第18話


 早起きをしたせいか、今日は午前中の授業の半分くらいは寝てしまった。

 つんつん、と突かれたのはわかったが、それよりも睡魔のほうが強く、ずっとうとうとしていた。

 空腹を覚えてようやく目を開けると、隣の雛形がうっすらと微笑を浮かべながら俺を見つめていた。


「起きた」


 ちょうど午前最後の授業が終わり、教室が騒がしくなったところだった。


「何見てるんだよ」


 あくびを噛み殺しながら尋ねると、雛形は顔をほころばせながら首を振った。


「ううん。別に」


 たぶん、俺の寝顔を見ていたんだろう。

 そんなもん、五秒あれば余裕で飽きると思うんだけどな。


「オレ、今日はちょっと用事あるから」


 と、やってきた杉内が言うと、どこかへ行ってしまった。

 杉内の用事に思い当たる節はなく、雛形も内之倉さんも不思議そうにしていた。


「栞の手作り弁当、美味しそうだね」


 昼食を食べはじめると、俺の弁当を覗いた内之倉さんが言う。


「うん、まあまあうまいよ」


 俺の感想に満足げな雛形とは対照的に、内之倉さんには苦笑された。


「まあまあって」

「まあまあなら、勝ち」

「いいの、それで?」


 うんうんと雛形はうなずく。

 雛形が料理をするイメージはなかったので、弁当を作ったってことが意外だった。本人も慣れてないのは自覚しているようだ。


「でもこれ、前と中身一緒じゃない?」


 ピキ、と雛形の手が止まる。


「そういや、そうだな」


 全然気づかなかったけど、言われてみればそうだ。


「昨日の残り物だから」

「どんだけ余らせてんだよ」


 ふふふ、と内之倉さんが笑う。


「なるほど、なるほどー。だいたい栞が何考えているかわかった」

「え、何?」


 俺が内之倉さんに尋ねると、隣の雛形は、緊張したように体を強張らせる。

 内之倉さんと雛形は、名探偵と犯人の関係のようだった。


「他にレパートリーがないし、美味しいって言われたから、違う物を作って失敗するのは嫌。だから同じ物を繰り返しちゃう――違う?」


 ニヤリとする名探偵を前に、雛形が目をすーっとそらした。


「ち、違う……」


 絶対そうだった。

 俺と同じ見解だったのか、内之倉さんがくつくつと笑う。


 内之倉さんもいる楽しい飯どきに、杉内は何してるんだか。


 窓の外からは中庭が見え、ちょうど向かいには特別教室棟の二階廊下が見える。

 何気なく外に目をやっていると、その廊下を杉内が歩いていた。


 あいつ、あんなところで何してんだ?


「そういえば、朝、本間小夏と委員の仕事してたね」

「うん。本間は当番じゃなかったけどな」

「本間さんには、謝っておいたよ」

「そこまで栞が気にしなくてもいいとは思うけど」


 内之倉さんは呆れたような笑みを浮かべた。

 委員の集まりのとき、キツくあたったのを雛形は気にしていたらしい。


「またしても学校にサンアンドムーンが揃ってしまったか」


 なんだそりゃ。

 雛形も同じことを思ったようで、小首をかしげた。


「太陽と月って意味」

「いや、それくらいわかるよ」

「太陽が本間小夏。で、月は――」


 何か言いたげに、内之倉さんは雛形に目をやる。


「?」


 と、まだ察せられない雛形は、反対側に小首をかしげた。


「そんなふうに呼ばれてたのか」


 キャラにぴったりな呼び方だと思う。


 向かいの校舎では、待ち合わせをしていたのか、杉内が女子と合流する。並んでどこかへ歩き出した。

 ……あの女子……本間か?

 親しげな様子で昼休憩は使われない空き教室――物理室へ二人は入っていった。


 本間と杉内?

 用事ってのは、本間と昼休憩を過ごすってことなのか……?


 珍しい組み合わせを訝しげに思っていると、雛形が昨日のことについて訊き出しはじめた。


「……す、杉内くんとは、な、何かあった……?」

「え? すぎっちと? 何かって、何?」


 訊き出そうとしている雛形のほうが照れはじめた。


「……な、何かは、何かだよ」


 まあ、あんな具合に帰り道二人きりになろうとしているくらいだ。

 強引にキスしようとしてビンタされるまでを俺は想定している。


 えぇー? と内之倉さんは、思い返すように宙に目をやった。


「とくに何もなかったけど……あ、そういえば、本間小夏の連絡先を訊かれたっけ」

「何でまた……」


 俺は二人が消えていった物理室を一瞥する。


「さあ。わからないでもないよ。本間小夏を好きになるのも」

「そ、そうなの……?」


 おずおずと雛形が訊くと、内之倉さんは淡々と言う。


「本人以外から連絡先を教えてもらうって、そういうことじゃないの?」


 視線で話を振られたので、俺は首を振った。


「そういう話、あんましねえから。実際どうなんだろう」


 本当にそうなのか、ただの勘違いなのかは訊いてみないとわからない。


「男子はそういうところあるよねぇ」

「照れくさいんだよ、そういうの」

「話さなくても、わかるじゃん」

「でたでた、女子の悪いところ」


 態度や雰囲気でわかるんだから察しろってやつ。


 二人同時にため息をつかれた。雛型は特大だった。


「殿村くんは、ラブセンサーが機能してないしなぁ」


 内之倉さんはけらけらと笑いながら言った。


「してるわ。多少は」

「いやー、ないない」


 内之倉さんがはっきり言うと、雛形も大いに同意していた。

 何でいつの間にか完全アウェーになってるんだよ。


「でも杉内は――」


 内之倉さんのこと好きだぞたぶん。って言いかけて思いとどまった。

 まあ言ったとしても、さっきと同じ口調で「いやー、ないない」ってさらりと流されそうな気もするけど。

 内之倉さんってかなりの強敵なんじゃないか、杉内よ。


「あいつは……まあ、ちょっと面食いなところあるしな」

「やっぱそう?」


 予想が合ったったのか、内之倉さんは少し嬉しそうにする。あんたのことだよ、あんたの。


「殿村くんは、面食いじゃないの?」

「わからん」

「うわ。会話のしがいがない人だねー」

「そんなこと言われても」

「あはは。冗談冗談、怒んないでよ」


 普通の女子と違って、内之倉さんはノリが男子に近い。

 それもあって、すごく話やすい。


「あ」


 と、何かに気づいた内之倉さんが、昼食用のパンを口に詰め込んで、ジェスチャーで「私行くから」というのをやって席を立った。


 いきなりどうしたんだ。


「……」


 隣では、ぷすん、雛形が唇を尖らせていた。


「雛形さん? もしもし?」

「くらちゃんは、おしゃべり上手だし、ノリがいいから話してて楽しいよね」


 褒めているのかと思いきや、棘だらけの口調だった。


「……ああ、まあ、そうだな。何、不機嫌?」

「はい」


 否定しねえのかよ。


「ラブセンサーが機能してない隆之介には、わからない」


 学校なのに、殿村くんじゃなくなってる。

 ていうか……さっきは適当に話し合わせたけど、ラブセンサーって何!






書籍版2巻7月30日にスニーカー文庫様より発売予定です!

公式サイト↓

https://sneakerbunko.jp/product/renaisoudan/322011000039.html


書籍版もよろしくお願いいたします。

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