第7話 フラグは面倒臭い

 森を進んだ先には細道があった。藪から覗き込むと、その細道は正規の道ではなく、恐らく馬車が踏み進んだ跡が続いたものだと分かる。左右が木々や藪に囲まれているので馬車では方向転換することができない。


「ぐわっ、この……、獣め!」

「おい!早くこっちを助けてくれ!」

「こっちの処理で手一杯だよっ。自分でなんとかしろ!」

「お前は俺の護衛だろ!さっさと魔物を倒せ!」


 2人の男が魔物と戦っていた。襲っている魔物は黒狼ブラックウルフだ。

 黒狼がこんな人が通るようなところまでおりてくるのは珍しい。森の浅いところにいる狼はたいてい森狼フォレストウルフだ。黒狼と森狼では、魔物ランクが2つは違う。


 護衛の冒険者はそれなりに腕がたつようだが、馬車を守りつつ黒狼と戦うのは無理だろう。黒狼が集団でいるから余計に。

 負けを悟った冒険者の目が退路を探している。護衛任務を失敗しようと、命の方が大事なのだから。そもそも、護衛を1人でしているのはおかしい。

 商人らしき男は拙い剣術で黒狼をしばし凌いでいたが、すぐに限界がきた。体力が無くなり、一瞬動きを止めた瞬間にその横手から黒狼が喉に噛みつく。


「ぐわああぁあっ」

「くそっ、やってられっか!」


 それをみた冒険者は、自分が対峙していた黒狼を蹴飛ばし後退しようとする。だが、黒狼は逃げるものほど追う習性がある。冒険者は四方八方から襲いかかられた。


「がぁっ……ぐ、ふっ……」


 四肢に噛みつかれてなす術もなく倒れ伏す。その喉に黒狼が噛みついた。動かなくなった頃、黒狼たちは満足げに辺りを彷徨き、その後馬車を引いていた馬4頭を引きずって森の奥へと帰っていった。


『……黒狼がなんでこんな浅いところにいたんだ』

「ブラン起きたんだ」

『さすがにこんな殺気にまみれたところにいれば起きるに決まっとろうが。なんでこんなところに近づいてるんだ?避ければよかろうに』

「んー、死体処理はした方が良くない?こんな街道でもないところで死なれるとさ」

『魔物は滅多に人を食わんが、他の肉食動物が食うだろう。ほっとけ』

「……なんでこんなところを馬車が通ってるのか気になるから、ちょっと探ってみる」

『……はぁ』


 アルが言うとブランはため息をついて黙った。反対を続けるほどの意思はないようだ。


 馬車の辺りに近づくと、死体は2体だけではなかった。冒険者らしき姿が馬車の周囲に点在している。アルが辿り着くまでに多くが亡くなっていたらしい。

 手近にいた冒険者の荷物を探ると、首から金属プレートがさがっていた。鈍色に光を反射するそれを服の下に隠していたようだ。


「ノース国冒険者ギルド所属Dランク」

『む?隣の小国か』

「そうだね。彼らノース国からの商隊みたいだね」


 馬車は2台。倒れているのは商人1人と冒険者6人。妥当な人数だろう。森狼に対するには十分な数だ。しかし、黒猛牛や黒狼に対峙するには全く足りない。彼らにしても、ここで黒狼に出会うのは予想外の出来事だったのだろう。


「黒猛牛が使役されてたことでこの辺の森の生態系が狂ってるのかな。黒猛牛を使役できるくらいの実力者がこの森で使役する魔物を探し回ったのなら、黒狼が浅いところに出るくらい、この森が荒らされてるのかも」

『そうだな』


 ブランが風の匂いを感じとるように鼻を空に向け、耳をピクピク動かした。暫くして顔を森の奥に向ける。

 公爵領の森ほどの深さはないとはいえ、この森も浅部と深部で魔物の生息種は明確に区別があったはずなのだ。しかし、今ではその境界が曖昧になっている。魔物たちがそれぞれの縄張りを侵されて暴れまわり、森の奥から追い出される魔物が数多くいるようだ。


『……森を知らぬ者が我が物顔で荒らしおって』

「子爵領は今後暫くは魔物の被害が大きいかもね」


 本来はあまり森を離れないはずの魔物が、当たり前に街道や村に出現するようになるかもしれない。


『だいぶ森の空気が乱れている。これが戻るにはそれなりの時間が必要だ』

「そう」


 長く生きているブランをしてそれなりと言うのは、人の一生に値する時間かもしれない。それでも、アルは動揺なく頷き頭を切り替えた。アルにとって、この子爵領はただの通り道に過ぎない。問題を深掘りするつもりはなかった。


