幼なじみからの恋愛相談。相手は俺っぽいけど違うらしい

ケンノジ

第1話


「放課後、話があるから待ってて」


 昼休憩が終わりそうなとき、雛形栞からそんなふうに声をかけられた。

 一瞬だけドキっとした。

 放課後――。話がある――。


 異性の女子……しかも学校でトップを争うかどうかってレベルの容姿の子から、具体的な内容を教えてもらわず、それどころかやや濁しているニュアンスの伝え方をされれば、俺でなくてもドキっとしただろう。


 告白とかそういう感じの話か? って想像しちまう。


 そのときは「ああ、うん」とかすかな緊張とともに返事をした。

 でも、よくよく考えてみれば、俺と雛形の間に色気なんてものは何もないのだ。

 幼馴染なんだから、そんなの今さらない。

 考えてみれば1+1並みに簡単な理屈だった。


「おーい、殿村。帰ろうぜ?」


 同じクラスになった杉内が、のんびり下校の準備をしている俺の机まで来て言った。


「ああ……今日はアレだから。アレ」

「んだよ、アレって」


 ちら、と俺は件の人物、雛形のほうへ視線を送って、弁当箱を入れ忘れてないか、鞄の中をもう一度確認する。


「今日は一人で帰りたいんだ」

「……そ。ま、いいけど」


 すまんな、友よ。毎日毎日一緒だから今日くらいいいだろ。

 じゃあな、おう、と適当な挨拶を交わす。杉内が教室から出ていこうとすると、ふと扉の前で足を止め顔だけで振り返った。


「そういや、おまえがオススメしてくれた黒ギャルのエロ動画微妙だったわ!」

「おま、声でか……今言うな!」


 しししと笑った杉内は、手を振ってようやく出ていった。

 あいつ、ぜってーわざとだ。


 まだ何人か残っている教室が、一瞬しんとなって足早に数人が教室をあとにした。

 二年になったばっかなのに、さっそく好感度が底まで落ちたのがわかった……。


 がらっと隣の席の椅子を引き、雛形が座る。


「話、いい?」


 少しだけキツそうに見える切れ長の瞳に、色白の整った顔立ち。黒髪が、小首をかしげるとさらりと揺れた。

 クールビューティだとかなんとか持てはやされるのも、まあわかる。


「なんだよ、改まって」

「ギャルでもないし黒くもないけど、いい?」


 杉内……許さん……。


「邪険にされると、悲しい」


 そんな態度をとったつもりはないが、そう見えたらしい。

 静かだけどよく通る声のせいか、余計悲しんでいるように聞こえる。


「悪かったよ。でも、さっそくイジってくるおまえも悪いんだからな? それで、話って?」

「うん」


 頬杖をついて、続きを促すも、雛形は膝をすり合わせるだけでその先を継がない。

 もじもじすると、悩ましげに俺を見て、目を伏せる。

 意を決したように口を開けても、躊躇うように、また閉じる。

 心なしか、頬が赤いのは、教室に入り込んだ西日のせいじゃないだろう。


 ……お、おい……その反応、まさか……。



 俺に告――。


「好きな人ができた」

「……お。……おう……ああ、うん、あ、そ」


 びびった。

 なわけねえんだよ。なわけねえんだ。ちょっと緊張したけど。


「よかったな」

「うん」


 雛形の頬がゆるんだ。

 無表情でクールだと思われがちだけど、こんなふうに感情が表に出ることが、たまーにある。


「で、何?」

「隆之介なら、アドバイス、してくれると思って」

「人を百戦錬磨みたいに言うなよ」

「知ってる、童貞だってことくらい」

「やめろ」


 それどころか、誰とも付き合ったことがない。ってのもまあ、雛形は知ってるだろう。


 ……ん? なのに俺にアドバイスを求めるの?


「しおりん、俺でいいの? 相手間違えてねえ?」

「間違えてない」


 断言しよった。


「そういうのは、ほら、仲いい女子とかに訊いたほうが」

「……それは、恥ずかしいから。それに、女子に訊いても男子の気持ちはわからない」


 なるほどな。少女漫画育ちのガールズには、男の気持ちはわかるまい。


「黒ギャルが好きっていうのはわかったけど」

「ピンポイントな例を持ち出すな」


 そこ微妙に突っかかってくるな?


「いいか、雛形。たとえば、毎日肉じゃがだと飽きるだろって話」

「?」


 きょとんとされてしまった。


「今日くらいはパクチーいっちゃうか! ――男は、そういう気分のときもあります」

「?」


 またきょとんとされた。


「黒ギャルは、パクチー……?」

「覚えなくていい」


 紳士のリアルを教えるのは、まだ早かったらしい。


 それと、男子の気持ちを知ろうってあたりで、俺は少し安心していた。


 すらりとした身長で、クールな顔立ちは、男子はもちろん女子ウケもいい。そこらへんの男子よりも雛形のほうが女子にモテるのだ。


 結構な数の告白をされる雛形は、同じ数だけ断りを入れている。

 だから好きなのは男じゃなくて女じゃないのか、ていう噂もあるって聞く。


「一応確認。俺を相談相手に選んで男心を知りたいってことは、雛形が好きなのは男ってことでいいんだな?」

「うん」


 オーケー。大事だからなここの確認は。


「恋愛的な好き……なんだよな? ライクじゃなくて、ラブっていうか」


 英語の授業以外でラブって口にするの、ちょっと恥ずかしいな。


「ラブ。マジ」


 マジラブか。


「言いたくないなら言わなくていいけど、どんなやつ?」


 ほんの好奇心で尋ねると、考えるように視線を宙にやって、そして答えた。


「身近で、優しくて、イケメン」


 あ、ほとんどの男子違うわ。

 思い当たるイケメンを指折り数えていく。雛形が女子バスケ部だから、男子部員とか……?

