20話 妖力
星々が煌めき月明かりが照らす空。
遠く美しい幻想的な世界を地に伏して見上げる少年とそれを見下ろす大男が一人。
「よし。今日はここまでにするか」
「ありがとうございました……」
杖のように突き刺していた大剣を軽々と抜いて背に収めると、大男ーーアルファンが歩き去った。
その背を目で追いつつ、プルプルと震えながらゆっくりと起き上がる少年ーークロムは、汗だくの額を手で拭い、服についた土埃を払った。
「ほんと、めちゃくちゃだよあの人……」
アルファンからの提案で、彼を新たな師として稽古をつけてもらうことになったクロムだが、その内容はスパルタで、常に限界を越えることを要求されていた。
時間にすればたった2〜3時間程度なのだが、終わる頃にはこうして立ち上がることすらままならないくらいに消耗してしまう。
この時間でやることは大きく分けると二つで、一つ目は妖刀の力を引き出し我が物として扱うための訓練。
もう一つはアルファンとの一対一による実践稽古だ。
クロムにとって特に重要なのが前者であり、これは魔力を持たない彼が、魔力を行使しないと扱えないような技術を身につけるためのものになる。
この世界において彼のような魔力を全く持たない人間というのは非常に珍しい存在ではあるが、少量しか有していない人間は多数存在する。
そんな人達は強さを得るために、魔導具のような魔力を有した別の何かから力を借りることで戦う術を磨いてきた。
現在クロムが教わっているのは、そんな長い歴史の中で築き上げられた技術であり、彼の戦略の幅を大きく広げるものであるとアルファンは語った。
「お前が持ってるその刀は、そこらの魔導具とは比べものにならねえくらいの莫大な魔力を有している。それを活用しないのはもったいねえだろ」
とのことだ。
彼曰く、この世界の剣士であれば、魔力による肉体の硬化、簡単な自己治癒、剣に宿す属性の変化などは出来て当然らしい。
自己治癒に関しては妖刀から吹き出す紫の煙を纏うことで既に実現しているが、アレをクロムの意思で自由に引き出すことはまだ出来ていない。
「お前は魔力を生成できないだけで全く扱えないという訳ではなさそうだ。それなら外部から魔力を調達すれば色々なことができるはずだろう」
そう言われて、最初の1週間は大量の指南書を読まされた。
クロムは読書は嫌いではなかったものの、これまで一切関わってこなかった分野の書物であったため理解には時間を要した。
そして早速実践に移してみたのだが……
「……ほう」
その結果は、アルファンにとって興味深いものとなった。
まず肉体の硬化と自己治癒については、何度か試行錯誤することで成功させることができた。
しかし属性の変化ーー剣に火や風纏わせたり岩石でコーティングしたりと言ったことは一切できなかった。
もちろん属性魔法を扱うこともできず、それらを発動しようとするとクロムの体や妖刀の刀身が紫色に光るだけに留まった。
「なるほどな。その刀の異質な魔力では普通の魔法は使えねえか」
「やっぱりこの刀の魔力は変なんですか?」
「ああ。不思議なことに魔力そのものが固定の属性を持ってるみてえだ。本来魔力ってのは純粋なエネルギーでその用途によって自在に形を変えるものなんだが……」
どうやらその刀は取り込んだ魔力を別のエネルギーに変換して己のものとしているらしい、と続けた。
「安直だが名付けるなら"妖力"ってところか。って事は、さっきお前が成功させた肉体の硬化も自己治癒も原理的には魔法じゃなさそうだ」
「妖力、ですか……」
何やら難しそな話が始まってクロムとしてはやや混乱気味だ。
しかし例え正体がどのようなものであったとしても、この刀は己の得物にすると決めている以上、クロムに恐れはない。
ただ、この事実が分かったことにより、クロムの稽古はこの"妖力"を効率よく扱うためのものに変化した。
ちなみにクロムは魔力を持たないが扱うことができる、というのも誤りであったことが後々分かった。
というのも、試しに簡単な魔法を宿した魔導具を扱おうとした瞬間、謎の力によって弾かれてしまったのだ。
どうやらクロムの肉体は既に妖力によって侵されているらしく、体内に魔力を取り入れようとすると拒絶されてしまうようだ。
そんな訳でアルファンにとっても未知数の"妖力"を従える訓練をした後は、実際の戦闘で感覚を掴む訓練へと移行する。
その時のアルファンは以前戦った時とは比べ物にならない苛烈な攻めと俊敏な動きでクロムを追い詰めてくる。
それはクロムとしても全身全霊で臨まなくては死んでしまうと錯覚してしまうほどに激しいものだった。
「……帰ろう」
これまでの経緯を思い返しながら軽く休息を取ったクロムは、ゆっくりと重い足取りで帰路についた。
この通り非常にキツい訓練ではあるのだが、かつての師匠の訓練を思い出すようでそんなに悪い気はしていなかった。
「…………」
しかし、その後ろ姿を物陰から覗き見る人影が一つあった事に気づく事はなかった。
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