第4話 向かう先
闇が覆っていた森に朝の日差しが降り注ぐ。森は夜の顔を隠して静まった。どこからか鳥の鳴く声が聴こえる。
「う~ん、もう朝か……」
『ぐぅ……』
アルの腕の中で大の字で寝転がるブランを見て笑う。完全に野生の本能を放棄した姿だった。
「朝御飯の仕度しないとな」
ブランをそっと寝床に残してテントを出る。マジックバッグから取り出した魔道具で桶に水を溜め、顔を洗うとさっぱりとした。
「朝は軽めにしようかな。昨日肉をたらふく食べたし」
火を起こし、鍋の水と鉄鍋を温める。鍋にはイモと昨夜のあまりのアスパラガスを刻みいれた。味はスープ用のハーブと塩であっさりと。鉄鍋には甘めの柑橘オイルを足らし、ベーコンを敷き卵を割りいれる。蓋をして蒸し焼きだ。卵が焼けるのを待つ間にパンをスライスし、バターを塗って焼く。
『いい匂いだ』
「おはよう、ブラン」
『うむ』
食欲を誘う匂いで起きてきたのか、ブランがアルの隣にやって来て、料理をガン見しながら頷いた。口の端から涎が落ちそうになっている。
「ほら、ブランの分」
スープを深皿に注ぎ、胡椒をかけてプルプルの目玉焼きをパンにのせてブランの皿に置く。アルの分はパンでベーコンと目玉焼きを挟み込んで手に持ち、スープはマグカップに注いだ。
『旨いな!この汁はハーブがきいていい。この肉は塩味と肉汁のバランスがいいな。パンにも肉汁がしみている』
「美味しいね」
ゆっくり食べるアルとは違い、ガツガツ食べきったブランは名残惜しげに皿を舐めている。あまりに惜しげなので、おかわりのスープを入れてやった。昼用にでもと思ってたくさん作ったのだが、この分だと食べきってしまいそうだ。
ブランがスープを全て完食したところで片付ける。火を消し、テントも仕舞えばすぐに旅立つ準備が整った。
「よし、行こっか」
『ああ』
ブランがアルの肩に飛びのってだらりと身を垂らす。その頭を撫でて北に向かって歩き出した。
『今日は何を食う?もう少し北に行けば、黒猛牛がいるぞ』
「朝御飯食べたばっかりなのにもうご飯の話なの?」
『肉食わんのか?お前はもう少し肉をつけた方がいいぞ』
「うるさいよ。僕は食べても太らないんだ。……なんでだろ」
『……まあ、お前は力を放出しているからな』
自分で言って落ち込んだアルはブランの言葉を聞き逃した。聞き返しても何でもないと答えてくれない。大して重要なことではなかったのだろう。
『それより、肉だ肉!我は晩飯に黒猛牛を所望する!』
「はいはい。黒猛牛かぁ、あれ大きいんだよね。捌くの大変そうだな」
『しっかり捌けば角も皮も爪も高くで売れるはずだぞ』
「そっか。もっと北ならこの国から出て小国に入るから、そこで売ろうか。魔石は使い道多そうだし手元に残すけど」
黒猛牛はCランクの魔物だ。獰猛で鋭い角で頭突きを繰り出す。また何故か水魔法を使うことで知られている。水棲の魔物じゃないのに。
水魔法を使う魔物の魔石は、水を扱う魔道具と相性がいい。この国は海に面しておらず、強い水棲の魔物は多くないので、黒猛牛は魔道具職人にとって有難い魔物だ。それを狩る冒険者にとっては黒き死の使いと言われるぐらい強くて厄介な存在だが。
『そういえば、人は国を渡るときに手続きが必要なのだろう?』
「まあね。でも小国との間にある森を通れば手続きなんて必要ないし、小国も暗黙の了解で許容しているみたいだよ。それが他国の暗部じゃなければね」
『どうやって相手の身分を知るのだ』
「森を渡ってすぐのところに町がある。両端が高い崖に囲まれた町で、そこを通らないと小国の中心には行けない。町では結界をはって出入りを制限しているから、こっそり忍び込むことは出来ないんだ。その結界は国への害意を判断して弾くらしいよ」
『……そんな結界が存在するのか』
「ね。古代叡知の傑作らしいけど」
『我は聞いたことがないな』
永く生きているらしいブランが不可解そうに言うので、これは信用に値しない情報かもと判断する。アルもそんな結界がどうやって作られているのか想像も出来ない。だが、実際にこの国の暗部の者は、小国に入国出来なかったようなので、何かしらの対策があるのだろう。まあ、アルには小国を害する気持ちなんて無いので関係ないはずである。
「ん?なんか、魔物が来るね」
『強き者を知らない若い個体だろう』
「ふーん」
アルは基本的に魔物に避けられる。魔物は相手との力量差を見極めて勝てない戦いは挑まない。
だから、アルは狩りのときは自身の気配と魔力の放出を抑えるが、移動時はむしろ存在を主張するように魔力を放つことにしていた。食べるでも無い魔物を倒すことに意義を見いだしていないからだ。それがどこかの村を襲う魔物だろうと、命有るものが死ぬのは弱肉強食の自然の摂理としか言いようがない。それが親しい者ならば手の届く限り守るだろうが、今のアルにそんな存在はいない。ブランはアルが守る必要はないくらい強いし。
「よいしょっと」
『む。戦わんのか』
風の魔力を集めて近くの大木に飛び乗る。アルは魔力が放つ光が好きで、子どもの頃よく風の魔力を集めては散らして遊んだ。普通の人には見えないらしい魔力の軌跡は、アルの魔力眼にはキラキラと光って見える。そうして遊んだお陰か、アルは風の扱いが得意だった。
「食べるでもないのに倒す必要ある?これでも襲って来るようなら倒すけど」
『ふん、若い個体を倒すくらい片手間で出来ように』
「面倒臭くて言ってるんじゃないんだよ?」
首元にあるブランの頭をグリグリと撫でたら、嫌がって身をよじり肩で起き上がって、頭をバシバシと叩いてきた。撫でられるの好きなくせに。
『我は愛玩動物ではないぞ!』
「分かってるって。ちょ、もう、進むから、大人しくして」
『むぅ』
再び伏せてしがみつくブランをつれて次の木へと跳び移った。
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