「さて、この商人はなんの商品を扱っていたんだろ?」

『甘味か?』

「そんなものを扱ってるようには見えないよねー」


 とりあえず近場の馬車の中身をあらためてみる。半壊した扉を開くと、人ひとり分の座席と荷物置き場があった。ここに商人が座っていたらしい。なぜ外に出て魔物に相対したのだろう。引きこもっていれば黒狼に見逃されたかもしれないのに。


「ん?たいしたものは積んでないな。これほとんど旅の食料とかテントだ」

『旨いものか?』

「旅の保存食に味を求めちゃダメだよ。僕のみたいな、時間停止機能のあるアイテムバッグじゃないんだし」

『つまらん』


 荷物を探ると塩漬けの干し肉や堅パン、チーズなどが主だった。それにしても食事のバリエーションがない。食事に飽きないのだろうか。


「お?鉱物もあるみたい」

『光り物か。腹の足しにはならんな』

「ブランは食べることばっかりだね。この鉱物、量はないけど質の良いものばかりだから売れば結構良い値になる筈だよ。それでなにか美味しそうなものでも買う?」

『早くそれを収納していくぞ!我は久々に甘味を食べたい!』

「はいはい、ちょっと待っててね」


 急にテンションが上がるブランを宥めつつ、もう一台の馬車に向かう。外れかかった扉から覗き込むとなにか動くものが見えた。


「……うわ、なんかめんどくさいもの見つけちゃったかも」

『なに?』

「……よし、放って行こう」

『……うむ』


 アルが見たものにブランも気づきしかめっ面になる。その皺が寄った鼻筋をこしょこしょ揉みながらそっとその場を離れようとした。この気配に気づかなかったのは不覚だった。


「……ち、ちょっと、あなたたち!なに見ないふりしようとしてるの?!ここは助けるところでしょ!」

「お、おねぇちゃん……」


 聴こえた声にピタリと足が止まる。

 女の声だ。十代の女が6人ほど、馬車に詰め込まれているようだ。


「君たち、奴隷?」

「ち、違うわよ!」


 馬車に向き直ってとりあえず聞いてみると、動揺した否定が返ってきた。あからさまに嘘だ。


「……犯罪奴隷かな」

「なっ」


 女の首に金属の首輪があった。

 奴隷は犯罪奴隷と借金奴隷、奉公奴隷に分かれる。   

 最も人権が保証されているのが奉公奴隷で、これは口外禁止の職を担うために口止めの誓約魔法がかけられているだけで、賃金も休暇も貰えるので時に奴隷と分類されないこともある。

 借金奴隷は文字通り借金の為に身売りした者。奴隷として働き、借金に利子をつけて返すと奴隷身分から解放される。賃金は少ししか貰えないが、休暇は貰える。仕事は選べない。

 それに対し、犯罪奴隷は特別に扱いが悪い。犯罪の罰として奴隷になっているので、基本的に奴隷身分から解放されることはないし、賃金も与えられない。最低限餓死しないように扱われる程度である。

 金属の首輪をつけられるのは、犯罪奴隷だけだ。


「……は、犯罪奴隷以外もいるわ!」

「だからなんなの」

「この奴隷商人は違法な商人だったの!私たちは無理やり国から連れ出されたのよ!」

「……」


 女たちの顔を順繰りにみると首輪をつけているのは2人だけ。他は恐らく借金奴隷だろう。犯罪奴隷は本来主人のことについてなどを他に語れない筈だが、商人が死んだことでその誓約が切れているらしい。ペラペラとしゃべる。


「この先の公爵のところに性奴隷として秘密裏に運ばれていたのよ。助けてちょうだい」

「性奴隷?」


 本来性奴隷という身分は存在しない。奉公奴隷や借金奴隷に性行為を強いるのは違法で捕まる。犯罪奴隷は構わないので、性奴隷=犯罪奴隷と一般的には考えられている。

 この犯罪奴隷の女はともかく、他の借金奴隷は奴隷法に違反した方法でつれてこられたらしい。しかも、アルの父である公爵のもとに。


「……めんどくさいなぁ」




 

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