第2話 旅の相棒

『どこかへ行くのか?それともここで暮らすのか?』

「この国を出ようと思っているよ。ここにいて、万が一にでもあいつらに知られたくない」

『そうか』


 アルがいるのはユークリッド公爵領にある森の中だ。というのも、アルが創った転移の魔法陣は、自身が【印】を置いたところにしか転移出来ないからだ。アルはこの転移の【印】を置くために、自力で森の奥地まで来て転移用の基地を作った。


 この森で生活すれば、いずれアルがここにいることが公爵家や王家に知られてしまうかもしれない。森の奥地といえど、全くの未開の地ではないのだ。優れた冒険者なら辿り着けるだろう。


「ブラン、物資はちゃんと保存してあるね?」

『当然であろう。我がきちんと守っておったぞ』

「ありがとう」


 偉そうに胸をはるブランの頭を撫でる。

 ブランは聖魔狐セントフォックスと呼ばれる狐型の魔物だ。しかし、基本的に人を襲わず、聖魔法を使うことから、聖獣と言われることもある。

 白く長い毛はふわふわで撫でると気持ちがいい。本来の姿は体長3mを超える巨体だが、普段は変化へんげで肩乗りサイズになっている。本獣は省エネだと言っていた。


 そんなブランとはこの森の中で出会った。長く生きているらしく退屈していたブランに、アルが作った保存食クッキーを分け与えたことが交流の始まりである。ブランは初めての果物以外の甘味に衝撃を受けていた。


「よし、全部揃ってるね。……あ、ブラン、僕公爵家を除籍になったから、アルとだけ名のることにするね」

『お前は元々アルだろう?』


 荷物が揃っていることを確認して、ブランに思い出したことを告げると、不思議そうに首を傾げられた。人間以外にとっては、家名とか本名だとかはどうでもいいのだろう。そもそもアルとしか覚えていなかったようだ。


「ちゃんと名のったはずだけどな……まあ、いっか」

『早く行くぞ』

「うん」


 既に捨てたもののことを気にしても仕方がない。

 アルは自身が作ったアイテムバッグを背負って歩きだした。このアイテムバッグは、そのサイズの千倍ほどのものを収納出来る革鞄だ。時間経過を停止させているため、食料の保存にも便利な代物で、アルの自信作だ。この中に長年で用意したアルの全財産が入っている。


