第20話


 杉内が席を立った。どこへ行くのか尋ねたら、「オレも腹減ってきたからなんか食ってくるわ」とのこと。もらったおにぎりをひとつあげようとしたら、本間が悲しそうな顔をしたので、それはやめておいた。


 インターバルとハーフタイムを繰り返し、試合は順調に進んでいっている。

 雛形はハーフタイムで入れ替わって、しばらくするとまたコートに入った。

 野球にはない交代システムを新鮮に思っていると、雛形のことについて、本間が訊いてきた。


「雛形さんとは、いつから仲がいいんですか?」

「いつからっていうか、幼稚園のころからだよ。気づいたらよく遊んでた」

「中学のときは、そんな雰囲気全然なかったですよね?」

「まあ、部活でお互い忙しかったし、女子とつるむより、男子といたほうが断然楽しかったんだ」

「杉内先輩と?」

「だけじゃなくて、他のやつとも」

「男子って、そういうところありますよね~」


 不満げに本間はため息をひとつはく。


「女子にはそういう人いないの? 男子といるより、うちらだけでいたほうが楽しいじゃん? 的な人」

「いますけど、なんか、嘘っぽいんですよね。訊いてもいないのに、そういうことを公言する人って。囲い込もうとしているっていうか。抜け駆けするやつは裏切り者って言っているみたいで、好きじゃなかったです」

「わかる気がする」


 試合のスコアはほぼ同点で、取って取られたりの展開が続き、なかなか飽きさせない。

 ぬっと視界に本間が入り込んできた。


「好きじゃないんですか? 雛形先輩のこと」

「なんだよ、いきなり」

「一年遅れて同じ高校に入ったら、急接近してるんですもん。何かあったって思いますよー」

「何もねえよ」


 恋愛相談をきっかけに色々と話すようにはなった。けど、それだけだ。


 久しぶりに同じクラスになったっていうのも、背中を押したんだろう。

 俺が帰宅部になって時間ができたっていうのも、あったと思う。


 俺は視界を遮る頭を元の場所にぐぐぐ、と押し戻す。


「もぉ確認してるだけじゃないですか~」

「俺のことよりも、杉内と何かあった? 昨日の昼休憩、物理室入っていくのが見えたけど」


 言うと本間は目を輝かせた。


「――もしかしてヤキモチですかー!?」

「違う」


 輝いた瞳は一瞬にして光を失った。


「そんなにはっきり否定しなくっても……」

「何の話をしたんだろうって、気になって」

「内緒です」


 俺に詮索されるのが楽しいのか、とてもいい笑顔だった。

 こうして、アイドルみたいな容姿をしている後輩にグイグイこられるのは、男冥利に尽きると言えばいいんだろうけど、どうしても何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。


「わたし、本当は野球部のマネージャーになりたかったんです」

「なればいいだろ。野郎の巣窟だから女子マネは何人いてもいいもんだ」

「マネージャーになってエースを支えて、やがて二人は恋に落ちる……」


 芝居がかった口調に俺が笑うと、ふふ、と本間も笑った。


「――なーんて、青写真を描いていたんです」

「その青写真、まだ間に合うぞ?」

「もう間に合いませんよ」


 試合を眺めながら、本間はぽつりとこぼす。


「……先輩と同い年なら、よかったのに」


 実感が込められたような悲しげなつぶやきだった。

 なんと言っていいかわからず、しばらく試合を見守っていると、テレビのアイドルを見ているかのように本間はうっとりとしていた。


「雛形先輩、カッコ可愛いですよね。白くて細くて、顔もちっちゃくて。締まるところは締まってますし、女子にしては背も高いほうで、手も足も長くてキレイでスタイルもいいです」


