天国と蜘蛛の糸

嬌乃湾子

天国と蜘蛛の糸

俺の名はRAIJI。ドラッグストアで働く元バンドマンだ。


ある日、昔バンド仲間でボーカルだったSYOUZOU(本名赤田正蔵)が俺を訪ねてきた。




「ようライジ、お前に頼みたい事があって」



「断る」



バンド時代は一番人気の超イケメンだが、昔から彼の相談はろくなものがなかったので即答で答えた。



「どうせお前の追っかけの揉め事だろう。だったら、俺はお前の濃厚接触者にはならないと言えばいい」



「聞けよ。実は今、付き合っている女がいるんだが」



「その女ってどこの誰だ」



畔流アゼル美香だ」



「何‥‥アゼルだと!?」



アイドルユニット「にこるring」のメンバー、アゼル美香は今絶頂期のタレント。



嘘だ、何故彼女がこいつと!?今なら嘘と言っても俺は許す!!



「それでさ、今度彼女がリモート兼有観客ライブに俺たちも出してやるって言ってるんだ。要は、一緒にまたバンドやろうよって話さ。今度リモートで紹介するから他のメンバーにも言っといてよ」




こうして数年ぶりにボーカルSYOUZOU、ギターのRAIJI、ドラムのGOO、ベースのHIRA(本名平山治)とアゼル美香がパソコンの前で顔を合わせた。



「どうもー、はじめましてアゼル美香でーす!」



「本当にいる、アゼルだ!!!」



GOOはリモート越しにいる、キラキラして明らかに次元の違う可愛さの彼女を目を見開いてガン見した。




「君たち音楽活動休んでたでしょ。だからあたしがプロデューサーになってプロにしてあげるんだ」



彼女は提案を出した。今までのロック路線は抑えた聖人キャラバンド。コスプレをして曲も爽やかなキャッチーな路線。その名も[AZEL]



「同じ舞台に立つには売れるものを目指して欲しいのよ。がんばろーよ、私の為だと思って、お願い!!」



「はい!!!!」



アゼルのお願いにメンバー全員が二つ返事で答えた。あの顔で頼まれたら、意味がよく解らなくても誰でもそう答えるだろう!!



そして俺たちはアゼルを通して曲作りに励んだ。






だが、曲作りが進んだ三ヶ月後。時が経つに連れて何かが違うと感じ始めた。

[AZEL]というバンドというより「アゼルとSYOUZOU」で彼だけが別扱いで、曲も彼女達の言うがままに、自分のやりたい事とは違うと思い始めた。




アーティスト写真の撮影日、メンバーが楽器を手にしアゼルの好みで考えられた布や着物を巻いた各国の僧侶に見立てた衣装の中、SYOUZOUだけは白で統一し金や銀の装飾を纏ったまるで一人主役の姿で現れた。



聖人のように笑顔を向け写真を撮った後、俺は言った。



「そもそも、何故俺たちは何故こんな事をしているんだ?」



「何を言っているの?ライブまでもう時間が無いよ」



「そうだ。彼女がいなかったらこのバンドは存在しない。俺たち[AZEL]は生まれなかっただろ。尊うべき存在のアゼルを困らせるな」




「俺の尊うべき存在はタッカンだ。そもそもこれは、お前等の為じゃねえか」



アゼルは何も言わず部屋を出ると正蔵はやれやれ、という顔で俺たちを見た。



「言っておくけどさ、この中で一番客を呼べるのは俺だからな。お前なんてただのドラッグストアの店員だぞ。



解ったら俺とアゼルに感謝しろ!!」




そこからの想いは変わった。






ライブ当日、会場には高い有観客料金を払った沢山の客が押し寄せていて開演時間を待っていた。



会場の明かりが消えてライブ時間が始まった。ステージには大きなスクリーン。ライトが照らされるとメンバーが現れた。



「あれ、SYOUZOUは?」



眼前にいたファンがザワザワと騒ぎだした。



「あいつは別の所にいる」



SYOUZOUには、曲の世界観と同じように歌って欲しいと言って彼だけCGを背景に映ったリモート映像になっていた。



光の波を背景に聖人の衣装を着て歌う一人プロモーション動画のSYOUZOU以外のRAIJI、GOO、HIRAは、仁王のような荒ぶる神の格好にメイク姿で睨みつけた。まるで逆のビジュアルだ。

あれからSYOUZOU以外の三人は話し合い、作り上げた曲をこっそりほぼ変えていたのだった。



アゼルと同じバンド名の俺達は彼女と同じ名前の曲名を演奏した。SYOUZOUの聖なる歌に合わせ、反比例するように曲はどんどんノリの良いリズムで皆テンションが上がっていった。



そこから曲はアルペジオを奏たギターソロへと流れ、俺のコーラスへ入り俺は歌った。



尊い彼女の為に必死で曲を作り頑張ろうとしている俺は気付いた。

まるで俺は天国から彼女に蜘蛛の糸を垂らされて必死で這い上がっている。


俺は天国へと向かう蜘蛛。

まさにお前等を天国から蜘蛛の糸を垂らして釣ってやりたい!!


一旦抑えるように鎮静化していたメロディはドラムとギター、ベースはそこから激しいフレーズを叩きつけ、幕を閉じた。







「らっしゃーいませー」



俺は今日もドラッグストアでレジを打っている。昨日の疲れを引きずって働いていた。



「昨日観たよ。二人とも格好よかったよ!」



仲島ちゃんや杉さん等、職場の同僚も細やかながら応援してくれて、前日のリモートライブは聖人と乱神というギャップで意外と効を為し、観てくれる客が増え出しアゼルとSYOUZOUも今回だけは長い目で見て今の路線を維持する事になった。




尊い世界を目指す事を夢見てこんな日々を過ごし、思いつきで生まれた俺の短い支離滅裂なストーリーは、これで幕を閉じる。



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