尊い世界

於田縫紀

尊い世界

 修行場を出る。あたりはよく言えば空が広く、悪く言えば何もない場所。道路だけがやたら整備されて車がそこそこ走っている。


 ここの修行場は関東平野のかなり北の方。しかも街中ではなく辺境だ。周囲は工場や倉庫のようなだだっ広い敷地のだだっ広い建物ばかり。道は4車線で歩く者は私しかいない。


 それでも駅までは歩いていくしかない。厳密にはタクシーを呼んでもいいのだが、特に急ぐ事もない。最寄りの駅まで約1時間の道のりをのんびり歩いていく。


 空が青くて広い。周りを囲む塀も煩い先生もいない。意地と根性の悪い同室者もいない。それだけで充分素晴らしい環境だ。空気すら美味しく感じる。


 ただ他に歩いている人がいないのはちょい寂しい。なお女はいらない。特に大人の女、おばさん、おばあさんは。その辺は修行場で山ほどいた。せっかく外に出たのだ。だからその辺に青い蕾が……


 そこまで思って慌てて頭を左右にぶんぶん振る。危険になりかけた思考を頭の中から吹っ飛ばす。いけない、こんなことじゃまた修行場に逆戻りしてしまう。せっかくあの場所を出る事ができたのに。


 邪念を振り払い黙々と歩く。おっと第一店舗発見。コンビニ最大手だ。修行中は自分で買い物にすら行けなかったからなあ。ついふらふらと引き寄せられてしまう。


 さっと目が雑誌のコーナーを確認してしまう。大丈夫、問題ない。私は安心して奥へと進む。目指すのは甘いもののコーナーだ。おお愛しのスイーツよ。5年ちょい出会えなかった君達にやっと再会できた。


 修行中でも月に2回の集会の時だけは一応甘いものも食べられる。そういうお題目なんだけれどね。パサパサの安い菓子とかアンパンとかクリームパンとかしか買ってきてくれないのだ。


 だからこんな生クリームとかチーズクリームとかなんてもう嬉しくてたまらない。有難すぎて尊さすら感じてしまう。だから迷わずプラ容器入りのケーキと小さいチーズケーキとシュークリームとバナナ入り生クリームサンドを購入。あとコーラのペットボトルも購入。


 幸い修行前は普通に会社員していたからお金はある。あ、でも一応ATMでおろしておこう。幸い私が使っている都市銀行のカードでも大丈夫なので、とりあえず3万円ほどおろす。これだけあれば当座は足りるだろう。本日は東京に帰って適当なビジネスホテルに泊まるだけだから。


 コンビニでも袋をお願いすると有料になることに驚いた後、駅へ向かって歩く。工場や倉庫等のある場所は過ぎて畑が広がる場所に出た。あ、ここの信号を曲がって根な目に入る道を行けば駅への近道だよな。地図にそう書いてあるのでその通りに。


 それにしても修行場、駅から遠すぎるよなと思う。確かに迷惑施設だというのはわかる。それでももう少し近いと助かるのだけれど。


 私は修行満期でお迎えが来てくれるような身分では無いのだ。修行に入る前に両親友人会社同僚一切と縁を切ったから。縁を切られたとも言うけれど。そんな身分だとお迎えも来ないし中で階級が上がっても仮で早く出る事も出来ない。その辺私は周りに恵まれなかったなと思う。まあ今となっては過ぎた事だけれど。


 暇なのであれこれつらつらと考えながら歩く。そう言えば修行場を大学なんて呼ぶ奴もいたな。でも私は大学は既に卒業してしまっている。それに修行場は大学と違って人によって任期が違う。しかも場合によってはあくまで仮だが短期で出れる事もあるのだ。これはだからやっぱり修行場だろう。


 今日は東京のビジネスホテルで休んで、明日は当座の家探し。前の家は修行開始で解約になったから、新しい場所を探さなければならない。


 幸い私は他の修行生と違ってそこそこお金がある。会社も少しだけだけれども退職金をくれたし。だからまずはマンスリーマンションでも3ヵ月くらい借りて、それから役所へ行って現住所を移動して、健康保険や年金の手続きをして……


 ああ面倒くさい。修行場だとこういった事は無かったのに。でも今の私には修行場時代にはなかった自由がある。だからスイーツ買って薄い本もまた集めて自由を謳歌するんだ。今度こそ頑張るぞ!


