまり脂っぽい物は合わなかったので、ドカドカとブランの皿にのせてやる。残った美味しそうな部分をゆっくり味わった。
『くふーっ、食ったー』
「ご馳走さま」
たくさん食べても膨らんでいない腹を満足げに叩くブランの横で即座に片付けを始める。今日は予定より距離を歩けていない。今日中に子爵領内の森を進んでおきたかった。
『むふむふ。昼寝に良い日差しだな』
「寝ないよ?今日はもっと進むんだからね」
『そんなに急がなくても良かろうに』
「とりあえず公爵領は離れたいの」
『隣の領は森が深くないからこっちで泊まってから一気に行った方が良さそうだがな』
「……そうだけど、子爵領を一気に行くのは無理なんだから、どっちにしろ森の浅いところで泊まるよ?」
『ふむ。そうか、まあいい。その辺の人間どもが束でかかろうと問題ないしな』
「人間と戦うのは嫌だけどね。面倒だし」
ゴロゴロと寝転がるブランを抱き上げて肩にのせてやる。食べた物がどこに消えたのか、いつもと変わらない重さがくるりと首に巻き付いた。
『……我は寝るぞ?』
「どうぞ。どうせブラン何もしないんでしょ」
『役立たずみたい言い方するなよ。我が手を出すほどのものがないだけだ』
「はいはい」
首もとでモゴモゴと話す頭をポンポン叩く。ブランの声は次第に寝息に変わる。
肩の重さを感じながら川に向かう。深さはないが、少し流れが速いところがある。濡れるのも面倒なので、風の魔力を纏って所々にある岩に跳躍して渡った。
「こっちに来ると、ちょっと植生が変わるのかな」
子爵領の森に入るとすぐに果物の木が目にはいった。アプルの実だ。大半が未熟だが、日によく当たった身は赤く熟れている。
ジャンプでも採れそうだが、寝ているブランに文句を言われそうなので風の魔力を操って採る。
甘い薫りが漂う実を袖でぬぐってかぶりつくと、ジュワッと果汁が溢れて、さっぱりとした甘さが広がる。
「美味しいな。全部食べちゃったら後でブランに文句言われちゃう」
よく熟れた実を追加で採取してバッグに放り込んでおいた。
思わぬ幸運に巡りあい、気分をあげながら先に進む。至るところに果実の木があり、度々立ち止まって採取する。これ程実が残っていると言うことは、果実を食べる魔物があまりおらず、村人などもあまり採りに来ないのだろう。黒猛牛が時々木を倒して果実を食べていると聞いたことがあるから、この辺に出るのかも知れない。倒木になった果樹を横目に通りすぎる。
「ん?これは……」
倒木に蔓が巻き付いていた。薬草に分類される植物だが、この辺に生えると聞いたことがない。もっと西の隣国や帝国よりの植物の筈だ。
「……変だな」
とりあえずこの辺では希少なものなので採取しておく。アルはある程度の薬の調合はできるので、後で傷薬にするつもりだ。この葉は上級の傷薬になる。
「んー、ブランじゃないけど、眠たくなる気候だな」
木漏れ日は目に優しく仄かな熱を与える。お昼寝したら気持ちいいだろう。
「ん?」
遠くから聞こえる魔物の声や鳥の囀りに耳をすませていたら、異質な嘶きが聴こえた。魔物が馬を襲っているようだ。
「魔物にとっては馬って容易く狩れて、食べ応えがあるもんね」
恐らく商人か旅人の馬が襲われているのだろう。少しだけ助けに行くべきか迷った。魔物が生きていくために狩りをするのは当然のことなので、アルが人の味方をして割り込むのは気が進まない。
「……とりあえず行ってみるかな。死体が残るようだと衛生的に良くないし」
魔物は本能的に弱い人間を襲うが、食べることはあまりない。死体が残されると疫病の原因になったりアンデッドになったりするので、アルは後処理の為に向かうことにした。
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