第2話


 朝の登校中、見つけた杉内の肩を叩く。


「よ」

「誰かと思ったら殿村か」


 うい、と適当な挨拶をしてくるので、俺も同じようなトーンでういと返す。


「おまえのせいで、昨日教室が地獄になったわ」

「はぁ? こっちはおまえのせいで性欲持て余したんだが」

「一生持て余してろ」

「微妙なやつオススメしやがって……オレはもうちょっとリアリティあるやつがよかったのに。黒ギャルとか、今どきいねーっつーの」


 知らねえよ。


「もう、はじまって、一瞬だったわ」

「体は正直かよ」


 俺のひと言で、白け面を装っていた杉内が、ブフフと笑う。


 中学から知り合った杉内は、高校じゃ二年連続で同じクラス。

 高校では、片手で数えられるほどの友達しかいない俺には、心強い存在だった。


「雛形さん、一緒じゃねえの?」

「一緒だったことがねえんだよ」

「もったいね。あんな、女優の星南(せいな)みたいな綺麗系女子と仲いいくせに」


 星南ってのは、杉内の推し女優の菱川星南のことだ。元々はモデルか何かだったらしい。

 こいつのせいで、興味がない俺まで無駄な情報を覚える羽目になっちまった。


「美人は三日で飽きるっていうだろ? ずっと見てるから、俺はそんなに特別感ないんだよ」

「ふうん。そんなもんかね」


 学校指定のスクールバッグの持ち手を肩にかけ、両手はポケットに突っ込んで歩く俺たち。平均より身長が高い俺と平均より身長が低い杉内が並ぶと、お互いそれがより際立つ。


「じゃあ……オレが、ひながっさんにアレしても、何とも思わない?」


『アレして』って濁すあたりが、ちょっとリアルだった。

 ひながっさんっていうのは、雛形のことだ。杉内だけがそう呼んでいる。


 こいつが良いやつなのは、中学から知っているし、好きな女子がいるんなら応援したいとも思う。


「本気ならな、杉内が」

「鬼クソ援護してくれる?」

「ああ……まあ……鬼クソかどうかは、アレだけど」


 杉内はじいっとこっちを見上げると、ブハハ、と笑った。


「冗談だよ。シリアス顔やめてくれよ。……自分でもわかっただろ。他の男に手ぇ出されるのが、意外と嫌なんだ、って」

「そういうわけじゃねえよ」

「体は正直かよ」

「俺のやつ取るなよ。って、使い方違うし」


 雛形に色んな男子がちょっかいを出しているのは知っている。

 最初はたぶん小五のとき。

 小五からすれば、かなりお兄さんに見える中一男子から告られていることを知ったときだ。

 どうしてそうなったのかは、よくわからない。

 同じクラスの男子からとか、そういうママゴト恋愛の延長みたいなのは、よくあった。でもそうじゃなくて、大人の恋愛のフィールドに雛形はいるんだっていうのを、子供ながらに思い知った。


 その衝撃が大きかった分、以降の告白相手はあまり印象に残らなかった。

 そいつらが、俺の友達じゃなかったからかもしれない。


「お、噂をすれば」


 杉内の視線の先には、雛形がいた。

 部活仲間数人と団子になって歩いている。


 会話を聞いている雛形は、相槌八割、ジェスチャー一割、小さな笑顔一割って感じでリアクションを取っている。

 言葉数は少ないし、無表情がちだけど、何を考えているかわからない、ってタイプでもない。


 雛形の隣を歩いていた背の高い女子……内之倉さんが、後ろを歩く俺たちに気づいて、雛形の肩を叩く。

 こっちを確認した雛形は、バネでもついているのかってくらい素早く前に向き直った。


「おい、殿村、おまえ嫌われてるんじゃ……」

「いやいや。俺じゃないし。だったら必然的に嫌われてるの、おまえのほうだから」

「は?」

「はぁ?」


 じゃれて肩を軽く殴り合っていると、「黒ギャル」って単語が雛形たちの集団から聞こえた。


「……」

「ほーら、やっぱり殿村だ」

「おまえのせいだろ」


 軽く殴ったつもりが変な場所に当たったらしく、杉内が悶絶していた。

 昨日のイタズラのお返しにしておこう。


 けど、雛形はあんなふうに一緒に登校する女子がいるのに、相談しないんだな?

