第3話 夜の森

 ブランと話しながら森を歩き、野営に良さそうな場所を見つけてテントを張った。その半径5mの空間を覆うように結界の魔道具を設置して、とりあえずの野営準備は完了だ。

 ブランが魔道具をちょんちょんつついて遊んでいるのを見ながら火を起こし、白禹鳥を焼きやすいように捌いた。


「それ面白い?」

『お前が作る道具は変わっているな』


 アルが作った結界魔道具は燃費を重視して作った効果範囲が狭い物だ。アルの魔力に反応して効果をオンオフ出来て、効果の維持には魔石を使っている。


『む。焼くのか』


 アルが白禹鳥を網にのせて焼き始めると、即座にその匂いに気づいてブランが駆け寄ってくる。今か今かと焚き火の前で尻尾を振るので、その姿が可愛らしくて思わず笑ってしまう。

 アルは公爵家にいる頃から食事を抜かれることが度々あり、夜中に家を抜け出して魔物を狩っては自分で捌いて料理していた。だから、野営の食事は慣れたものだった。


「スパイスかけるからちょっと離れて。目にはいったら痛いよ」

『うむ。我はそんなものに負けんがな』


 ブランが数歩火から離れたのを見て、アルが調合した特製ハーブスパイスを肉に振りかけた。途端熱せられたハーブの香りが辺りに漂い、肉が焼ける匂いと混ざって2人の食欲をそそる。小さめな鉄鍋を網にのせアスパラガスと下茹でしてあるブロッコリーをバターで炒め、スライスしたパンも一緒に焼いた。仕上げに粉チーズを振りかけて完成だ。


「ブランは野菜とパンは?」

『いらん。今日の我の腹は白禹鳥で満たすのだ』

「……ん、そろそろよさそうだよ」

『おお、よこせ』


 ブラン用の器に白禹鳥の半分をのせてやる。ブランの体格には見合わない量だが、本来はとても大きい体格なのだ。このぐらいの量ならあっさり食べきってしまう。


『旨いな!我が丸焼きにするよりよほど旨い!』

「そりゃ、捌かず焼くのと比べたら雲泥の差だろうね」


 アルを待たずに肉に食いつくのを見ながら、肉にナイフをいれる。野生の鳥にも関わらず、驚くほどあっさりと肉が切れた。むね部分を口にいれると、口内で柔らかにほぐれ、しっとりとした肉の弾力と旨味が沁みだす。


「美味しいな……」

『だろう!白禹鳥は旨いのだ。世にはもっと旨いものがあるはずだぞ!アルが調理すればより旨くなるな』

「それは、楽しみだねー」


 尻尾をブンブン振るブランを見てアルもワクワクしてきた。これまではただ腹を満たすだけの食事だった。だが、ブランと旅してその行く先々で旨いものや楽しいものを味わえば、どんな幸福感を得られるだろうか。


『それは食いきるのか?』

「まだ食べるの?しょうがないなぁ」


 ペロリと食べきったブランが口回りを舌で舐めつつアルの分に視線を注ぐ。その期待の眼差しに笑い、再び取り分けてやった。元々、アルでは食べきれない量だったから別にいいのだ。


「あー、幸せだなぁ……」


 ハグハグと食いつくのを見つつ微笑んだ。






 夜はブランを懐に抱き込んで眠る。この辺には結界を破れる魔物はいないから見張りは必要ない。ブランは少し鬱陶しそうにするが、文句は言わないので気にしないことにした。


「明日はどうしようか。もっと魔の森側に行きたいな」

『魔の森伝いに帝国に向かうのか』

「うん、そのつもり」

『なぜ帝国なのだ?そこは戦争している国なのだろう』


 ブランは前にアルが話していたことをちゃんと覚えていたらしい。アルの腕に顎をのせ目を伏せながら平坦な口調で問う。


「帝国の中でも魔の森側は戦争に関わらないらしいよ。魔の森側の魔物に対峙するのが仕事なんだろうね」

『……うむ』

「僕は戦争には関わりたくないけど、帝国の技術には興味があるんだ。隣国が負けるのはそう遠くない。隣国を負かすような国がどういう技術を産み出しているのか、見てみたいんだ」

『そうか』

「戦争地帯を避けるには、大きく北に迂回して、魔の森を通るのが安全だよね」

『……力が無くば考えもしない道のりだがな。何を安全と考えるかは人それぞれ』

「僕は魔物より人が怖いよ……。魔の森を通れば、人との出会いを最小限に出来る……」


 眠気がアルを襲う。ブランと会話しながらも目を閉じ意識が遠ざかっていった。


『……人は愚かで悍ましい。だが、お前が森と共に生きるのなら、我は共に行こうぞ。お前の命がついえるそのときまで』

「ん……、なんか、言った……?」

『いや。今は眠れ。明日も歩くのだろう』

「うん……、ブランがのせてくれたら楽なんだけどな……」

『のせんと言っただろう』

「ふふっ……、おやすみ、ブラン」

『……おやすみ』


 アルが眠りに落ちる。寝息が深くなるのを聴きながら、ブランは目を開けた。感覚を広げるとこの森全体が頭に浮かぶように把握できる。森の浅いところをたくさんの人が彷徨いているのをそこかしこに感じた。夜に人が森に入るのは珍しい。近くにいる魔物達がその集団を狙っているようだ。

 アルの危惧は当たっていた。この国には、特定の魔力の持ち主を捜索する国宝の魔道具がある。その魔道具を使ってアルを捜索する者がいる。大まかな位置しか分からず闇雲に捜索しているようだが。


『愚かだな。森は侵略者を許容しない』


 この森は生きた森と呼ばれる。昼と夜とではガラッと雰囲気を変えるのだ。昼は森の恵みを人に分け与えもするが、夜は一転して全てが人に牙を向く。木々は人の行く手を遮り、植物は毒の芳香を撒き散らす。昼は奥地にいる凶悪な魔物が、夜は森の浅いところも彷徨きだす。それにより、この森は悠久の昔から人の侵略の手を拒んできた。


『……愚かなる身で森を軽んずる者に天罰を』


 緩んだアルの腕から身を起こす。ブランが見据えた茂みの陰で闇が蠢いた。

 森にいる人の気配が1人また1人と消えて行く。その血、その身は森の養分となり世界に巡る。愚かな人の身でさえも余さず利用してこの世界は常に変化している。

 強き力を発する喜びの声が森に響く。ブランはアルを見てその眠りが妨げられていないのを確認した。上手くブランの結界が効果を発揮しているようだ。


『……ドラゴン神の下僕の咆哮か。煩いな』


 森の状況を確認して、一欠片も脅威が存在しないのが分かると、ブランは再び身を伏せた。

 森がアルに牙を向かないのは知っている。出会った頃から、アルは当たり前に森に受け入れられていた。アルの前では、夜の森も昼と変わらない。それはブランにとっては青天の霹靂とも言える出来事だったが、アルをよく見ることで理解した。この人の子は、本来森で生きるべき子なのだ。


 安らかに眠る顔をしばし眺め、目を閉じる。明日から騒がしい毎日が続くのだろう。うつらうつらと微睡むように生きてきた身には眩しい程に輝く日々が。

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