第22話
フードコートで買ってきたアイスを席で食べる。日曜とあってか、客席はほとんどが埋まっていた。
こういうときに周囲を見渡すと、知り合いの一人や二人を発見してしまいそうで怖い。
はたから見れば完全にデートだし……いや、その練習なんだからそう見えないと困るわけだけど……ともかく、見つかった知り合いに「何してるんだよ?」と訊かれれば、もうデートとしか答えようがない。
「……」
俺が手にしているカップに入れられたバニラとチョコのミックスアイスを、雛形がじいっと見ている。
「ひと口食べる?」
「ありがとう」
その言葉を待っていたらしく、さっそくプラスチックの小さなスプーンを伸ばし、アイスをすくって食べる。
唇に薄く塗られたリップを、舌で小さく舐めた。
今気づいたけど、普段は化粧っけがまったくないのに、今日は少し化粧してる……?
まあ、練習だから、化粧をぶっつけ本番は避けたいんだろう。
「隆之介も、いる?」
雛形のアイスはストロベリーアイス。差し出されたそれを、俺もスプーンですくって食べた。
はっと、雛形が何かに気づいた。
「隆之介、伏せて!」
「え、何、何で?」
「い、いいから」
強引に頭を下げさせられると、どうしてかわかった。
少し離れたところに、すーちゃんと手を繋ぐおばさんがいた。
きょろきょろ、と席を探している。
あ。すーちゃんと目が合った。
「あ――りゅーくんいる! おかーさんおかーさん。しーたんも、しーたんもいる!」
ぐいぐい、とおばさんの手を引いてこっちまでやってきた。
「何でここにいるの……!」
雛形が怒ったように顔をしかめ、おばさんを問い質す。
「だって、ここに行くなら行くって言ってくれないと、お母さん、エスパーじゃないもの」
そりゃそうだ。
というか、ノープランだったので、行き先を告げられないのも仕方ない。
「りゅーくん、アイス、おいしい?」
「おいしいよ。食べる?」
「うんっ」
俺がひと口分すくうと、雛形が同じようにひと口分の自分のアイスをすーちゃんに食べさせた。
「これでいいでしょ」
「しーたんのじゃない……。でも、おいしい」
満足そうで何よりだ。
「早くどこか行って」
「そんな邪険にしなくってもいいじゃない。ねえ?」
おばさん、俺に話を振るのはやめてくれ。
「い、いいからっ、早くあっち行って」
どうにか遠ざけようとする雛形。
「これから、おかいもの! りゅーくんも、くる?」
「行かないから!」
すーちゃんの誘いも雛形が一蹴すると、「しーたんのばか!」とすーちゃんはプンプンと怒っていた。
「あ、今日はそういうアレなのかしら。栞」
「ち、違う……もう、早くどこか行って」
「隆之介くん、ごめんなさいねえ。おばさんと涼花がお邪魔しちゃったみたいで」
行くわよ、とすーちゃんの手を引いておばさんはフードコートをあとにした。
すさまじく大きなため息を雛形が吐く。
うん。気持ちはわかるぞ。
「出かけるってことは、言ってなかったの?」
「言ったけど、誰とどこへ、とは言ってなくて」
知り合いに見つかるかもと思ったけど、まさかおばさんとすーちゃんに見つかるとは。
なんとなく居づらくなり、俺たちはフードコートを出ていった。
「どうする?」
こういうのは、男が考えるもんなんだろうけど、一応希望を訊いてみた。
「映画、見たい」
まだ夕方にもならないような時間だし、ちょうどいいな。
賛成すると、俺たちは併設されている映画館へ向かい、上映時間が一番近い映画を見ることにした。
チケットを買ったのは、先月あたりから上映をはじめたアクション映画だった。
劇場に入り、携帯を切り、上映を待つ。
恋愛映画なら、ロマンチックな気分になって手を繋ぐカップルもいるかもしれないだろう。
あらすじからして、そういう要素はなさそうで、少し安心した。
肘おきに手をのせた瞬間、ふにっとした温かい何かを触った。
ん?
「っ!?」
雛形の手だった。
「うおっ。わ、悪い……!」
ぶんぶん、と髪の毛を揺らしながら雛形は首を振った。
「だ……大丈夫」
本当に? 薄暗がりでもわかるくらい顔赤いけど。
「俺の、肘置き、こっちじゃ……なかったな」
どっちがどっちのかわかりにくい……。いや、ちゃんと見りゃ書いてあった。
もう一度、「悪い」と言って手を下ろすと、袖をつままれた。
「え」
「……っ」
どうしていいかわからないでいると、すっと雛形は袖から手を放した。
何か言うことはなく、うつむきがちなせいで表情も上手く読み取れない。
今のは、どういう……。
考えているうちに映画がはじまった。
つまらないわけでもなく、だからといって、誰かに伝えたいほど面白かったかというと、そうでもなかった。けど、そこそこ面白い映画だった。
あれから雛形は肘置きに手をのせることはなかった。使っていいってことだったんだろうか。
エンドロールが終わり、劇場内に照明が灯る。
席を立つ人たちを見送り、俺たちも、と立ち上がろうとすると、また袖をつままれた。
「どした?」
「……」
妙に間が多い。
何かを話そうとしているようなので、急かさず言葉を待った。
迷っているのか、目線が右に、左にと動き、小さく深呼吸をした。
「隆之介、あのね……」
「うん」
再び待っていると、係員がシートにゴミや忘れ物がないかの確認をしにやってきた。
「なっ……何でもない」
「本当に? なんか、思いつめた感じだったけど」
「えと……。あ――。お手洗い、い、行きたいって言おうとしただけだから」
「そう?」
む。そうか。女子からトイレに行きたいっていうのは、言い出しにくいことだったんじゃ。
察してくれよ、って雛形は思っていたのかもしれない。
「じゃあ出よう」
袖をちょんとつまんだままの雛形を先導するように、劇場をあとにして、トイレの前でわかれた。
ぼんやりとさっきのことを思い返す。
「トイレじゃ、なくね?」
「お手洗いに行きたい」が言い出しにくいような仲なのか、俺と雛形は。
もしそう思っているならちょっとショックだ。けど、じゃあ別のことを言いたかったのか、となると、何を言いたかったのかはわからない。
係員が来なかったら、何を口にしてたんだろう。
トイレから出ると雛形と合流して映画館をあとにした。
映画の感想をぽつぽつと話していたけど、頭の隅ではさっきのことや、映画がはじまる前のことでいっぱいだった。
時刻はもう夕方の六時になろうとしている。
「帰ろうか。今帰れば、ちょうど夕飯に間に合うだろうし」
イエスともノーとも言わない雛形と、駅まで歩き、最寄方向へ向かう快速電車に乗った。
座席に座ると、うとうとと雛形が舟をこぎはじめた。
会話がなくなったのは、機嫌が悪いからってわけではなさそうだ。
昨日は練習と試合をして、今日は午前中も軽めとはいえ練習があったんだ。そりゃ、眠くもなる。
快速電車は余程心地よかったのか、俺の肩に頭を預けることが増えてきた。
電車が減速しはじめた。可哀想だけど、そろそろ起こしてやらないと。
「雛形、起きろ。下りるぞ」
言っても、肩を揺すってもまるで反応がない。
するりと伸びた手が、俺の手を握った。
ん? 起き……てる……?
「雛形?」
やっぱり反応がないから、寝てる……?
そんなことよりも。今下りないと次はかなり先で――。
焦っているうちに扉が閉まり、次の到着駅がアナウンスされた。
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