 爽やかでかっこいいもんな、バスケ部って。

 身近ってそういうことだもんな。


「やっぱ顔なんだなー」


 わかってた、わかってた。ただしイケメンに限るってやつな。


「私が、好きな顔。他の人がどう思うかはわからない」

「ふうん。雛形は、そいつと付き合って、手ぇ繋いだりチューしたりしたいんだ?」


 ぼん、と変な擬音がすると、顔を赤くしてしばらくフリーズする。

 ややあって、ようやく小さくうなずいた。


「……うん」


 恋する乙女の表情だった。

 いや、恋する乙女の表情がどんなのかはわからなかったけど、この表情を形容するならまさしくそれだろう。


「チュー、したいんだ」

「っ」


 もう一度言うと、雛形が両手で顔を覆った。赤くなった顔は隠せても、赤くなった耳までは隠せていない。


 そっかそっか。こんなふうに想う相手ができるなんてなぁ。


「今どんな感じなの? 距離感は?」

「……話そうと思えば話せる人」


 てなると、やっぱこの学校の人が有力か。


「誰?」

「まだ内緒」


 恋愛に関しては奥手――だと俺は思っている――な雛形だ。そう軽々しく口にしないだろう。

 誰かわかってたらアドバイスもしやすいんだけど、まあ仕方ないか。

 ガキみたいに強引に詮索したいわけじゃないし――って俺が考えるタイプだから、雛形は打ち明けてくれたのかもしれない。


「連絡先は?」

「調べればわかると思うけど、SNSとか、そういうのは知らない」


 話せる仲ではあるけど、プライベートで連絡を取り合うほどではない、と。


「じゃあまず、その連絡先を教えてもらおう。でないと、したい話もできないだろ?」

「うん。そうしてみる」

「デートに誘うこともできないし」

「そ、そう……! で、できない……!」


 胸を押さえて、すーはーすーはー、と深呼吸をしている。

 想像するだけで、もういっぱいいっぱいらしい。

 まだ連絡先も知らないのに、気が早いな。


 ……つっても、雛形から連絡先を訊かれて拒否する男子ってたぶんいねえ。


 俺は、ぽん、と肩を叩いた。

 ぴょこん、と雛形の体が跳ねた。


 ……あれ? そんな驚かしちまったか。


「雛形、強気にいけ。おまえに連絡先訊かれて断るやつなんていないぞ」

「そう、かな」


 うんうん、と俺は何度もうなずいた。


 見回りの先生がやってきて、施錠するから出ていくように、とのお達しを受け、俺たちは教室をあとにした。

 携帯の時間を見ると、もう一時間以上ああしてしゃべっていたらしく、いつの間にか夕日は傾き、廊下は少し藍色がかって見える。


 昇降口までやってくると、まだ馴染みのない下足箱からスニーカーを取り出してつま先をつっかける。歩き出すと、隣に雛形が並んだ。


「二人で一緒に帰るの、中一の春以来」

「そうだっけ」


 よく覚えてんな。

 お互い部活で忙しかったりして、帰る時間もバラバラだったもんな。

 方角が同じだからといって、俺は時間を合わせて帰るなんてことはしなかった。


 付き合ってるんだろ? って先輩やクラスメイトに冷やかされるのが嫌だったってのもあるし、家族と一緒にいるところを目撃されるような気恥ずかしさがあったからだ。


 それが顔や態度に出ていたんだろう。雛形は登下校はおろか、教室、校内でも話しかけることはなくなった。


 相談事は今日はもういいらしく、何も訊いてこなかったので、俺からも何も話さなかった。


 ……今は、久しぶりに一緒に帰っても、気恥ずかしさってやつは薄くなったと思う。


 あの、と小声がして、隣を見ると、数歩後ろで雛形が立ち止まっていた。


「隆之介っ」

「え、何」


 雛形は、ポケットから携帯を出したかと思うと、それが手につかず、お手玉をして地面に落とした。

 どうした、どうした。


「携帯、大丈夫か」

「うん。大丈夫だった」


 すーはー、と一度深呼吸をすると、無事だったらしい携帯をずいっとこっちに突き出した。


「……フリフリしよ」


 SNSのID交換するあれか。


「そういや知らなかったっけ」


 これまで、クラスが別だったからそんな機会もなかったように思う。知ってても、話すことがないんだから、個人的にメッセージをすることもなかっただろう。


 俺も携帯を取り出し、IDを交換する。

 でも今は、知ってたほうが、相談もしやすいしな。


「あ、ありがとう……」


 いえいえ、と適当に流す。


 雛形は、携帯画面を見て小さく微笑んだ。例の恋する乙女の表情だ。


 普段の無表情気味な顔をよく知っている分だけあって、ほころんだ表情はひいき目なしに抜群に可愛い。


 ……ふとさっきの相談を思い返す。

 好きな人とやらは、おそらく同じ学校で、身近で、連絡先を知らない。



 雛形の好きな人って……。



 ま、んなわけないか。


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