38話 決戦の日
あっという間に学園での三日間生活が終わり、武闘大会当日となった。
初日以降、幾度となくアドニスに声をかけられ、食事を共にしたり授業を一緒に受けたりすることはあったものの、ギリウスとは一言も交わすことはなかった。
そして始まる、年に一度のアステル王立学園最大規模のイベント。
それはもはやお祭りと言って差し支えはなく、様々な出店やパフォーマンスなどが催されており、クロムとルフランの二人は少なからずテンションが上がっていた。
「たまにはこういうのもいいわね」
「仕事じゃなければもっと良かったんだけどね」
「まあそれは仕方ないわよ。支障のない範囲で楽しみましょ」
そう言って警備も兼ねて会場を一回りする。
今のところ特に怪しげな人物はおらず、揉め事も起きているようには見えない。
ただ、騎士たちに紛れ込んでギルドで見かけたことのあるAランクオーバーの冒険者たちが巡回しているのに気づいた。
中には二人に声をかけてくる人もおり、それによりこれが仕事であることを再認識し気が引き締められた。
そして始まる武闘大会。
その名の通り、最上級生の中から選び抜かれた優秀な学生達が、公の場で学園最強の座をかけて戦う場であり、有力貴族はもちろん王族も招待される一大イベントだ。
不穏な予告がある中ではあるが、パルメア現国王も出席しており、ドーム状の会場の最上階で最高峰の護衛を付けて観戦している。
(あれは……)
視力が良いクロムは、貴族たちの観戦席で優雅に茶を嗜む一人の男が目に入ってしまった。
グラウス・ジーヴェスト。
それはギリウスの父であり、かつてクロムの父だった男。
つまりは自分を捨てた張本人だ。
(……まぁ、来てるよね。当然か)
この大会は息子であるギリウスの晴れ舞台となり得る場であり、自らの血族の優秀さを改めて大衆に知らしめる重要なイベントであるからこそ、当主自ら足を運びその瞬間を視界に収める必要性があるのだろう。
向こうはクロムの存在には一切気付いていない様子なので、出来る事ならば関わり合いたくないなと思った。
そんなことを考えながら観戦を続けるクロム。
正直なところ、クロムたちはほとんどの選手の事を良く知らないので、若干退屈さを覚えつつも、普段見慣れない戦闘スタイルなどから何か学びを得ようと注視した。
しかし学生同士の戦闘はよく言えば丁寧、悪く言えば非実践的なゆったりとしたもので、残念ながらあまり学ぶことはなさそうだった。
だがそんな中で、意外な人物が順調に勝ち上がっていった。
「アイツ、結構やるじゃない」
「……そうだね」
ルフランが褒めたその相手は、初日にクロムたちにトモダチになろうと提案してきた銀髪の好青年、アドニスだった。
彼は普段の穏やかそうな雰囲気を醸し出しながら、ハイレベルな魔法で次々と相手を打ち負かしていく。
その様子にどこか妙な違和感を覚えるクロムであったが、口に出すほどのものではなかったので、このまま黙って見ていることにした。
気が付けば決勝戦。
残ったのはやはりというかギリウスと、そして……
「……まさかお前がここまで残るとは思わなかったぞ、アドニス」
「まあね。意外だった?」
「正直意外だったぞ。長くお前の友をやってきたつもりだが、まさかこれほどの実力を隠していたとはな」
「人間見かけによらないものさ。舐めて見下していた相手が実は自分に匹敵、あるいは上回り得る存在だったなんてことは良くあることさ」
「それは私に対する挑戦状と捉えていいんだろうな」
「そう捉えたかったらそうすればいいさ。下手に手加減されたら面白くないからね」
「ふん……いいだろう。来るがいい」
その言葉を皮切りに、両者が杖を構える。
片手で握り、もう片手は添えるように。
直後、開始の合図が鳴り響く。
先に仕掛けたのはギリウスだった。
「ファイアーボール!」
初手に選んだのは、火属性の下級魔法。
最もシンプルな火球を飛ばすだけの魔法。
だが、それ故に発動までが早く、瞬時にアドニスの眼前に業火の玉が迫っていた。
しかし、その直後、瞬く間に火球が消滅する。
「――ッ!?」
「ほら、どうしたの。さっさと次の魔法を打ってきなよ」
「――舐めるな!
