第5話 異常な魔物

 木々を跳んで進むと、アルに向かって来ていた魔物が木に突進してきた。黒い巨体に大きな角。頭突きで大木が揺れる。


「え?黒猛牛に見えるんだけど」

『我にもそう見えるな』

「なんでここにいるの」

『さて、はぐれものか?』

「黒猛牛って群れをつくるんだっけ」

『黒猛牛が群れをつくったら、生息圏で暮らす人間はひとたまりもないな』

「……はぐれものってなに」

『生息圏からのはぐれものだ。何かこやつの生息圏に強大な魔物がおりたったのやもしれん』

「えー、黒猛牛を追い出すような魔物って何さ。この辺にBランクとかAランクっていないよね?」


 アルが木で立ち止まりブランと話す間も黒猛牛は木に突進し続けている。次第に揺れが大きくなってきた。この木が倒れるのも近そうだ。


『それより早く倒したらどうだ。これは今日の晩飯だ』

「そういうならブランが倒せばいいのに」

『我が手をだす程のものではないだろう』

「どういう魔物相手なら相手するの?まあ、いいけど」


 ブランがアルの肩からひらりと枝におりる。さっさと行けと言うように、脚をパシパシ叩かれた。


 その促しに従ってとりあえず魔法筒から魔力弾を打ち込んでみるが、さすがCランクであるからかその皮を傷つけることはなかった。しかし、少なくない衝撃を感じさせたらしい。黒猛牛が警戒して数歩後退る。


「う~ん、やっぱり魔法筒を使うと、魔法を使うより簡易で正確に狙えるけど、威力は低下するな。込めた魔力を十全に発揮出来てないね」

『魔道具を分析する前に倒したらどうだ。晩飯が逃げるぞ』


 黒猛牛がさっきよりも離れている。だが、ここから立ち去る様子はない。ただ見えない攻撃を警戒しているようだ。

 本来の黒猛牛なら、いくら獰猛な質であろうと、強大な魔力の持ち主に戦いを挑むことはないのに、何かがおかしい。見るところ、魔力の大きさを察知できないほど若い個体なわけでもないようだ。


「よく分からないけど、僕を狙い続けるなら仕方ないな」


 アルが違う木に跳び移ると、黒猛牛も向きを変えた。あくまでもアルを狙っているらしい。ブランは眼中になさそうだ。

 黒猛牛から水球弾が飛んできたので、それを避けて跳び上がった。水球弾が枝に直撃しへし折る。アルが一抱えに出来なさそうな太い枝だったのに一撃でこれだ。アルに当たっていたら、命を失っていたかもしれない。まあ、当たらなければ何の問題もないのだが。


