19話 休息
夜。
討伐対象の魔物を仕留め、王都アウレーへ無事に帰ることが出来た二人は、今日のことを振り返りながら愚痴を漏らしていた。
「ふー、やっと帰れたわね。ほんと面倒なヤツだったわ」
「まったくですね……ああいうのは苦手です」
二人が話題に挙げているのはコバルデバードと呼ばれるCランクの鳥型の魔物である。
図体は大きいが戦闘能力自体はそれほど高くなく、クロムとルフランの実力ならばどちらか一人だけでも簡単に討伐できてしまうくらいなのだが、この魔物には一つ厄介な習性があった。
コバルデバードは非常に警戒心が高い魔物で、自分が勝てないと判断した相手を目の前にすると即座に逃げ出してしまうのだ。
一方で自分よりも弱そうと判断した相手には積極的に攻撃を仕掛ける危険性があるので、こうしてギルドに討伐依頼が出されるわけなのだが……
「あたしたちが近づいたら、まるで怪物が襲い掛かってきたみたいな顔をして逃げてくなんて、まったく失礼なヤツよね」
「しかも空を飛ぶから追いかけるのも一苦労でしたね……」
クロムとルフランの二人と対峙したコバルデバードは、瞬時に”勝てない”と判断して攻撃を仕掛けることなく一目散に逃げだしたのだ。
その時点で二人は単なる討伐依頼から、逃げ出した魔物の捜索依頼に切り替わってしまった。
危険な魔物がその場からいなくなったからもう安心、という訳にはいかないのだ。
依頼の達成報酬を受け取るには、その魔物の討伐部位が必要不可欠。
それが用意できなければ、今日わざわざここまで来た意味がなくなってしまう。
結果として二人はコバルデバードの後を追ってしばらく走り回る羽目になった。
最終的にはなんとか距離を詰めたところでクロムの飛ぶ斬撃とルフランの魔法で逃げ場を塞ぎ、空中を蹴り上がることが出来るクロムによって一刀両断されるに至った。
散々走らされた苛立ちにより、刀を振るう力が普段よりも強くなったのはきっと気のせいではないのだろう。
そんな訳で身体的にも精神的にも疲れが溜まっている二人は、何か自分に対するご褒美が必要と言う方向性で一致した。
「ねえクロム、特にあてがないならあたし行ってみたい場所があるんだけど、いい?」
「もちろんです。僕はこの辺のお店には全然詳しくないので……」
「そ。ならいいわ。ところでクロムは甘いのは大丈夫?」
「甘いのですか……多分大丈夫だと思います。たぶん……?」
「なんでアナタが疑問系なのよ。無理なら無理って言ってくれれば別の場所にするわ」
「あ、いえ。そうじゃなくてですね。僕はその……甘味などを口にする機会がほとんどなかったもので、あまりよく分からないっていうか……」
「あっ……そ、そうだったわね。その、ごめんなさい」
「いえ、そんな。謝らないでください。あっ、でもそういえば……」
かつての家でクロムに与えられる食事は本当に必要最低限と言った程度のもので、甘味はもちろん、嗜好品に当たるようなものが与えられることは一切なかった。
幼い頃は母親にこっそりと食べさせてもらう機会があったものの、遠い過去のことなので味などほとんど覚えていない。
しかし、そういえばつい最近甘味を口にする機会があったことを思い出した。
それはある日、エルミアがどこかの店でお土産として買ってきてくれたケーキだ。
「新作ケーキ買ってきたよ! とっても美味しいからクロムくんも食べて!」
といつにも増して眩しい笑顔で勧めてきたので、食後に口にしてみたのだが……
「あれっ……? も、もしかして美味しくなかった……?」
エルミアにそんな不安を抱かせてしまうくらい、自分の反応が薄かった記憶がある。
それはきっと美味しかったのだろうけれど、直前に食べた彼女の手料理以上かと言われると疑問を抱いてしまったのだ。
その時はとっさに、そんなことない。美味しかったと伝えたのだが、今思えば自身はどちらかといえばしょっぱいものの方が好みなんだなと再認識するに至った。
「前にエルミアさんにケーキを食べさせてもらったことがあったのを思い出しました。その時は美味しく感じたので大丈夫だと思います」
だが、ここでルフランの誘いに水を差すつもりはないので、彼女を安心させるようにそう言った。
「そ。なら良かったわ。そのお店はつい最近出来たばかりなんだけど、既に結構な人気店になってるみたいだから、きっとクロムが気にいるものもあると思うわ」
それを聞いたルフランはほっと息をつくと、クロムを導くようにゆっくりと歩き出した。
そしてしばらく歩き、大通りから少し外れたところにあるおしゃれな店の前でルフランは足を止めた。
看板には柔らかな文体で「フェーデフルール」と書かれている。
「おぉ……ここが……」
「さ、入るわよ」
「あ、はい」
ルフランに促されるがままに店内へ入ると、そこには独特な匂いと花々に彩られた空間が待ち受けていた。
人気店と聞いていたが、この時間帯はそれほど混雑しているわけではないらしく、イートインコーナーの半分強が埋まっているといったところだった。
カウンターの方も女性客が一人いるくらいで、これならばすぐに購入できる状況なのだが……
「ん? あれってもしかして」
クロムはその女性客の後ろ姿を見て何かを感じ取った。
