37話 アステル王立学園4

「ありがとう、ルフラン。少しスッとした気分だよ」


 戻ってきたルフランに一言、クロムが礼を言った。

 何故お礼を言うのか理解していないルフランに、先ほどの男が自分の元兄であることを告げると、彼女は納得したかのように頷いた。


「ふーん……あれがアナタの……想像してた通りのタイプの男ね」


 つまらなそうな視線を向けるルフランを見て、クロムは苦笑する。

 まったく自分の成果ではないのだが、今の自分はお前よりも格上の魔法使いが相棒なんだぞと自慢してやりたくなるくらいの気分だ。

 彼の不愉快そうな表情を見るだけで幾ばくか心が晴れる気がした。


(今の僕ならきっとあの人をけど、でも、これでいい。これくらいでいいんだ)


 やはり僕に復讐なんて似合わない。

 今の自分は家にいた時よりもずっと幸せで恵まれた生活を送っている。

 だからこそ、この程度の嫌がらせで十分だと、改めて自分の心を整理した。


「――では今回の授業はこれまでとする」


 その後、結局最後まで授業を見てしまった。

 幸いクロムが指名される事はなく、他の学生がやり切ったところで授業が終わったので胸を撫で下ろしていると、これまで黙っていたギリウスが一歩前へ出た。


「待て。あの男がまだでしょう」


(うげっ……)


 そう言ってクロムを指差すギリウス。

 そして再び学生たちの視線がクロムに集中した。

 なんとなく嫌な予感がしていたが、それが的中する形となってしまい、ため息を吐くクロム。


「ああ、彼はいいんだ。見学だからな」


「見学? いやいや、彼はしっかりと最後まで授業に参加していたでしょう。ならば当然実技もやらせるべきだ」


「……彼は今日は調子が悪いそうだ。無理をさせるわけにはいかない。にやって貰えばいい」


 事情を理解している教授のフォローが入る。

 もちろん次回の授業が開催される頃にはクロムたちはこの学園にいないので、上手い躱し方と言えるだろう。

 しかしその言葉を聞いたギリウスは鼻で笑った。


「調子が悪い? くくくっ、そうだな。確かに調子が悪そうだ……!」


「――ッ!?」


「素直に言えば良いだろう。魔法が使えないから出来ません、とな」


「さっきから黙って聞いていればっ……!」


「文句があるのならば、初級魔法の一つでも使ってみせればいい。調子が悪いだけならそれくらいはできるだろう?」


「…………」


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを貼り付けてこちらを見てくるギリウス。

 教師は次の言葉に困っているようだ。

 仕方がない。そう思いながら溜め込んだ息を思いっきり吐き出し、前に出るクロム。

 そしてギリウスに対面する位置で止まり、そしてを浮かべた。


「えぇ、全くその通りで、僕は生粋の剣士なので魔法は使えません。何かの参考になるかなと思って見学させてもらいましたが、お邪魔してしまったようですね。すみません。僕はここで失礼します」