「よっと」

「ブモォオッ」


 剣を片手に木から飛び下り、横手から黒猛牛の首筋に斬りかかる。僅かに避けられ首筋を1/3程抉りとるにとどまった。ボトボトと血肉が飛び散る。


「風を添わせてこれだけか。なかなか硬いね、お前」

「ブモッモォオッ」

「なに言ってるか全然分かんない」


 黒猛牛が興奮してアルに突進してくる。その巨体ををひらりと交わしながら口内で呪文を唱えた。普通に魔法を詠唱するのは久しぶりだ。


「我風を纏うもの。我望むは一風の貫通。我の望みを叶え給え」


 黒猛牛の横手に回り、先ほど斬りつけた首筋を指差す。


風の刃ウィンドエッジ

「モォォォオオッ」


 淡く緑に光る魔力光が黒猛牛に飛び込む。それは黒猛牛を貫き、通りすぎて向こうに立つ木までもを切断して消えた。


「あっ」

『のわぁあっ』


 切断されて倒れる木から白い毛玉が落ちてくる。それは空中でひらりと体勢を変え、すたっと地面におり立った。


「ごめん、ブラン。ちょっと勢いがありすぎたみたい」

『この馬鹿力めっ。森の中でそんな魔力を込めた魔法を放つな!森を破壊する気か!』


 仁王立ちしてガミガミ叱りつけてくる毛玉を抱き上げて、乱れた毛並みを整えてやる。


「ごめんって。黒猛牛だけを貫くつもりだったんだけど、想定より柔らかかったみたい」

『お前の魔力は馬鹿高いのだと自覚しろっ。普通の初級魔法でも加減を見誤ればこの辺一体を破壊し尽くすぞっ』

「だから、火の魔法じゃなくて風を使ったんだけどな」

『森で火を放つのは自殺行為だ』


 ようやく落ち着いてきたブランが肩の定位置におさまる。

 黒猛牛を見ると首から出た血がとまろうとしていた。血溜まりに歩いて行くのが嫌で、魔力を操って黒猛牛を中に浮かせる。しっかりと血ぬきしてから捌きたい。


「やっぱり、攻撃用の魔道具をもっと考えないとな。森のなかじゃ攻撃しにくいや」

『ふんっ、黒猛牛は皮が硬いのだ。それを剣の一太刀で斬れるなら、たいていの魔物は一撃で殺せる』

「ああ、やっぱり黒猛牛の硬さってCランクだと格段のものなんだね」

『お前は、戦う前に鑑定することを覚えたらどうだ』

「あっ」


 たいていの魔物は難なく倒せるので、アルはつい戦闘前の鑑定を忘れてしまう。今回もすっかり忘れていた。遅ればせながら鑑定してみると、何か違和感があった。


「……何これ。使役状態?」

『使役だと?黒猛牛がか』

「うん。何か埋め込まれてるみたい」


 血が止まった黒猛牛を近くに引き寄せて、つぶさに観察する。すると、後ろ脚の付け根に何かが刺さっていた。


「……これ」

『なんだ』


 引き抜いてみると、返しがついていたのかかなりの抵抗があった。刺さっていた部分はトゲトゲしていてる。全体が黒い半透明な結晶のようなもので出来ていた。


「魔石?」

『なに?魔石を加工しているのか?』

「そうみたい。ここ、魔法陣がある」

『使役の魔法陣か』

「そう。……人を探して襲うように仕組んであるね」

『ほう。アルを狙ったのはそのせいか』

「そうみたい」


 魔石をこの形に加工するにはかなりの技量が必要だ。またこれほどの大きさの魔石を得られるのはBランク以上の魔物だろう。これほどの逸品をCランクの黒猛牛に埋め込むのは少し勿体ない気がする。


『お前の追手が放ったのか』

「う~ん、あの国にはここまで技量がある人間いないと思うけど。隣国ならまだ分かる」

『だが、隣国は少し離れていないか?』

「そうだよね。目的もないし」

『援軍を断った腹いせは?』

「そんなことする余力は隣国にはもうないでしょ」

『隣国が作ったものをこの国の者が使った可能性もあるな』

「小国が放った可能性もあるね」


 考えても答えは見つからない。刻まれている魔法陣が各国で禁忌とされているものであるため、国とは関係ない裏組織の可能性も考えられる。目的は分からないが。


「これさ、僕がいなかったらどこに行ったのかな」

『ん?……公爵領か』


 ここはまだ公爵領に位置する森だ。この場所にアルがいなかったら、黒猛牛は人を探して公爵領の村や町を襲っただろう。突然襲ってくるCランクの魔物にどれ程の人間が犠牲になったであろうか。高ランクの冒険者が常駐しないところでは、村の全滅もあり得る。


『それが目的なら、使役されているのは黒猛牛一体とは限らんな』

「そうだよね」


 今のところ、アルを狙ってくるような魔物の気配は無い。

 そもそも黒猛牛はもっと北に生息する魔物だ。使役した者は、わざわざそんなところから黒猛牛を連れてきたのだろうか。


『まあ、いい。とりあえずこいつを捌いたらどうだ?』

「……え、これ食べるの」

『なに?食わんつもりなのか!』

「だってこれ使役されてたんだよ?なんか変なのがついてたら嫌じゃない?」

『使役はその魔道具によるものだろう?肉には何の関係もないぞ』

「えー、気分的に関係あるよ」

『鑑定しろ!問題なければいいだろう!』

「……分かったって」


 改めて鑑定してみると、使役の文字は消えていた。魔石で作られた魔道具だけが異常の原因だったようだ。


「仕方ないな」


 諦めつつ気合いを入れて解体に取りかかった。




――――

*修正

4/25威力は軽減→威力は低下

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