第12話


 雛形の部活が終わるまでどこで時間を潰そうか考えながら廊下を歩いていると、教室に見慣れた人影があった。


 中を覗いてみると、窓際の席で携帯を片手にイジる杉内がいた。


「何してんだよ」

「見りゃわかるだろ。ゲームしてるんだよ」


 おまえもやる? と言われて、俺は断った。


「人の机で何してるかと思えば。さっさと帰れよ」

「どこでゲームしててもオレの勝手だろ?」


 俺は自分の席に座り、やることもないので突っ伏した。


「雛形さん、断った?」

「何でわかるんだよ」

「おまえの顔見て、なんとなく」


 ……俺、そんな顔してたのか。

 ますます顔を上げづらくなてってそのまま会話を続けた。


「まだ雛形に告る人っているんだな」

「そりゃそうだろ。色んなやつを振ってるってのをわかってても、恋しちゃうんだよ、みーんな」


 杉内のくせに、知ったふうな口を。


「俺は……自分だけは上手くいくって勘違いした人たちが、雛形に告るのかなって」

「そういうやつもいるんじゃね? ダメ元っていうか。九九%ダメってわかっているから、余計に言いやすいのかもな」

「結果がわかっている安心感」

「そ、そ。それ」


 サッカー部のあの人を見て、今さら好きになったのかよ、と思わないでもなかった。

 先輩なら、俺たちが入学してから今までの一年、少なくとも雛形のことを目にしたりその噂を耳にしたりする機会はたくさんあっただろうし。


 俺や杉内は、中学の頃からどんな女子が先輩にいるのか、どんな女子が後輩として入学するのか、なんて話題をよくする。とくに四月は。

 それとなく気になる子を探してしまうのが、男子の性なんだと思う。俺たち以外でも、この手の話はしているだろうし。


「あの先輩は、今さら好きになったんだよな」


 ぽつりと言うと、杉内が答えた。


「恋に、遅いも、早いも、ない……!」

「名言風な間がなんか腹立つわぁ……」


 俺のそのツッコミを待っていたのか、杉内はくつくつと笑いだした。


「まあ、いつ好きになってもいいんじゃね?」


 そうだなー、と適当に相槌を打つ。


「……今さら好きになったのかよ、か……」


 告白シーンを見て思ったぽつりと言葉を繰り返す。


「殿村、何回同じセリフ言うんだよ。聞き飽きたって」

「楽しませるために言ってるわけじゃないんだよ。てか何でこんなところでゲームしてるんだよ」

「どこなら正解なんだよ」

「自分の部屋」

「捗らねえだろうが! 自分の部屋は何だかんだで効率悪ぃんだよ」

「おまえのゲームの効率なんて知らねえよ」


 静かな放課後に、小さくキン、と金属バットの音が何度か聞こえた。


「で、殿村は何してるわけ」

「暇つぶし」

「じゃ、ちょっと付き合ってくれよ。どうせここ、戸締りで締め出されるし」


 携帯をポケットにしまうと杉内が席を立った。




「さっき、授業のとき見っけたんだよー」


 ついて来いと言うので杉内の後ろをついていくと、ふたつあるうちのひとつ、第一体育館にやってきた。ここでは今日、バスケ部の男女が練習をしている。


 さっきまで、俺たちが体力測定のシャトルランをした場所でもある。


「杉内、見つけたって何を?」

「倉庫にな、ちょっとなー」

「もったいぶらずに言えよ」


 体育館の扉をそっと開けて、中に入る。

 雛形を探すと、真面目に練習をしていた。

 髪の毛をくくって、軽快に跳んだり走ったりしている。


「美少女は、何してても絵になるざますなぁ」

「そうざますなぁ」


 杉内の適当な口調に俺も調子を合わせておいた。


 倉庫に入った杉内を待っていると、野球用のグラブふたつと軟式球を手に出てきた。


「付き合えよ」


 押しつけるようにグラブをひとつ渡された。ちゃんと俺が使える左投げ用のやつ。


「軟球だけど別にいいだろ」


 シシシ、と杉内は笑う。


「嫌って言ったら、やめるのか?」

「やめね」

「だよな。――行こう。部活の邪魔になる」


 これ見た瞬間キャッチボールできるなーって思ったんだよー。と倉庫での邂逅を語る杉内の話を聞き流して、ふと中にもう一度目をやると、俺たちに気づいた雛形が、腰の横で小さく手を振った。

