第13話


「てか何時に終わんだよ」


 午後七時を回った頃。

 杉内がとうとう愚痴りはじめた。

 グラウンドでのキャッチボールは、あのあと三〇分ほどしてグラブを元の倉庫に返した。暗くなりはじめボールが見づらくなったのだ。


 それからは、コンビニに行って駄菓子を買って食べたり、そばの市立図書館で昼寝したり、と俺たちは暇を持て余していた。


 今いる図書館の館内には利用客が数人いるけど、フリースペースには、もう俺と杉内しかいなかった。


「殿村、女バスっていつ終わるの?」

「俺に訊くなよ」

「おまえも知らねえのかよ」


 連絡もらう約束くらいしろよ、と文句を言いながら、杉内が携帯をいじる。


「だったら杉内がもらう約束しとけよ」

「それは、その、アレだから……」


 どれだよ。


 図書館の窓からは、帰宅する生徒が見えはじめた。どの部活かはわからないけど、時間的にもちょうどいい頃合いだ。


「学校、戻ってみるか」

「……おう」


 何度も一緒に帰ったことがあるのに、俺もちょっと緊張してきた。


「幼馴染のくせに、何緊張してんだよ」

「おまえも人のこと言えねえだろ」


 中学校以降で、こんなふうに待ち合わせをして帰るっていうのは、記憶にある限りでははじめてだった。


 図書館から学校までは歩いて五分ほど。

 俺たちは無言で歩き、第一体育館の中を覗いた。

 そこでは部員たちが後片付けとモップがけをしているところだった。


 さらに一五分ほど待つと、着替え終わったバスケ部員が校門のほうへと歩いていく姿が増えた。


「りゅ……殿村くん」


 内之倉さんと一緒に、雛形がやってきた。


「待たせて、ごめんね」

「ああ、うん」


 杉内が肘でつついてくる。


「こういうときは、『待ってないよ』だろうが。テンプレの挨拶も言えねえのかよ」


 こいつ、さっきまで待ちくたびれた感めちゃくちゃ出してたくせに。


「じゃあまたね、栞。殿村くんも」


 手を振って内之倉さんが一人で歩き出す。

 ……ん? 杉内、まさか約束せずに待ってたパターンか?

 なかなか声をかけられず、おろおろしている杉内を見かねて、俺は内之倉さんに声をかけた。


「なんか、こいつがジュースおごってくれるらしい」


 立ち止まってこっちを振り返る内之倉さんに、俺は杉内を指差した。


「はっ? ちょ――」

「いいから行けよ」

「こういうのは、自分のタイミングがあってだな……」

「そういうのはいいから」


 ぶつぶつ文句を言いながら歩き出した杉内が、内之倉さんに並ぶ。

 世話のかかるやつ。


「いやー、殿村が雛形さん待ってるっていうから、それに付き合わされてて――」


 俺を出汁にしやがって……。

 その光景を、雛形は目をキラキラと輝かせながら見守っていた。


「杉内くん……く、くらちゃん……」


 はふはふ、と珍しく興奮気味だった。

 杉内と内之倉さんの会話が漏れ聞こえる。


「いや、なんかその……あの二人、帰る方角一緒だから」


 と、俺が苦しい言い訳をすると、雛形が首をかしげた。


「一緒……だっけ?」


 ……違うな。全然違うわ。


「俺たちも帰ろう」

「……うん」


 校門を出て帰路を辿る。いつも何話してたっけ。

 こんなふうに帰ったことがないから、適当な話題を探すのに苦労してしまう。


「遅いでしょ。野球部ほどじゃないけど」

「まあな。練習頑張ってるんだな」


 倉庫に来たけど何してたの? と尋ねられ、俺はそのときのことを話した。


「杉内くんと仲いいよね」

「中学も部活一緒だったしな」

「……いいな」

「え?」

「うらやましい」

「キャッチボールが?」

「それも、ある」


 それも?

 通りはすでに真っ暗で、街灯が等間隔に道を照らしている。


「俺は別に構わないんだけど、勘違いされると困るんじゃないか?」

「どうして?」


 不思議そうに雛形は首をかしげた。


「どうしてって……。付き合ってると思われたりしたら、面倒だろ?」

「確かに」


 今気づいたのかよ。


「でも、大丈夫。勘違い、しないから」


 何でそんな自信満々なんだよ。

 ……ワンチャンあるってのを頭の片隅にそっと置いといて本命を予想するなら、近しいけど普段はあまり接しない人ってことか?