「えっとねー、これとこれとあれと……んー、これも欲しいかな! あっ、これも良いね! あとはそうだなぁ……あっそうだ! 持ち帰りでこれも2つお願い!」
「は、はい! えっとその、お客様。失礼ですがお持ち帰りの商品以外全て店内でお召し上がりになるということでよろしいのですか?」
「そうだけど……何かいけなかったかしら?」
「い、いえ! お付きの方などがいらっしゃらなかったのでその……失礼いたしました。すぐご用意いたします」
「ええ、お願いね」
落ち着かない様子の店員とやりとりしていた女性客が振り返ると、その様子を見ていたクロムの視線があった。
「あれっ! クロムくん!?」
「あっ、やっぱりエルミアさんだ」
「どうしてこのお店に……そ、それより! その女の子はどうしたの!? も、もしかしてもう"そういう人"を見つけちゃったの!?」
エルミアは一瞬にしてクロムの目の前に移動し、肩を掴みながら隣のルフランとクロムに視線を往復させる。
「えっとその、ルフランは僕と固定パーティを組んでくれてる人なんですけれど、伝えていませんでしたっけ?」
「ううん。クロムくんが”誰か”と固定パーティを組めたことは知ってるよ。でもまさか女の子だったなんて知らなかったなぁ……」
そういえば具体的に誰と組んだのかについては話していなかったことを思い出す。
エルミアとしても敢えてそれについて言及することはせず、後日アルファンにその相手は大丈夫なのかについて尋ねるにとどめていた。
その時のアルファンの返答はこうだ。
「ああ。アイツのことか。幼いが魔法の腕はなかなかのもんだ。パット見た感じ小僧とも相性は悪くなさそうだぜ」
彼はその相手の性別を特定するような言葉は発していなかった。
いつかは直接会ってみようと思っていたものの、クロムが自主的に行動して見つけた仲間ならばなるべく干渉しないほうが良いというのがエルミアの考えだったのだ。
「はじめまして。ルフランといいます」
「ルフランちゃんね。よろしく! 私はエルミア。一応クロムくんの保護者……と言っていいのかな? まあそんな感じ!」
「ええ。クロムから話は聞いています。自分を救ってくれた大恩人だと」
「改めてそう言われるとちょっとむず痒いなぁ……あっ、そうだそうだ。もし良かったらご一緒しない? せっかくだから奢ってあげる」
「えっ、その、いいんですか……?」
「もちろん! その代わりいろいろお話聞かせてほしいな!」
「は、はい! ありがとうございます」
「クロムくんもそれでいいよね?」
珍しく敬語を使うルフランにちょっとした違和感を覚えながらも、クロムとしては断る理由がないので無言で頷いた。
そんな会話をしているうちにカウンターの方から声がかかったので、二人はエルミアと共に注文に向かった。
その後適当な席に着き、雑談をしながら待っていると、注文した品が次々と並べられていく。
エルミアとルフランの二人はそれを見てテンションが上がっている様子だったが、一方のクロムはその違和感に首を傾げていた。
(なんかちょっと多くないかな……?)
机いっぱいに並べられたケーキたち。
その中にはホールケーキも含まれており、明らかに3人で食べる量にしては多いと感じた。
「さ、食べよ! 遠慮なく好きなだけ食べていいからね!」
「はい! いただきます!」
「い、いただきます……」
そうして始まったスイーツパーティ。
クロムは最初こそ味わって食べていたが、すぐに限界が来てしまった。
ルフランの方もクロムよりはたくさん食べていたものの、注文したケーキの半分ほどが亡くなったあたりでギブアップ。
「えっ!? もういらないの? 遠慮しなくていいのに」
そう言いながら笑顔でケーキを頬張るエルミアを前に、あの細い体のどこにそんな量が入るのかと二人の思考が一致した。
エルミアが大食いなのはクロムも知っていたが、こんなに甘いものも連続で食べ続けられるのかのかと改めて感心してしまった。
結局残った分は全てエルミアが食べ尽くしてしまい、持ち帰りの品を持って店を後にすることになった。
そして別れの際に、クロムはあっちで待っていろと言われたので少し距離を取ると、エルミアとルフランの二人が何やら会話を始めた。
「ルフランちゃん、ちょっといい?」
「は、はい。なんですか?」
「今度、二人っきりで改めてお話ししたいから、その時はクロムくんに内緒で来てくれないかな? 急ぎじゃないから空いている日でいいんだけど――」
「それは構いませんが……」
何の話をしているんだろう、と思いながらクロムが一人待っていると、しばらくして二人が戻ってきた。
とても気になって仕方がなかったが、敢えてクロムを遠ざけたということは自分が聞かないほうが良い内容なのだろうと判断して言及することは避けておいた。
ひとまずここでルフランとは別れ、エルミアと二人で家路につくことにした。
「あれが大魔法使いエルミア……思っていたより気さくな人なのね。でもあたしに個人的な用事っていったい何なんだろう」
帰り道、人々の喧騒に包まれながらルフランは小さく呟いた。
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