第19話
「昨日の昼休憩、おまえがいなかったせいで色々と大変だったんだぞ」
「何が?」
土曜の昼過ぎ、俺と杉内は女子バスケ部の練習試合があるという話を聞いて、学校へと向かっていた。
「色々と誤解されるようなことが多くて……訊こうにも、放課後もどっか行ってたし」
「何の話だよ」
わけがわからなさそうに、杉内は眉根を寄せた。
「本間と昼休憩何してたんだよ」
「な、何の話デスカ」
「いや、言いたくねえならいいんだけど……俺も詮索したいわけじゃないし」
「まあ、ちょっとな。大したことじゃねえよ」
と杉内は濁した。
今日の練習試合の話をすると、すぐに食いついたあたり、やっぱり内之倉さんが好きなんじゃないかと俺は思うんだけど、暇だし俺に付き合ってくれているっていう可能性も否定できない。
借りた自転車は、今杉内が押している。
青春できたか? ってニヤけながら訊いてくるので、小学校に行ったことを話した。
「いいね、幼馴染同士で夜の小学校……」
ま、最後は先生に追いかけられてどうにか逃げたけどな。
「青春クソ野郎、早くチューしろよ!」
「何でだよ」
会話の脈絡なさすぎだろ。
「そんで、ひながっさんの好きなやつのこと、何かわかったわけ?」
「何回か、そいつの試合を見たことがあるらしくて」
「うん」
「でも、今は怪我して試合に出られないんだと」
「まあな……」
「バスケ部っぽいんだよな。他校の」
「は?」
「たぶん捻挫してるわ。やりがちだから、足首。バスケ部」
「はぁ?」
おまえこれ持て、と自転車のハンドルを渡してくるのでそれを受け取ると、肩にパンチされた。
「いた!? えぇぇぇ……何で……?」
「な――んでそんな面倒くさいことに……ッ!」
杉内は難しそうな顔で目を瞑ると、天を仰いだ。
学校に到着して体育館に近づくと、女子の声とバスケットシューズが体育館を擦る高い音が聞こえてきた。
覗いてみると、他校の見慣れないユニフォームを着た女子が何人もいる。その奥に、ユニフォーム姿の雛形の姿がちらりと見えた。
俺たちは邪魔にならないように、入ってすぐ右の階段を上がって二階から観戦することにした。
体育館を見下ろせる通路には、適当なベンチや余った学校の椅子が並べられているので、気軽に見る分にはちょうどよかった。
雛形曰く、午前は合同練習。試合は午後から二試合ほどやるらしい。
「オレ、ちゃんとバスケの試合見るの、はじめてかも」
「俺は中学んとき、二、三回あるけどな」
携帯を触った杉内は、SNSか何かをチェックし終えたのか、ポケットに携帯をしまった。
「……なあ、殿村」
遠い目をしながら、杉内は体育館を眺めていた。
「女バスって、試合中ポロりしないの?」
「しねえよ」
「な――んだよ! ドキドキして損したわ!」
一生損してろ。
「そんなハレンチスポーツじゃねえんだよ」
まったく、こいつの頭の中どうなってんだよ。
「真剣にスポーツしてる人を、そんな目で見るのどうかと思います」
と、女の子の声がした。
「はぁ? おまえだって練習中のテニスやバレー部の子のブラジャーやパンツのライン探してるくせにぃ!」
「そういうの、恥ずかしいから出ないやつ……あれ何ていうんだっけ。それを上に着るって聞いたぞ」
情報元は彩陽。
「はぁぁぁぁ? んなこと知ってますぅぅぅ!」
「じゃ何だよ」
「『今日は忘れちゃったから、このままでいっか☆』って感じの脇の甘い女子を探してんだろぉがオレたちはよぉぉぉ!」
何でこんなに熱いんだよ、こいつ。
「どうでもいいけど、『たちは』って、俺も同じ括りにするの、やめてもらっていいですか」
「何紳士気取ってんだよ」
「てか、エロい目で見るなって言ったの、俺じゃねえから」
「……そういや女子の声っぽかった?」
ひょこっと柱の陰から、本間が顔を出した。
「こんにちは」
愛らしく手を振る本間に、俺たちは「よお」とか「うい」とか適当な挨拶を返す。
さっきの声の主は本間だったらしい。
「入っていこうと思ったんですけど、お二人の会話がおかしくてちょっと入れなくて」
くすりと本間は笑う。
あと、上に着るのはキャミソールかタンクトップのことですかね、と教えてくれた。
「本間、ごめんな。杉内がゲ杉内で」
「いえ、大丈夫です」
「オレは大丈夫じゃねえんですけど! 何だ、ゲ杉内って!」
「ゲスい杉内。略してゲ杉内」
「そうだろうなって思ったわ!」
ギャンギャン吠える杉内に構わず、本間は隣に座った。
「本間、こんなところで何してるの」
「ええっと――部活見学です。どの部に入ろうかなーって思ってて。それでちょうどお二人が中に入っていくのが見えて」
「ああ、そういや、そんな時期だったっけ」
すると、コートにいるユニフォーム姿の内之倉さんがこっちに気づいた。つんつん、と雛形をつついて、視線を促すように、再度こちらを見る。
「っ!」
こっちを視認した雛形は、遠目でもわかるほど顔色が赤くなり、すっと内之倉さんの陰に隠れた。
「雛形先輩、可愛いですね~」
「見に来てほしいって言ったの、あいつなのに」
「ユニフォーム姿は恥ずかしい……ひながっさん、なんと乙女なのか……」
感慨深げに杉内はうなずく。
審判役の部員の一人がホイッスルを鳴らし、ボールを手に中央に行くと出場選手整列。
エースらしい内之倉さん、そして雛形もスタメンだった。
ピ、とホイッスルが鳴らされ、ジャンプボールで試合がはじまった。
本間は中学のとき何部だったのか思い返したけど、たぶん帰宅部だったんじゃないか。
それと……部活見学期間中とはいえ、わざわざ休みの日に見に来たりするものか?
杉内は、興味深そうに試合観戦をしている。ポロリなんてしないってのはすぐわかっただろう。
雛形が何度か言っていたけど、内之倉さんはエースらしく、彼女中心に攻撃しているように見える。確かに、ちょっとカッコいい。
「あ、そうそう、先輩。お昼まだですか?」
「うん。あとでコンビニ寄ろうかなって思ってて――」
ガサガサ、と本間は鞄から何かを取り出した。
「先輩、これ。よかったらどうぞ」
コンビニの袋を渡され、中を見ると、コンビニのおにぎりがふたつ入っていた。
「え、コンビニおにぎり……?」
横から中を覗いた杉内が、眉をひそめた。
「おまえにじゃねえって」
「いや、知ってんよ……」
ちらりと杉内が目をやると、本間の表情が笑顔のまま固まっていた。
「本間もまだなら、食べよう」
「わたわた、わ、わたしは、大丈夫ですから!」
「あ、そう?」
パッケージからおにぎりを取り出し、ひと口かじる。
試合はというと、雛形が敵パスをスティールし無人のゴールにレイアップシュートを決めたところだった。
「やっぱりスポーツしている瞬間って、魅力三割増しですね」
本間の感想には同意だった。
笑顔で仲間と軽く手を合わせる雛形は、俺の知らない人に思えた。
「先輩もですよ?」
「え?」
「秋の大会見てて。それで、やっぱりすごい人なんだーって思って」
「怪我してやめちまったら、何にも残らないけどな」
ちょっと自虐が入ってしまうと、本間は首を振った。
「そんなことないです」
だといいけどなとつぶやいて、またひと口おにぎりを食べた。
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