第5話


「いいよなー、おまえの席」


 昼休憩に入るなり、弁当を片手に俺の席にやってきた杉内は言った。


「日頃の行いだろ」

「最後列の席で、隣は校内最高の美少女しおりんだもんなー」


 ね、と杉内は隣の雛形に話題を振ると、ぶんぶん、と首を振った。


「美少女じゃ、ないから」

「すぎっち、栞が困ってる」


 雛形の向かいに座る女子……内之倉さんが言うと、ああごめん、と杉内は素直に謝った。

 内之倉さんは、雛形と同じ部活で仲がいい。よく朝一緒に登校しているのも見かける。


「そんなこと、ないよ」


 と、雛形が杉内をフォローすると、真横から視線を感じた。

 何か言いたげな、ちょっとした圧力がある。


 あれか、あれのせいか?


 ……昼休憩に入る寸前。


『お昼、一緒に……』

『うん。いいよ』


 ぱあっと雛形の表情が一気に明るくなって、うんうん、と何度も嬉しそうにうなずいていた。


 そして、俺はやってきた杉内を受け入れ、それに続き内之倉さんがやってきて、四人での昼食会と相成った。


 どうやら、俺と一緒にってのは、二人きりでって意味だったらしい。

 また何か相談したいことがあったんだろう。

 部外者の二人がいたんじゃ、できる話もできないから。


 俺が言えた義理じゃないけど、雛形の友達は多くない。

 雛形にとっての内之倉さんとの関係は、俺でいうところの杉内みたいな関係に近いと思う。


 ……女子ってのは、仲がいいなら恋バナの二つや三つくらいするもんだと思ったんだけど、そんな相手にも、雛形は言わないんだな……。


 付き合いの長さからくる安心感や信頼があるってことになるんだろう。

 的確な助言ができているとは思わないけど。


「雛形さん、こいつの恥ずかしい話、教えてくれない?」

「杉内。そんなもん聞いてどうする気だ」

「おまえの弱み握るために決まってんだろ!」

「決まってんのかよ。タチ悪ぃなおまえ」


 杉内の弁当から唐揚げをひとつもらう。


「おい、何勝手に取ってんだ!」


 隣の女子二人はそれを見てくすくす笑っている。


「りゅ……殿村くんの恥ずかしい話、あるよ」

「変なこと言うなよ? こんな悪用目的の小悪党に」


 ふふふ、と雛形が静かに笑う。

 深窓の令嬢然とした、お淑やかな微笑だ。


 それから、なんてことない雑談をした。委員会何に入る、とか、次の体育は何をするのか、とか。そういうの。


「殿村くん、帰り――」

「殿村、帰りちょっと付き合って――」


 会話が途切れたタイミングで、雛形と杉内が同時に話し、同時に言葉を止めた。


「ん? どうした二人して」


 どぞどぞ、と杉内と雛形が譲り合っているのを見て、内之倉さんが口を開けた。


「すぎっち、話があるからちょっと放課後残ってて」

「えっ? う、うっちー、どしたん」

「いいから」


 何の話だろう。

 と、俺が思っていると、隣の雛形は口元を手で押さえて、目を輝かせていた。

 箸をおいて、拳を握って小さく何度も振りエールを送っていた。


「っべーわ。……マジきたわ。うっちーに告られるわ……! どぉーしよー!」


 杉内が頭を抱えていた。何の話かは知らんが絶対違うと思う。


「私のほうが、き、緊張してきた……! くらちゃん、ファイト……!」


 雛形。おまえのその予想もたぶん違うと思うぞ。

 てか、くらちゃんって呼んでるのな。


「すぎっち、じゃ放課後ね」

「お、おう。まあ、しゃーねーな。ちょっとくらいなら」


 この、『オレ、モテてます』って感じのキメ顔、腹立つな。


「ちなみに、何の用事だったんだよ、勘違いマン」

「え? オレ?」


 おまえ以外にいねーだろ。

 どうせ、どうでもいい用事だったんだろう。


「コンビニ寄ったり漫画の新刊出てないか本屋に行こうかなって」


 うわ、本当にどうでもいい。一人で行けよ。


 色気のある話じゃなさそうなのは確かだ。それなら、内之倉さんは、杉内に何の話があるんだろう。


「緊張するぅ……」


 隣では、雛形一人が緊張していた。

 だから、たぶん違うって。ほんとにそうなら、俺たちの前で呼び出ししないと思うし。

 まあ、明日あたりにでも、杉内に訊けばいいか。