 仲がいいと何でも話せるってのは、イコールじゃないんだろうか。


 俺はどうだろう。

 本気で好きな人ができたとき、仲がいい(と思っている)杉内には相談するんだろうか。

 なんか、照れくさくてしないかも。


 雛形は、俺には相談できるって思ったんだよな。

 嬉しいような、そうでもないような、複雑な気分だ。




 授業が終わり、一〇分休憩に入るタイミングで、俺は雛形に昨日の進捗を確認した。


「あれから、どうなった」

「どうって?」


 周りに聞こえないように、声を潜めて話す。


「いや、連絡先、訊けたのかなーって」


 昨日の今日じゃ、まだそういう話はできてないのか?


「訊けた」

「お。おぉ……」


 内気なところがあるのに、行動力すごいな。

 恋する乙女のパワーか何かか?

 俺だったら覚悟を決めるだけで一週間くらいかかりそうだ。


 ……ま、SNSくらいなら友達伝いで教えてもらえるのかもな。


「な、何か挨拶は?」


 ふるふる、と首を振る雛形。


「挨拶……してどうするの?」

「どうするって……」


 どうすんだ?

 よろしく~みたいなことを言えば、女子って何かしら盛り上がるもんだとばかり。

 ちらりと雛形を見る。


「?」


 話下手は、SNSでもなのか。

 ネット内だとキャラ変わるくらいしゃべられても嫌だけど。


「でも、せっかく手に入れたんだから、何かしら発信しないと」

「何を?」

「そりゃあ……」


 すまん、幼馴染。さっぱりわかんねー。


 会話が切れたタイミングで雛形が他の女子に話しかけられたので、話はそこで終わった。





 その日の夜のことだった。


 シャンシャララン、シャンシャララン――。


 通話の呼び出し音に気づき、携帯を手に取った。

 ディスプレイに表示されているのは「Shiori」。


 何だ? 訊きたいことでもできたのか?


「もしもし?」

『…………』


 あれ? 反応がない。

 もう一度ディスプレイを確認しても、通話状態は継続中。


「もしもーし?」

『…………っ』


 気配らしきものはなんとなくわかる。

 ということは、マイクや受話音量が小さいとかそういうことか?


「もしもしー? 聞こえてないー?」

『りゅ……っ』

「りゅ?」


 すーはーすーはー、と静かな呼吸音が聞こえる。


『隆之介……あ、違った。と、殿村君、い、いませるか』


 いませるか? いますか、いませんか、が混ざったのか?

 まあ、ちゃんと聞こえてるみたいでよかった。


「あの、しおりん? 殿村君っていうか、本人の携帯だから、ちゃんとかかってるぞ」

『あっ……』


 ベコン、という効果音がしてまた画面を確認すると、通話が切れていた。


「は……?」


 今の、何。


 頭上に?を浮かべながら、首をかしげていると、メッセージを受信した。

 くだんの『いませるか』からだ。


 ポコン。とまた続けてメッセージを受信する。

 メッセージ欄を開くと、クマが土下座しているスタンプが二つ送られてきていた。

 それから、立て続けに同じスタンプが一〇連射された。


「おぉぉぉ!? お、落ち着け、雛形!」


 携帯に向かって言うと、


『間違えた』


 とだけ送られてきた。


 いや、どれのことだよ。家電(いえでん)みたいなノリで通話しちまったこと? それとも『いませるか』のことか? クマのスタンプ連射したこと?


 何と言っていいのかわからなかったので、「ドンマイ」とだけメッセージを送った。

 秒で既読になった。

 些細なミスくらい忘れてあげよう。そんなことをいちいちネタにするほど、ガキじゃねえんだ。


 受信音がして目を画面に戻す。


『明日の朝、行ってもいい?』


 朝? 雛形がうちに来るってこと?

 疑問に思っていると、メッセージは取り消された。


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