第11話


 午後の授業から、雛形は席を少し離した。

 わかりやすいやつ。

 表情や態度には出にくい分、こういうふうに行動で示すことがあるらしい。




「告るんだろ、そのサッカー部のパイセンは」


 体育の授業が終わって更衣室で着替えていると、誰かに一部始終を聞いたらしい杉内が言った。

 パンイチで腰に手をやり堂々とした態度で続ける。


「茶道室前っていや、もう、それ以外にないだろうし」


「え、やっぱそうなの?」

「カァーッ。このおぼっちゃんは、なんも知らねえのな。あんな人けのない静かぁーなところに、男子がわざわざ女子を放課後呼び出すんだぜ? もう告る以外にねーのよ。てか、隠語というか、暗黙の了解なんだよ、そこに呼び出すっていうのは」


 自称わかっているパンイチの男が言うには、放課後にそこへ呼び出すってことは告白しますよってことのようだ。

 そうだろうとは思っていたけど、茶道室前ってのがそういう意味で使われているとは。


「能書きはいいから早く制服着ろ。部活でここ使う人の邪魔になるだろ」


 いつの間にか、更衣室には俺と杉内しかいなかった。

 さっきの体育が今日最後の授業で、更衣室の窓からは、グラウンドで部活の準備をはじめている生徒がちらほら見える。

 午前に入学式があったせいか、部活をはじめようとする生徒は、まだ見ぬ後輩を思いどこか浮ついているようだった。


「おまえこそ、早く教室言って雛形さん止めてこいよ」

「何で?」

「もしオッケーしたらどーすんだ、バカチン!」

「しねえよ。あいつ、好きな人いるらしいから」

「へ? そうなの?」


 そうだよ、と俺は手持無沙汰だったので脱いだ体操服を珍しく畳みはじめた。

 きょとんとしていた杉内だったが、血相を変えた。


「余計ダメだろうが! 何悠長に体操服畳んでんだ、おめーは!」

「何でダメなんだよ」

「もしそいつがビンゴだったら――」


 ……あ。


「でも、もしそうなら、ハッピーエンドだろ」

「おまえがハッピーそうな顔してたらそれがエンドでいいよ、オレは」


 へへ、何恥ずかしいこと言ってんだよ、こいつ。


「照れくさそうに笑ってんじゃねぇ!」

「わかった、わかった。騒ぐなよ。早く服着ろ」


「春だからちょっとくらい開放的になってもいいだろ!?」

「自重しろ、バカヤロー」

「おまえが行かない限り、オレは服着ないからな!?」

「どんな脅しだよ」


 脅しになってねえよ。


 杉内がうるさいのと体操服を畳み終えたのもあり、更衣室を出ていって教室へ戻った。


 もう誰も教室にはおらず、隣の席にいつもかかっている鞄がすでになかった。


「そんな……あの人がビンゴとか……あります?」


 そんな都合がいい展開……あります?


 なぜか敬語でひとり言をつぶやきながら、帰り支度を整える。

 昇降口へ行こうとした体を回れ右して、茶道室が見える特別教室棟へ歩を進めた。

 茶道室だけは中になく、校舎のそばにぽつんと立っているのだ。


「いや、でもあれは、行くって約束しっちゃったから行くだけで……」


 スタスタスタ。


「もしビンゴならもうちょっと嬉しそうにしているはずで……」


 タッタッタッタ。


「あいつの好きな人は、ワンチャン俺の可能性があるってことはあの先輩もなくはない……!?」


 ズダダダダダ。


「い、いた!」


 廊下の窓から、わずかに茶道室前が見える。例の先輩がそわそわしながら待っていた。

 相変わらず人けはなく、他に人はいない。雛形もまだ来てないようだ。


 ほっとしたのも束の間。

 雛形が内之倉さんを伴って現れた。一緒に話を聞くのかと思いきや、あくまでも、そこまでの付き添いだったらしく、内之倉さんはすぐに踵を返してどこかに行ってしまった。


 ……な、何か話しはじめた。

 口がやや動いているのはわかるけど、窓越しじゃ聞こえない。


「……」


 閉まっている窓の鍵をそっと開けて、窓枠に手をかける。普段開閉しないのか、簡単に開いてくれず、力を入れて引いた。


 すると、キュルキュルキュル――! と甲高い音が響いた。


 うお!? 音がでけえ!?


 ふい、と二人が一斉にこっちを見る。俺は目線から逃げるようにしてさっとしゃがんだ。


 ぜ、絶対バレたよな。


 大きなため息をついて、壁にもたれ足を投げ出した。

 何やってるんだろ、俺……。


 会話は聞こえるけど、何をしゃべっているのかまでは聞こえない。やがてそれもなくなって、おそるおそる頭を上げた。


 そこには、じぃーっとこっちを見ていた雛形だけがいた。


「何してるの」

「よ、よお。ちょっとな。あの先輩は?」

「部活。急ぐからって」

「こ、告られた、んだろ?」


 こくん、と雛形は一度うなずいた。


「そう、だよ、な……」

「ごめんなさい、しておいた」


 しておいたって何だよ、報告みたいに。

 慣れているから、雛形にとってはこんなこと茶飯事なんだろう。


「お昼休み、あの先輩から話があるって言われて、何の話なのか、雰囲気でわかったけど、もし違ってたらいけないから」

「そりゃそうか」


 あの場で断れって言った俺のほうが、無茶言ってたんだ。

 俺の行動や考えが空回りしているみたいで、頭をがしがしとかいて、小さくため息をついた。


「心配した?」

「……あの人が雛形の好きな人だったら、よかったな、と思っただけ」


 口だけが、上手く回る。


「そうしたら、もう俺に恋愛相談なんてしなくても済むわけだし」

「本当に、そう思う?」

「何でそんなこと、訊くんだよ」


 雛形が真っ直ぐな視線を注いでくる。


「後輩、入るといいな。女バス」


 話題をそらして、足元の鞄を拾って肩にかけた。


「待って」


 帰ろうと一歩踏み出したとき、呼び止められた。


「ん?」

「ちょっと今日は部活終わるの、遅いけど」


 雛形はそよ風に煽られる髪の毛を手で押さえ、照れたように目を伏せて小声で言った。


「……終わったら、一緒に、帰りたい……」


 何時まで待ちそうなのか、訊く前に答えていた。


「いいよ」


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