第23話
こいつもしかして起きてるんじゃないか。
俺がその可能性を疑いはじめたのは、次の停車駅に着いたあたりだった。さっきと同じように起こそうとするけど、雛形はうつむいたまま。
そのとき、寝ているらしい雛形の耳が赤いことに気づいた。
「どこまで行くんだよ」
訊いても、答えは返ってこない。
やがて、快速電車が普通電車に変わり各駅に停まり出した。ポケットの携帯が長く振動する。誰かからの電話だろうと俺は無視をした。
いまだに繋いだままの雛形の手は温かくて、女子特有の柔らかさがあった。
時間が長いせいで、若干手汗をかいてきたのがわかる。
……この汗、いつどうやってふけばいいんだ?
ふいたあとは、また繋ぐのか? 繋いでいいのか?
いやいや。何で俺が手ぇ繋ぎたいみたいになってるんだよ。
困ったように頭をかいて、ため息をつく。
雛形がすっと手を放した隙に、俺はズボンで手汗をぬぐう。すると、何かを探すような雛形の手が、俺の膝を触り、太ももを触り、手首を触り、そしてまた指を絡めてきた。
……もう一回繋ぐのね。
今さらになって、恥ずかしくなってきた。
どれくらいこうしていただろう。
田舎の日曜夜。電車を利用する人はまばらで、最後に見た人は、学校名だけを知っている高校の部活帰りらしき生徒数人だけだった。
電車は、路線図を奥に進めば進むほど、揺れる回数が増えてきたように感じる。窓の外は暗くてもうほとんど見えない。
「ごめんね」
久しぶりに声が聞こえた。
「ああ」と「うん」を合わせたような妙な返事を俺はした。
折り返そうと思えば、まだ終電は残っているだろうし、俺としては問題ない。母さんは、今日夜勤でもうしばらくすれば家を出ていく。面と向かって怒られる心配はなかった。
「そっちは、いいの。おばさん」
「……わからない」
今何時だろう、と携帯を見ると、ディスプレイは真っ暗。起動しても何も反応しない。
夕方くらいには帰るだろうとバッテリー二〇%で家を出たことが悔やまれる。
さっきの振動は、充電切れを知らせるものだったようだ。
俺の荷物といえば、財布携帯家の鍵。この三種の神器のみの手ぶらスタイル。充電器なんて持ってきていない。
「シクったなぁ……」
ため息交じりにポケットに携帯を戻した。
「雛形、連絡した?」
「できない」
「何で」
「充電、ない」
おまえもかよ。と俺は深く目をつむった。
ふにゅーん、と変な音がすると、雛形は慌ててお腹を押さえた。
「今何時」
尋ねると、雛形は腕時計を確認した。
「九時」
ずいぶん長い間乗ってると思ったら、もうそんな時間か。どうりで腹も減るわけだ。
「次で降りよう」
雛形は、目が覚めたのか、それとも降りてもいいと思ったのか、反対することはなかった。
降りたのは、終着駅手前の駅だった。
ちょうど反対側のホームには、戻るほうへむかう電車が発車したところだった。
駅舎の中だけが明るく、その分外が余計に暗く見える。
乗り越し料金は、俺の財布に大ダメージを与えた。
「お腹空いたね」
「なんか元気になったな?」
「そう?」
まあ、眠気がなくなったからだろう。たぶん。
……手は、まだ繋いだままだった。
俺も、無理に離すつもりはなかった。
改札を通り、外に出て手近なコンビニを探すことにした。
「駅近辺になら、コンビニがあると思っていました」
「私もです」
ヘッドライトが眩しく俺たちを照らし、何台も車が通り過ぎていく。
そんな車しか通らないような人けのない夜の国道を俺たちは歩く。歩く。歩く。歩きに歩いた。
誰も住んでないような空き家に、営業中らしい古ぼけたラブホを通り過ぎる。
コンビニの場所を訊こうにも、誰も通らないし、調べようにもお互い携帯は充電切れ。
やがて二〇分ほど歩いたころに見慣れたコンビニの看板と、煌々と光る店舗の照明が目に入った。
見知った世界がそこにあるような気がして、俺はほっとひと息ついた。
吸い寄せられるように中へ入り、菓子パンとコーヒーを適当に買う。イートインスペースに腰を落ち着けてそれらを食べる。雛形がきょろきょろしているので何をしているのか尋ねてみると、
「時刻表とか、ないかな」
「あー……」
「終電、たぶん早いと思うから」
それもそうだな、と俺は店員さんに訊いてみた。大学生くらいの黒髪の真面目そうなお兄さんは、「え?」と店内の時計と俺を見比べた。
「それなら、急いだほうがいいよ。君の言う駅まで帰るんなら、次が終電じゃないの?」
大学がそっち方面だからよく知っている――というお兄さんの話がどこか遠くに聞こえる。
「――やっぱりそうだ、ほら」
お兄さんは、親切にも携帯で調べてくれたらしい。突き出された携帯のディスプレイには、さっきの降車駅と、俺たちの最寄駅。あとは、発車時刻が表示されていた。
「あ、ありがとうございます! ――ひ、雛形!」
慌てて呼ぶと、イートインスペースでメロンパンをはむはむと食べている雛形が、こっちを振り返る。
「やばいぞ、あと一〇分ちょいだ」
「電車?」
はむはむ、はむ。
「終電がだよ。終電が」
はむは……む。
口の横にメロンパンの食べかすをつける雛形の顔色が、どんどん青ざめていった。
「た、大変……っ」
「行こう!」
心配そうにしていた店員のお兄さんに、小さく会釈をして、俺は雛形の手を引いてコンビニを飛び出した。
俺と雛形は、焦りつつ元来た道を走っていく。当たり前に考えれば手は離したほうが走りやすいのに、繋いだままだった。
遠目に駅舎が見え――金網の向こうに電車が見えたけど、そこでタイムアップ。扉が閉まり、ゆっくりと滑るように発車した。
息を切らせながら、俺たちはたった二両の電車がホームを発つのを見守った。
お金は、明日帰る分を差し引けば、二〇〇〇円ちょっと。ネットカフェでもあればいいけど、駅からコンビニが徒歩二〇分の時点で望むべくもない。
雛形も切符を差し引けば俺と同じくらいだった。
「隆之介……ごめんなさい……私が……」
泣きそうに口をへの字に曲げるので、俺は頭を撫でた。
「いいよ。俺も無理に起こさなかったし」
明日は日常の代名詞、学校がある。なのに、非日常に取り残されたままの俺は、明日を迎える想像が上手くできないでいた。
「駅の中でオールするか」
やってきた人に怪訝な顔はされるだろうけど、屋根もあるしベンチもある。
けど、俺の提案に雛形は首を振った。
「二人でお金を合わせたら……」
今度は、雛形が俺を引っ張った。
またコンビニへの道を辿りはじめると、途中で足を止めた。
「ギリギリ、足りる」
全室均一 休憩二四八〇円 日曜~木曜 一泊四九八〇円
所々剥げた塗装の建物のすぐ横に、そんな看板が見えた。
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