 午後にあったホームルームで、俺が入る委員会が決まった。美化委員。

 去年もやったけど、楽なんだ、これが。

 月一くらいの当番制で、花壇に水やりする程度のことしかやらないから。

 細かい世話は用務員さん任せでオッケー。


 絶対入る必要はないけど、入らなければそれはそれで、面倒な役回りを押しつけられるので、楽だとわかっていれば進んで入ったほうがいいのだ。


 委員会はそれぞれ男女一人ずつ。

 俺が美化委員に立候補したコンマ三秒後に雛形も挙手し、同じ委員会になった。


 授業が終わった放課後。閑散としはじめた教室でのんびり帰る準備をしていると、雛形がフンスと息を荒くした。


「隆之介、頑張ろうね」

「頑張るってほどの活動はしないんだけどな」

「そう? ……でも、意外。お花、好きなんだ」


 そういうつもりはないんだけど、まあ、いいか。


「そういう男子、素敵だと思う」


 そうか?

 男がそういうことをするイメージがあんまりないから、最初はちょっと抵抗あったんだけどな。

 俺たちが話しているうちに、杉内と内之倉さんは揃って教室を出ていった。


「何の話なんだろう」


 雛形に、ぽんと肩を叩かれた。


「野暮はダメ」


 だから、違うって。たぶん。

 聞くところによると、女子バスケ部の部活は今日は休みらしい。


「雛形は、俺に用事あったんだっけ? 何か言いかけてたけど」


 いつにも増した小声で、ぼそっと言った。


「隆之介と、一緒に帰る」


 そのあと言葉を待っても無言が続いた。


「……っていう、用事?」


 訊き返すと、雛形はふんふん、と首を何度も縦に振った。

 何だ、そんなことか。


「じゃあ帰ろうか。二人で」


 雛形は思わずといった様子で笑みをこぼし、小さくうなずいた。


「……はい」


 何で敬語?


 準備を終えた俺たちは学校をあとにした。

 別に何か特別話したいことがあるわけではないらしく、学校の話が中心だった。授業だったり、部活の話だったり、友達の話だったり。


「あ、そうだ! 大事なことを確認してねえ!」


 恋愛相談の件で、重大な見落としをしていたことに気づいた。


「大事なこと?」

「ああ。雛形の好きなやつ……彼女、いないのか?」

「いない」


 はっきりと答えた。何なら、俺が訊いた瞬間、食い気味で答えた。

 そうかそうか。そういうところはリサーチ済みなんだな。


「でもそいつ、好きな人はいないのか?」

「っ!?」


 何か、ショックを受けたような反応をした。


「恋人と違って、好きな人の有無は、公言してない限りわからないだろ? ごく一部の親しい人には相談したりして教えているかもだけど」


「うん、わからない……」


 そんな悲しそうな顔すんなよ。


「そいつが雛形のことが好きなら両想い、コングラチュレーションだ。でも、そうじゃない場合のが多い」


 ごくり、と雛形は息を呑むと、俺をまじまじと見つめてくる。


「……隆之介は好きな人、いる?」

「俺? いないけど。てか、俺に訊いてもしょうがないだろ」


 ふう、と雛形の表情が一気に弛緩した。


「訊く練習」


 奥手だから、訊きやすい俺で一旦練習したほうがいいのか。そうか。大事だからなシミュレーションは。


「雛形は、好きな人いるんだよな」

「うん。いる」


 そう嬉しそうに返事をした。

 どんなやつなのか気になるし、それが変なやつじゃなけりゃいいなと思う。


 恋する乙女というのは、自然と可愛く見えてしまうのか。

 この手の表情を最近見せるようになってから、見慣れた雛形も少し新鮮に感じる。


「隆之介はいない」

「ああ、うん。そうだよ」

「いない」

「何回も言うなよ」

「いないんだ。ふうんー?」


 花が咲きそうな雛形の弾んだ足取りと明るい声だった。




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ウマ娘のサイレンススズカ役やリゼロのペトラ役などをご担当されている高野 麻里佳様です。

最高なのでぜひ一度聞いてみてください!

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