 周囲は畑と、あと所々に家。でも歩いている人はいない。だから行儀が悪いが先ほどのコンビニの袋からスイーツを取り出す。


 まずはチーズケーキ、お前からだ! 食べるとおお、チーズの濃厚さと甘味! これは凄い、素晴らしいなんてものじゃない。もう尊いの世界だろうこれは。5年越しというのもあるけれどチーズケーキとはこんなに尊い代物だったのか。


 感動しながら一気に食べきってしまう。そのまま止められずシュークリームへ。おっ、これもイイッ! 凄い!

 こんな感じで久々に食べるスイーツの美味しさ尊さに感動しながらあっという間に全部を食べ切ってしまった。


 これがいけないのだ。私は反省する。私は美味しいものを目の前にすると我慢が出来ない。つい手が出て最後までじっくり味わってしまう。この性格のせいで私は修行場送りとなったのだ。


 よし、これからは生まれ変わるぞ。我慢が出来る女になるのだ。そう決意しながら駅への道を更に歩き続ける。


 付近は畑が少なくなり人家が増えてきた。どうやら集落に入ったようだ。駅ももう少し。そう思ったところで左側に広い場所が現れる。これは小学校だな。今は授業が終わって放課後の時間帯のようだ。


 ついつい目が小学校の方へ吸い寄せられる。ああ、修業が終わってよかった。修行場と違っておばさんばかりではない。児童だ、児童がいる。しかも男子もちゃんといる。しかも半ズボンなんてはいている男の子もいる。ああ、尊い。すりすりしたい。


 だが児童と私の間にはフェンスがしっかり張ってある。だから私も飛びつくことができない。うん、ここは我慢だ。我慢我慢。そう思って駅の方へと歩く。


 角を曲がる。ブロック塀は少し先で途切れて門が見えた。大丈夫、男子児童さえ見えなかったら大丈夫。そう思いつつ歩いていく。

 だが私は見てしまったのだ。肛門、いや校門から少し入ったところにある体育館の裏で、2人の男子児童が何かを見ているのを。


 2人とも小学校5~6年くらいに見える。そして見ているのはどうやらエロ系漫画本のようだ。何処かで拾ってきたのを見つからない場所でこっそり見ているというところだろう。


 うん、わかる。これこそ性の芽生えだ。ああ尊い。尊過ぎる。このくらいの男の子のやや中性的な雰囲気も、それがまさに性の芽生えを迎えているのも、1人ではなく男の子2人で見ているところも。もうすべてが尊い。


 この尊さの前には私は勝てなかった。さっと周囲を確認する。大丈夫、大人はいない。そもそも2人は大人の目で見つけにくいだろう処に隠れたつもりなのだろう。でも私はそういう場所にこそつい目が行ってしまう癖がある。


 さて、それではお姉さんが先達として2人に性について教えてあげるとしよう。参加型の実演講習で。ふふふふふ……


 周囲をもう一度さっと確認する。大丈夫、人目はない。私はUターンして校門まで戻る。周りを見回してさっと中へ。植栽の陰に隠れつつ、先程の男子2人の方へ。

 抜き足差し足忍び足で音を立てずに忍び寄る。こういうのは昔取った杵柄とやらで得意だ。そして……


「なにをしているのかな」

 はっとした顔でこっちを見る男子児童2名。いいねえ、お姉さん思わずよだれが出ちゃう。あちこちを視姦しながらゆっくり言う。


「ねえ、2人とも、漫画だけでいいのかな。お姉さんがもっと詳しく教えてあげようか……」


 ◇◇◇


 数時間後。

 私は警察署留置場の面会室にいた。

 透明な板の向こう側では当番弁護士が私に向かって罪名や今後の事について説明している。


「前回とは法律が変わっていますからね。今では男性が被害者でも強制性交等罪が成立するんですよ。これは昔の強姦罪ですね。法定でも5年以上の懲役です。小学校内にいた児童ですから13歳未満とは認識しているとみなされるでしょう。ですから合意の上であってもこれは適用されます。

 そして今回は再犯ですからね。しかも前回も……」


 わかっている。わかっているんだ。でも……

 私は口には出さないが必死に言い訳をする。

 仕方なかったんだ。久しぶりに見た適齢期の男子児童だったんだ。しかもまさに性の芽生えを迎えるところだったんだ。尊すぎて放っておけなかったんだ。かつて『ショタ喰い』とまで呼ばれた私には。


 私は説明を聞くふりをしつつ、失ってしまった尊さと自由を噛みしめるのだった。

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