手を曲げて挑発するアドニスを前に、ギリウスは怒りのままに火属性の上級魔法を構築する。
しかしその展開速度は前回見た時よりもやや早く、生み出された火炎は速やかに竜の形を成し、アドニスに目掛けて直進させた。
だがそれも、彼がパチンと指を鳴らすと現れた水の壁によって阻まれる。
断面が蒸発し、水蒸気が巻き起こるが、結局ギリウスの火龍はアドニスの水壁を突破することはできなかった。
それが面白くなかったのか、ギリウスは次々と魔法を構築しアドニスに向けて解き放つ。
火、水、風、土の基本4属性を上級まで習得したギリウスの苛烈な攻め。
しかしそれらは全てアドニスによって完璧に防がれ、結局彼に傷一つつけることすら叶わず時間が過ぎていく。
徐々にギリウスが保有する魔力が無くなっていき、遂に彼は片膝をついて息を荒げ始めた。
「ぐっ……おのれ……」
「……もう終わり? 普段からあれだけ調子に乗ってるのに、こんなので息切れだなんて――拍子抜けだよ」
「くっ…‥ふざけるなっ…‥私はまだ――」
「もう飽きた。そろそろ終わらせよう。
彼の指元に小さな風が巻き起こり、その風を凝縮して真っ直ぐ解き放った。
濃密な魔力を持って纏められた風の力は、凄まじい勢いで前進し、強烈な貫通力を持ってギリウスの左肩を穿つ。
「――ぐ、ああああああああっっっ!?」
遅れて、ギリウスの絶叫が響く。
勢いよく血が吹き出し、ギリウスは傷口を抑えるように右手で肩を押さえた。
その様子を見て、観客からは悲鳴が巻き起こった。
額には脂汗が滲み、苦悶の表情に染まる彼を見て、アドニスは悪魔のような笑みを浮かべながらゆっくりと歩み寄る。
そして次は指先を彼の右足に向けて
「――待て! そんな危険な魔法の使用は禁じられている! 試合は中断――ぐあっ!?」
状況が飲み込めず混乱していた審判が正気を取り戻し、慌てて止めに入るも、アドニスは瞬時に人差し指を審判の足に向けて、彼の左足を貫いた。
審判が痛みに悶えながら倒れ込む。
これで試合を止める者はいなくなったと言わんばかりに、動けなくなったギリウスの目の前に移動し、その額に右の人差し指を向けた。
「――マズイッ!」
その時、クロムの体が自然と動いた。
学生たちに紛れ込んで最も近いところに立っていた彼は、瞬時に妖刀を抜いて飛び出した。
そして、彼の指とギリウスの額の間に刀身を滑り込ませる。
「これで終わりだ。
「――やらせませんよ」
風の弾丸を受け止めたのを確認したクロムは、妖刀を引き、今度は彼に刀身を向けた。
「何やってるんですか、アドニスさん。いや……アドニスさんに化けた誰かさん」
「……ほう、我が正体を見抜くか。何故分かった」
(……て、適当に言ってみたら当たってた!? ほんとにアドニスさんじゃなかったのか!)
こんなことをアドニスがするはずが無いという信頼から、もしかするとと思って口に出してみたらどうやら当たってしまったようだ。
内心動揺しながらも、それを顔に出さないように抑え込みつつ彼を睨みつける。
しばらくの間、静寂が場を支配し、誰も言葉を発することができなくなった。
「――まあ良い。見抜かれたのであればもはや偽りの姿を取る必要はない。ぬ、おおおおおっ!!」
突如として、彼の体から黒いモヤモヤが吹き出す。
もがき苦しむような動作をしながらも、アドニスの体から
クロムが手を出すべきか否か悩んでいる中、その様子を遠くから目を丸くして眺める男が一人、小さく呟いた。
「バカな…‥あれはまさか……」
彼の目にはアドニスでもギリウスでも無い、禍々しい刀を構える一人の少年のみが映っていた。
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