 同意を口にするのは憚られるので、それについてはスルーした。


「そういうところが好きなんですか?」

「あのなぁ……」


 何て言ってほしいんだよ。

 この手の質問には、いい加減うんざりしていた。


「あー。わかりました、わかりました。もう訊きません!」


 本間はそう言ってころりと態度を一変させた。

 中学のときから話す機会が何度かあったけど、本間はこういう距離の取り方がとても器用だった。

 相手の顔色や雰囲気を見て、踏み込んだり、引いたり、そんな会話をしていく。

 男女両方に人気なのもうなずける。口下手で不器用な雛形とは正反対だ。


 やがて試合が勝利で終わり、しばしの休憩に入ったようだ。


「先輩、このあとどうします? うち、来ちゃいます?」

「来ちゃわねえ」

「来ちゃわねえですか。残念」


 足音がするので、杉内かと思って階段のほうに目をやると、部活用のジャージを着た雛形と内之倉さんが上がってきたところだった。


「あれ、すぎっちいなかった?」


 きょろきょろ、と周囲を見回す内之倉さん。


「あいつなら、腹ごしらえしてくるって、途中でどっかに行ったよ」


 ふうん、と鼻を鳴らす内之倉さんの隣で、雛形が物問いたげな目線を俺に突き刺してくる。


「……」


 何だよ。じっと見つめてきて。


「お二人ともお疲れ様でした。勝ちましたね! わたし、きちんと見るのはじめてだったんですけど、カッコよかったですー!」

「本間さんは、何してるの、こんなところで」


 内之倉さんが尋ねると、雛形も訊きたかった質問らしく、同意するように小さくうなずいた。


「部活見学を色々してて。ちょうど体育館で試合をやってたから」

「『ちょうど』?」

「はい。ちょうど、です」

「女バス、来る? キツいよ」

「えー。それじゃやめときます!」


 内之倉さんも本間も笑顔で会話をしているけど、これは俺にでもわかる。明らかに、本音を隠しながらの会話だ。


 やれやれと言わんばかりに首を振った内之倉さんは、本間の隣に腰かけた。

 空いているのは、俺の隣だけとなった。


「栞もこっち来なよ」


 誘われた雛形は、ぷるぷる、と首を振った。


「……今、隣は、よくない……」


 試合後で座り込みたいだろうに、頑としてその場を動かない雛形。


「雛形先輩、汗臭いとか思わないから大丈夫ですよ?」

「っ!」


 本間が本音を言い当てたのか、ぴくんと雛形は肩をすくめた。


 ああ、そういうことを気にしてたのか。


「雛形、座れよ、ここ。俺、気にしないし」

「先輩、先輩。そこは、『気にしないし』じゃなくて、『おまえのにおいなら、何だっていいにおいだよ』ってイケボでささやくところですよ~!」


 そいつ頭おかしいだろ。


「というわけで……まあ、座ったら?」


 俺が隣を叩くと、さささ、と移動して静かに座った。

 歩いたときの髪の毛の残り香と、ジャージから雛形家の柔軟剤のにおいだけがする。


 内之倉さんが、面倒見よく本間にあれこれ尋ねはじめた。部活は何にするのか、担任誰? とか。

 横でそんな会話をしている間に、端も端に座る雛形が言った。


「……あと一試合して、終わり。だから、退屈だったら、帰ってて」

「ううん。面白かったよ」

「よかった」

「雛形って、バスケ上手いんだな」

「え? 今さら?」


 くすっと雛形が相好を崩して笑う。


「この前イチイチやって思ったけど、改めて。……カッコよかったよ」

「~~っ!」


 想定外の感想だったのか、雛形は口をVの字にして顔を赤くしている。

 まばたきの数が尋常じゃない。

 照れたのか? そうなんだな?


「……あ、あの」

「何?」

「えと……」


 待っていても、雛形はなかなか後を続けない。

 内之倉さんが席を立った。


「栞、そろそろ下、おりなきゃ。先行くよ」


 あ、あ、と俺と時計を見比べる雛形はいよいよ焦りはじめた。


「えと。えと――っ」

「落ち着けー、雛形」


 どうどう、と俺は両手で雛形を静める。


「か、帰ったら……連絡して、いい?」

「うん。いいよ」


 ぱあ、と表情が晴れた。


「じゃ、じゃあ。またね!」


 手を小さく振って、雛形は弾むような足取りで通路を歩き、内之倉さんに追いつくと階段をおりていった。


 ……ん? それだけ?


「はぁ~……ナニアレ、ズルイ、カワイイ」


 うっとりするような大きなため息をついた本間は、片言になっていた。








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