第3話


 取り消したメッセージのことについて、雛形はこれと言って何も言うことはなく、俺も追及はしなかった。

 朝、雛形がうちに来ることはなく、俺はつつがなく登校を終えた。

 最初の授業はホームルームで、改めて自己紹介をしたり、委員会を決めたりすると新しく担任になった先生から説明があった。


「とりあえず、席替えからするかー」


 間延びしたような口調で言うと、ホワイトボードに席と番号を書きはじめた。

 そして適当に余ったプリントでクジを作る。


「席は、前に書いてある通りなー」


 A4サイズほどの封筒の中にクジを入れて、順番に先生が回っていく。


 杉内が拝みながら、封筒に手を突っ込む。取ったクジを開いて「ぬぁっ、微妙!」と天を仰いだ。

 誰も杉内が何番なのか気にすることもなく、粛々とクジを引いていき、俺の番になった。


 一番前とか、先生の目につきそうなところじゃなけりゃ、どこだっていいか。


 俺が選んだクジは、最後列中央やや窓際のなかなかいい席だった。


 各自机を移動させるうちに、雛形が隣にやってきた。


「私、ここ」

「俺、ここ」


 お互い、新しい自分の席を指差す。どうやら、お隣さんになったらしい。


 杉内はほぼ対角線上にある廊下側最前列の席だった。

 うらやましそうな視線を感じるけど無視しよう。


「よ、よよしく」


 よよしく……?


「お、おう。よろしく」


 みんなが新しい席に落ち着こうかというとき、女子が一人雛形に声をかけた。


「ねえ、栞ちゃん、席、代わってくれない?」


 一年のときまるで接点がなかったから名前は知らないけど、割と派手な部類な女子だ。


「え」

「クジ交換してくんない?」

「えと……」

「そんな大して変わんないじゃん」


 派手女子は俺の二個隣で、雛形の隣になる。

 言っている通り、確かにあんま変わんねえ。


 おろおろしたかと思うと、目がキリっとなった。


「無理」

「えーなんでぇ~?」


 ぶーぶー、と愚図るので、俺は思ったことを言った。


「大して変わんねえなら、席代わる必要もないだろ?」


 雛形がぱっとこっちを見る。

 目の周囲に星が散っているかのような、嬉しそうな目をしていた。

 目は口ほどに物を言うってのは、本当らしい。


「そうだけどさぁ……」


 シュン、としてしまった。

 ちょっとバツが悪くなって俺は思わず目をそらす。


 高校生やってりゃ、誰と誰が仲良くできそう、ってのは、雰囲気でなんとなくわかる。

 雛形の席付近にあの子の仲いい女子がいれば、クジを交換したがるのもわかる。でも、そういう感じの人はいない。てか、隣なんだから、移動する意味も大してないだろう。


 先生の「視力が悪い人は前の誰かと代わってもらえよー?」というアナウンスが終わり、全員が着席する。


「殿村くん、ありがとう」


 みんながいる前では、名字呼びになるらしい。


「ううん。いいよ。知らない人が隣だと、俺も緊張するし」

「私は、しない?」

「今さら何を」


 苦笑すると、「それもそうか」とでも返しそうなところを、小声で言った。


「私は、ちょっと、する」

「え?」


 うつむきがちな顔が、照れたようにはにかんでいるのが見えた。


 あ。ああ、そういうことか。

 様変わりした教室の風景を見て、すぐにわかった。


「ここだけ机の間隔が狭いからだ」


 俺と雛形の間だけ、妙に狭い。ほとんどくっついていると言ってもいい。


 よいしょ。

 机を横にずらし、隣と適当な間隔を開ける。


 これでも思春期の男女だからな。

 距離が近いと多少緊張することもあるだろう。

 ちょっと近いなって俺も思ってたところだったから、ちょうどよかった。


「……」


 雛形を見ると、目から生気が失せていた。


「おい、大丈夫か?」

「……大丈夫」


 幽霊みたいなか細い声だった。

 絶対大丈夫じゃねえだろ。


「緊張は、すべてが悪いものじゃない」


 ……どうした、いきなり。


「ガチガチになってパフォーマンスが落ちる緊張もあれば、そうじゃないのもある」

「ああ、うん、知ってる」


 それを聞いて、雛形は固く目をつむって天を仰いだ。


「じゃ、しばらくはこれで行くからなー」と先生は言い残し、まだ一〇分少々残っているホームルームの時間を気にせず教室から出ていった。


「何で、机離すの」


 あれ、何か怒ってる?


「何でって……緊張するって言うし教科書忘れたときだけでいいだろ、くっつけるのは」

「じゃあ忘れた」

「じゃあって何だ」


 むすっとしたまま頬杖をついて、前を向く。


「ご機嫌ななめ?」


 今度は顔を伏せたかと思うと、俺の机の端を掴んで、ぐいっと引っ張った。


 ググググ、と離した机の距離が縮まっていく。


 掴んでいる白い手を見ると、血管が浮いてた。めちゃめちゃ力入ってる!? 見かけによらず握力すごいんですね!?


「緊張しないから」

「そう?」


 それならいいか。

 次の授業の準備に取りかかった雛形は、教科書やノートを机の上に置く。


「じゃあ忘れた」って言ったけど、おまえ教科書全部置くタイプなの、俺知ってるんだからな。


「隣同士、久しぶり」

「そうだっけ」

「小四以来……だから、ちょっと嬉しい」


 よく覚えてんなー、と感心する俺が横顔を窺う。

 それに気づいたのか、雛形は視線を遮るように髪を触った。


「なあ……耳、赤くなってるぞ?」

「っ」


 ささっと耳を髪の毛の中に隠した。



※お知らせ※

本作がスニーカー文庫様より書籍化いたします。

タイトルは同じままで、31日発売です。


公式ページにはめちゃくちゃ可愛い雛形さんも公開されています。

https://sneakerbunko.jp/series/renaisoudan/


書籍版もよろしくお願いしますm(_ _)m

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