 違う学校の人なら、そりゃ、こんなふうに俺と歩いているところは目にしないだろう。


「試合とかでよく目にする人……とか?」


 大会で見かけるってのは、王道パターンだ。学校と背番号と顔だけ覚えて、練習試合のときに知り合って、きっかけができて――みたいな。


「そういうときもある」


 うーん。それっぽくなってきた。

 ワンチャンの可能性、0.2チャンくらいに減ってきた。

 期待大ってわけじゃなかったけど、ちょっとへこむな……。


 この際、俺がどう思ってるかなんてどうでもいいんだ。事情がどうであれ、雛形の相談に乗るって決めた以上、手助けをしてあげないと。


「そいつの試合中のプレイを見て? それとも、顔が気に入った?」

「性格とかも含めて、両方」


 強いな、両方は。

 バスケ部は、爽やかだもんな。細いし背ぇ高いし。流す汗はさらっとしてそう。イメージだけど。


「けど、最近は怪我をしてる」


 捻挫とかその手の故障はつきものだもんな。


「そっか。じゃあ治るまではそいつのプレイは見れないわけだ」

「うん」


 というか、今までの話を総合して、彼女がいないってのは、無理がないか?

 そいつ、すげーモテそうだぞ?


「本当に恋人はいないの? 雛形が知らない可能性は?」

「ない。知らない可能性はない」

「すげー自信だな」


 誰かともし付き合い出したら、その情報はすぐ掴める状況なんだろうな。

 あ、恋人の話で思い出した。


「……内之倉さんって、彼氏、いたりする?」


 じー、と見つめられる。不審そうに眉をひそめて、徐々に半目になっていった。


「くらちゃんが、何? どうして?」


 杉内、バラしてもいいか? おまえが内之倉さんのことを好きだって。


「どうしてって……ただ、彼氏いるのかなーって、ちょっと気になっただけ」


 雛形はつん、と唇を尖らせて早口に言った。


「くらちゃんのことは隆之介が気にしなくても大丈夫」

「いや、まあ、そうなんだけど」

「杉内くんと喧嘩になる。ダメ」


 杉内、おまえの好意はどうやらもうバレバレらしいぞ。

 雛形は怒ったように頬を膨らませて続けた。


「一緒に帰ってるのに、他の女子の話」

「他の女子って、友達だろ」


 ぷすん、と変な息の吐き方をする雛形。


「今度の練習試合、来てほしいって思ったけど、もういい」

「試合? どこで」

「うちの体育館。でも今無理になった。隆之介がくらちゃんのことを気にするから」

「気にするって、ちょっとした興味本位で……」

「もう、帰るっ」


 今帰ってるところだよ。

 早歩きになった雛形に歩調を合わせて、俺も早歩きをする。


「くらちゃんがエースで一番カッコイイから、隆之介は見にきちゃダメ」

「何でだよ。雛形は出ないの?」

「出る、と思う」

「それなら、見に行ってもいいだろ?」

「……」


 歩くペースがゆっくりになってきた。


「試合、見るのは久しぶりだから、ちょっと見てみたいなー。高校入ってからはまだ見たことないしなー」


 ちら、と伺うと、口元がゆるんでいた。


「いいよ。それなら」


 雛形、結構チョロかった。

 それから、日時を教えてくれた。


 雛形家に到着すると、箸を持ったままの彩陽が真っ先に玄関口に現れた。


「ねーちゃん、兄ちゃんに送ってもらってるー! いいなぁ~!」

「か、帰る方向が一緒だから」


 雛形は小声で言いわけのように言った。


「すーちゃん、兄ちゃん来てるよー?」


 呼ぶと、とてとて、と廊下からすーちゃんが顔を出した。


「りゅ、りゅーくん、きた! しーたん、りゅーくんきてる!」

「うん。一緒に帰ってきたから」

「あーちゃん、りゅーくん! りゅーくん、いる!」

「わかった、わかったから、ジャージ引っ張んないで。パンツ見えちゃうから」


 じゃあごゆっくり~、と彩陽はすーちゃんを抱っこして奥へ行ってしまった。

「りゅーくーん!」と、すーちゃんの声だけが聞こえた。


「賑やかだな」

「……ごめんね、うるさくて」

「ううん」

「今日は、ありがとう。いっぱい待たしちゃったけど……その……」


 迷うように言葉が止まると、玄関の中に入り顔だけ出した。


「う、嬉しかった……よ?」


 赤くなっていた顔をすぐに引っ込めた。

 すりガラスの部分に、まだ人影があった。


「じゃあまた明日」


 俺が言うと、小さな声で「うん」と聞こえた。

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