 俺も会釈程度に手を上げて応じた。


 歩調が弱まったところで、背を後ろから押された。


「青春すなッ! はよ行け!」

「いきなりキレんなよ」

「おめーが一番部活の邪魔してんだよ!」


 場所はとくに決めてないらしい。外の様子を見て、グラウンドの隅を使わせてもらうことにした俺たちは、靴を履き替えて邪魔にならない場所までやってきた。


 鞄を置いて上着を脱ぐ。元が何色だったのかもわからないような、枯れ葉色をした埃っぽいにおいのするグラブに手を入れた。

 小中、と野球をやっていた杉内は、高校に入ってすっぱりとやめた。

 少し離れた杉内と俺の間を、軟球が往復する。

 お互い暴投することもないし、捕球をミスることもなかった。


「意外と投げられるじゃん」

「だなぁ」

「痛くねえの? 肩? 肘だっけ?」

「肩。この距離で軽くだし、まあ、これくらいなら大丈夫」


 杉内は訊いておきながら興味なさそうにふうん、と鼻を鳴らした。


「え、ちょっと待って。今年球技大会優勝じゃね……?」


 と思ったら、いきなりときめきはじめた。

 去年の球技大会は、サッカー、野球、バスケ、バレーとあって、去年通りならその部活をしている人は別の球技での参加となる。


「オレとおまえがいれば、負ける気がしねぇ……!」

「おまえもしかして、最近少年漫画のなんかにハマった?」

「え、何でわかるの。探偵の方ですか?」


 きょとんとするな。だいたい想像つくだろ。


「……部活、やめなくてもよくないか? ピッチャーできなくても、打つほうは問題ないんだろうし。はじめて聞いたとき、何でだろうってちょっと思った」

「杉内、それはブーメラン投げてる」

「オレは、ほら、高校デビューだから。もっさり野球少年をやめて、ブチアゲな高校生活送るっていう」

「おまえ、それでデビューしたつもりだったのかよ」

「やめろよ。気にしてるんだから」


 クスクス笑うと、おい笑うな! とそこそこの速球を投げてきた。

 捕ると、パシンと良い音が鳴った。


「……杉内、もしかして誰か待ってたとか?」

「は、はぁ? 意味わからないんですけど」


 わかりやすく動揺してるな、こいつ。


「言えよ。別に言いふらしたりしねえって。恋に遅いも早いもねえんだろ?」


 山なりのボールをふわっと投げると、ぱす、とそれを杉内が捕球する。一三〇キロ中盤の球速が出た左腕は、今ではこれが精一杯だ。

 杉内は、縫い目を見ながら手の中でボールを回し、ぼそっと言った。


「う……。うっちー……て、どう思う?」

「内之倉さん?」


 返事の代わりにボールが返ってきた。


「そういうんじゃねえけど! ちょっとだけな、ちょっとだけ」


 具体的なこと何も言わねえな。


「いいじゃん」

「そ。そか」


 てことは女バス待ちか。

 なんだ、俺と一緒じゃねえか。


「おまえはどうせ雛形さん待ちだろ」

「どうせって何だ、どうせって。帰る方角が一緒なだけだ。内之倉さんのこと、雛形に訊いておこうか? おまえの名前は出さずに」


 出さなくても、バレそうだけど。


「まあ、頼まれてやらなくもないけどな」

「素直じゃねえやつ」

「っるせ!」


 力んだのか、杉内が投げたボールは暴投となり、練習中の陸上部のほうへと転がっていった。

 それに気づいた陸上部の人に投げ返してもらう。「さーせん!」と「あざす」の挨拶も忘れずに。


 俺は気になったことを杉内に尋ねた。


「内之倉さんのことは、中学のときは何ともなかったの?」


 俺も雛形も杉内も内之倉さんも同じ中学校出身だ。


「何とも。だから……好きになるタイミングで、人は人のことを好きになるんじゃねえかって思うんだ。付き合いの長短は、たぶん、関係ない」


 茶化して言わないせいか、ぽつりとつぶやいた言葉に、ちょっとした説得力を感じた。

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