 アルが歩きだすと、ブランはアルの首に巻き付くようにしてだらりと垂れた。自分で歩く気はないらしい。


「ブラン、僕を乗せて帝国まで連れていってくれる気はない?」

『嫌だ。そんな疲れること。道中で旨いもんがないか探しながら行くぞ』

「……はぁ、食い意地がはってるんだから。美味しいものにつられて拐われないでよ」

『我を害そうものなら食い殺すまで』

「人間って美味しくないらしいよ」

『そうなのだ。だから我らは食わん。ゴブリンと人間は同じくらい不味い』

「ゴブリンと同じかぁ。微妙に嫌な評価だな」


 さくさくと森を歩く。今は魔物を避けながら歩いているが、どこかで美味しそうな魔物を捕まえるべきだろうか。保存食は十分用意しているが、それだけでは味気ない気がする。


『お?白禹鳥シラウドリの匂いがするぞ』

「え、白禹鳥なんてこの森にいたの」

『うむ、あれは隠れるのが上手いのだ。我もあまり食べていない。アル、今日の晩飯には白禹鳥の丸焼きを所望する』

「えー……まぁ、僕も食べたいかも」


 食欲に負けて、ブランの指示する方へと方向を変える。特に目的がある旅ではないので気儘に動けるのだ。


『そこだ。その木のうろ』


 ブランの示す先に白い耳が見えた。白禹鳥はウサギのような長い耳を持ち、聴覚に優れた中型の鳥の魔物である。さほど凶暴ではないが、逃げ足が速い。

 腰元に佩いていた魔法筒を音をたてずに構える。警戒心が強い白禹鳥は少しの物音で逃げてしまうのだ。ブランの声は念話によるものだから、物理的な音は発生していない。


 魔鉄で作られた直径3cmほどの円筒の魔法筒を覗いて狙いを定め、側面に刻まれた魔法陣に魔力を流す。その瞬間、無色の魔力弾が発射された。


『お、上手くいったな』

「白禹鳥を狙ったのは初めてだったけど、何とかなったね」


 白禹鳥の後頭部を狙ったが、上手く一撃で仕留められたようである。近づいてみると、頭の部分が潰れていた。


『だが威力が強すぎたのではないか?』

「……まあ、血抜きが必要だしね」


 ブランから注がれるじとっとした眼差しから目をそらしながら、白禹鳥を逆さに持った。早く血抜きしないと肉が不味くなるからだ。


「白禹鳥ってどんな味なの」

『うむ。淡白だが脂がのっているのだ。臭みがなく食べやすい』

「へぇー、じゃあ丸焼きでも美味しいんだね?」

『ああ、だが、お前が作った素晴らしき粉をかけるとさらに旨かろう』

「……ミックススパイスね。変な呼び方しないでよ」

『うむ。それだ』


 血が抜けたところでアイテムバッグから解体用のナイフを取り出す。羽根をむしったあとナイフで丁寧に皮を剥ぎ、使わない内臓を捨て、ついでに心臓に埋まった魔石を取った。魔石は魔道具作りに使えるのだ。


「この魔石結構濁ってるね」

『白禹鳥は珍しいがあまり強くない。魔石の質は悪かろう』

「ああ、そうなんだ」


 アルが改めて白禹鳥を鑑定眼で見ると、魔物としてのランクはEであると示されていた。魔物ランクはA~GまでありAが最も強い災害級の魔物だ。Eランクは中級の冒険者がよく狩るランクである。


「まあ、魔道具の燃料にはなるかな」

『うむ?お前が作る魔道具に魔石が必要だったか?』

「常時起動のものには魔石を使った方が安定するんだよ。一般向けに売り出すのは、魔石が必須だしね」

『そうか。ならば良い魔石を狩りに行くか?この森のさらに奥には暴風を司るドラゴンがいるのだ』

「……それ狩っちゃダメなやつじゃない?」

『ドラゴンは死ねば新たなものが生まれるから無限狩り出来るぞ』

「それなんか非道すぎるな」


 ブランの言葉に顔をひきつらせて、白禹鳥をマジックバッグに放り込み、森の奥地から離れる方向に歩きだす。必要もないのに世界の番人を狩りに行くなんて罰当たりなことはしたくなかった。

 ドラゴンはこの世界で森羅万象を司るものと言われている。気候や自然に影響を与え、この世界を神が望む環境に整えているのだ。時に神の使徒とも呼ばれるのは、ドラゴンが死せば瞬く間に同じ事象を司る新たなドラゴンが生まれるという事実によるものだった。

 そんなドラゴンを殺せば神に祟られそうだ。


『なんだ狩らんのか。つまらんな』

「なんで狩らせようとするんだよ」


 森歩きはアルにとってなれたもので、魔物の気配を探りながらもさくさくと進む。魔物が近くにいる気配はなかったので、手持ち無沙汰にブランの頭をクシクシと撫でた。その手のひらの下でぶつくさと文句が放たれる。


『お前には冒険心が足らん。人の命は短いのだ。もっと楽しめ』

「今は楽しいよ。ブランと一緒に旅できるし」

『……ふん、もっと早くに旅立てば良かったのだ』

「人間にはしがらみがあるんだよ」


 貴族としての暮らしは辛いことばかりだった。血の繋がった者たちも、アルを虐げ搾取するだけで心の支えとなり得ない。そんな中で出会ったブランは、アルに安らぎと活力を与えてくれた。


『……ところで、いつ白禹鳥を焼くのだ』

「白禹鳥は夜ご飯だよ?」

『もう日が陰る。早く焼くのだ!』

「まだだよ」


 木々の合間から見える太陽はまだ傾いてきたばかり。野営の準備をするには早すぎだ。頬をバシバシとパンチする肉球を無視して先に進む。夜は魔物が活発化する。もう少し森の浅いところまで行くつもりだ。


『焼けー!白禹鳥を焼くのだー!』

「うるさいよ、ブラン」


 

 

 

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