 そう言って頭を下げ、ルフランの手を取ってやや強引にその場を離れる。

 彼女は何か言いたげな様子だったが、これ以上あの場で揉め事を起こす気は起きなかったので無視した。

 そして誰もいない、建物の陰でクロムは足を止めた。


「もうっ! 何よあの男! ムカつくわね!」


「はぁ……こうなるならさっさと授業から抜け出すべきだった。僕のミスだ、ごめん」


「……クロム。いいの? 今のアナタならあんな奴簡単にぶちのめせるでしょ?」


「いいんだ、ルフラン。揉め事を起こすと今回の仕事もやりにくくなるでしょ? ああいうのは言わせておけばいいんだ」


 半ば自分に言い聞かせるかのようにそう口にするクロム。

 あれはきっと彼なりのプライドの保ち方なのだ。

 ルフランによって受けた屈辱を、クロムにぶつける事で心の平静を保とうとした。

 いかにもギリウスらしい行動だ。


「……まぁ、クロムがいいならいいけど」


 ルフランはむすっとした表情をしながら面白くなさそうにため息をついた。

 その様子を見て、クロムは少しだけ嬉しさを覚えていた。

 自分の代わりに、自分以上に怒ってくれる人が隣にいる。

 それはきっと恵まれた事なのだ。

 クロムの人生の中で他人が自分のことを想って怒ってくれたのは、今はもういない母と師匠の二人だけだったのだから。


「やぁ、そこのお二人さん。ちょっといい?」


「――誰?」


 やや重かった雰囲気をぶち壊すように、陽気そうな声が聞こえてきた。

 ルフランは警戒心を露わにし、クロムも腰の妖刀に手を伸ばしていた。

 現れたのは癖のある銀髪が特徴的な、物腰柔らかそうな男子学生だった。


「アナタは確か、あの授業にいた……」


「アドニスだ。よろしくね」


 確か彼はそう、ギリウスの隣にいた男だ。

 一見敵意はなさそうだが、油断はできない。

 先ほどの件について何か言いにきたのだろうかと勘繰っていたのだが、彼の口から放たれた言葉は予想外のものだった。


「ねえ二人とも、良かったら俺とにならない?」


「……は?」


「へっ……?」


 曇りのない笑顔を浮かべながらそう言い放ったアドニスに、クロムとルフランは困惑した。

 何故? と問い返すと、アドニスは不思議そうな表情をしながら答えた。


「なんでってそりゃあ、面白そうだったから?」


「面白そうって……それ理由になってるの?」


「えっ? トモダチなんてそんなもんじゃない? 付き合って楽しそうな奴と繋がるのがトモダチでしょ?」


「は、はぁ……」


「とりあえずカフェでお茶でもどう? もちろん俺の奢りで」


 正直なところ怪しさの塊でしかないのだが、クロムとしては興味が全くないわけではなかったのでその誘いを受ける事にした。

 ルフランはいまだに警戒している様子だったが、クロムが行くならお茶くらいならと付いてくる事を決めたようだ。

 そしてアドニスに案内されたのは、とある建物の最上階にあるカフェだった。

 彼のおまかせで注文を済ませると、テラスに出て席についた。


「……で、単刀直入に聞きたいんだけど、君、ギリウスとはどういう関係なの?」


「…………」


 やはりギリウス関係か、と再び警戒心を強める二人。

 その様子を見てアドニスは、ちょっと失敗したかと顎に手を当て困った表情をした。


「あぁ、別に話したくないなら話さなくていいんだけどさ。一応アイツも俺のトモダチの一人だから気になってね。どう見てもアイツ、クロム君のこと知ってそうだったし」


「それは……」


 どう答えたものかと悩むクロム。

 横に座るルフランに視線を送ると、話すかどうかはクロムに任せると小さく頷いた。

 ここで下手に隠すのも怪しい気はするが、迂闊に話すのもそれはそれで面倒ごとになるかもしれない。


「……昔、いろいろあったんです。僕はさっきも言った通り全く魔法が使えないので、それが彼にとって気に食わなかったんでしょう」


「へぇ……昔、ね」


 クロムが嘘ではない範囲で真実を隠して話してみると、アドニスはやや真剣な表情で思考を走らせた。


(ギリウスはただの出来の悪い学生に対してああいうような態度は取らない。そんな連中は最初から眼中にないからだ。だけどさっきのあの様子は……)


 ギリウスはクロムに対してなんらかの執着があるような様子だった。

 クロムが魔法が使えない落ちこぼれだったとしても、あのように晒し上げるような真似はしないだろう。

 だが、クロムは敢えてその詳細をぼかして話した。

 つまりそれはこれ以上喋る気はないという意思表示に他ならない。

 ならば質問を変えよう。アドニスはそう判断した。


「ところで二人はどこから来たの? 僕の知る限りだと君たちみたいな学生は見たことないんだけど」


「飛び級して転校してきたのよ。そう珍しいことでもないでしょ?」


「……ふーん、なるほどね」


 嘘だ。

 根拠はないが、直感がそう言っている。

 だがこれ以上踏み込むのは危険と判断し、話題そのものを変える事にした。


「なら二人は相当優秀って事だよね。さっきのルフランさんの魔法も凄かったなぁ。良かったら僕にいろいろアドバイスくれない?」


「……悪いけどあたしもまだ勉強中の身なの。人様に教えられるほど立派じゃないわ」


「そっか。残念だなぁ……また気が向いたら頼むよ!」


「……考えておくわ」


 それからは他愛のない、当たり障りのない会話で場を繋ぎ、それなりに盛り上がりを見せながらお茶の時間が終わった。

 そして去り際、爽やかな笑顔でアドニスはこう言った。


「良かったら明日も昼食、一緒にどう? あとこの学園のことで困った事があったらなんでも相談に乗るから気軽に声かけてね!」


 と。

 それに対して二人が生返事をして、一旦は解散となった。

 アドニスに対しては変なヤツだけど、悪い人ではなさそうという評価で二人の思考が一致した。

 短い期間ではあるが、こうして気軽に話せそうな学生が一人でもいると色々と動きやすいかもしれない。

 二人はこの出会いをなるべく前向きに捉える事にした。


 一方のアドニスは、一度振り返り、去っていく二人の背中を眺めながら、


「……あの二人は要警戒対象だね。何事もなければいいけれど、僕たちのの邪魔をするならばその時は……」


 ま、そんな事にならないのが一番なんだけどね、と呟き、彼もまた歩き出した。

 しばらく歩くと、人影のない裏道で彼の見覚えのある男子学生が目に入った。


(おや、彼は確か……彼も警戒対象の一人……一応声をかけておくか)


「やあ、調子はどうだい?」


 その声にピクリと反応し、男子学生はゆっくりと振り返った。

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