彼女とその女友達が妙に仲がよくって百合の間に挟まる男の顔になってる。

kattern

第1話

 大学生の彼女には幼馴染の女友達がいる。


 同い年で家が隣同士の幼馴染。

 一見すると物静かでいいところのお嬢様。

 悪戯好きで男っぽい所がある僕の彼女とは、少し性格が違う気もする。

 けれどそこがかえって気が合うのかもしれない。


 実際、二人のじゃれ合う姿を見ていると、こっちまで微笑ましい気分になる。


 リアルてぇてぇなって感じだ。


 ただ――。


「デートのたびに割り込んでくるのわざとだろ」


「……さぁて、それはどうかな?」


 彼女の女友達となぜかデート先で高確率で遭遇する件について。

 そして、なぜかそのままなし崩しでデートについてくる件について。


「四人がけのボックス席空いたって! ほら、早く入ろう入ろう! りんご、お腹ぺこぺこだよ!」


 僕はここ最近のデートで頻発する、この奇妙なイベントに頭を悩ましていた。


 女の子を両手にハーレムデートとか、そんないいもんじゃない。

 彼氏そっのけで、女の子といちゃいちゃする彼女をみせつけられるんですよ。


 こっちは百合の間に挟まれる男の気分ってもんです。

 よしんば受け入れて一歩退いたら後方彼氏面腕組みおじさんだ。


 どう転んでも地獄やんけ。

 草ってなもんだ。


 今日はアウトレットモールでお買い物デート。

 邪魔されないようにと、県境にあるこんな所まで車でやって来たのに、着いたらしれっと居るんだもの。


「アウトレットモール行くって聞いたらひさしぶりに買い物したくなって。会えるかなとは思ってたけれど、こんな偶然ってあるんだね」


 とか、言ってたけれど、絶対わざと。


 彼女と彼女の親友の百合が重すぎる。


 彼女が嫌がらないから受け入れたけれどいたたまれないよ。


「ほらぁ、祐介くんも、ゆかりも。はやくはやく」


「待ってよりんごちゃん」


「僕はトイレに行ってからにするから、二人で先に席についててよ」


「えーっ! なんでトイレいっちゃうのゆかり! 一人にしないでよ! ゆかりがいなくなったら、寂しくてりんご死んじゃう!」


「あははー、寂しがり屋だなりんごは」


「いや、僕も居るんですが?」


 ほらまたそうやって、二人で百合世界造ってはしゃがないで。

 これはそもそも僕たちのデートなんだから。


 勝手に百合世界造らないで。

 強制的に百合世界造って、僕を許されざる男にカテゴライズして、抹殺しようとしないで。巧妙な罠をはりめぐらさないで。


 けど、二人とも悪気がないから注意もできない。

 とほほ。


 それじゃあねと、ゆかりさんが店の奥へと移動していく。残された僕たちはウェイトレスさんに案内されて、四人がけのボックス席へ移動した。


 壁側のソファーに自然にりんごちゃんが座り、その斜め向かいにある木で出来たダイニングチェアに僕が腰掛ける。


 ダボッとしたレモン色したパーカーに、その細い脚が映えるブラウンのストレッチパンツ。赤いお洒落なスニーカーを履いた彼女は、にははと笑ってメニューを読む。ショートヘアー。軽く茶色を帯びた豊かな髪が煌めくたびに、絵に描いたような美少女だなとため息が無限に湧いてきそうになった。


 ほんとかわいいと思う。

 これでもう少し、僕たちのことを気にかけてくれれば文句はないのだが。

 そこまで求めるのは、やはり彼氏として束縛が強いかな。


「ねぇねぇ、なに食べる祐介くん?」


「なんだろ。やっぱり、ハンバーグとかかな」


「いいねぇ、ハンバーグ。肉汁じゅわーってなって、美味しそう」


「りんごちゃんはどうするの?」


「りんごはねぇ。このねぇ、ラズベリーパンケーキにしようかなぁ。それでねぇ、ゆかりがこっちの抹茶パンケーキ頼んで、二人ではんぶんこするの」


 はい、そういう所ね。

 彼氏と一緒に来てるのに、なんで女子二人でいちゃつくの。


 そういう、料理をはんぶんこイベントを発生させるのは彼氏の役目でしょうよ。


 きゃははって笑うりんごちゃんに、やっぱり邪気は感じられない。

 素でやっているんだろうなぁ。


 仲がいい女友達。

 ただ自然にしているだけ。

 それが、ここまで恋路を邪魔するなんて……。


 ほんと複雑な気分。


 ふと、今朝からのことを思い出して僕がため息を吐く。

 すると、むっとりんごちゃんが頬を膨らませた。


「ちょっと祐介くん? なんなのそのため息は?」


「……あ、いや、その?」


「ゆかりと一緒なのがそんなに嫌かぁ? なぁ? 嫌なんかぁ?」


「そんなこと言ってないじゃん!」


 彼女、育ちがけっこう良いんだよね。

 うかつに失礼な態度を取るとこうして圧をかけてくるんだよ。


 いや、僕がこれは悪いけど。

 けどやめてよ心臓に悪い。


 というか彼氏なんだから嫌なわけないでしょ。


 ちょっと疲れがたまっていてと誤魔化すが、それが通じるりんごちゃんじゃない。結局、頭を下げて失礼を詫びると、彼女はしぶしぶという感じで頬をひっこめた。


 ちょっと寂しげにりんごちゃんが視線を横にそらす。

 色気とはまた違う、男心をくすぐる妙な感覚。かわいげとでもいうのだろうか。思わず、先ほどまでの理不尽なやりとりを忘れて、僕は彼女に魅入っていた。


「ごめんね。本当はこんなのよくないって、りんごもわかってるの」


「……りんごちゃん」


「けどね、けどね、ゆかりはりんごの大切な友達だから。彼氏の祐介くんとも、仲良くしたいと思ってるから。だからね、つい、こんなことになっちゃうの」


 ごめんね。

 そう巻き舌気味に甘えた声で言われると、もう僕は彼女に逆らえない。


 甘え上手なんだよ。ほんと。

 きっと、僕がいない所で、ゆかりさんにもこんな感じで甘えているのだろう。


「大丈夫だよ。こういうのも含めて、僕は彼氏やってるつもりだから。二人の関係も含めて好きになっていけたらなって、そう思ってるから」


「……祐介くん」


 正直、デートなのに毎回こんな感じになるのは辛い。

 本当なら彼女と二人きりの時間を楽しみたい。


 そう思う部分はある。


 けれども、交友関係もまた僕が受け入れなくてはいけない彼女の一部だ。

 どうしても親友を彼氏よりも優先してしまうなら仕方ない。

 ありのまま今の状況を受け入れよう。


 なんだか彼女の奴隷っぽいけれど、僕はそれでいいと思った。


 ほんと、恋愛ってのは難しいな。


 くしくしと顔をかいてえへへと笑うりんごちゃん。ちょっと、飲み物取ってくるねと彼女は立ち上がると、笑顔のまま僕の前から姿を消した。


 その嬉しそうな横顔を見送って、僕はフリーになったメニューを手に取る。


 ラミネート加工が施されたそれ。

 手持ち無沙汰にゆっくりとそのページをめくる。

 すると、料理の写真に混じってボーイッシュな乙女の顔がそこに映り込んだ。


 黒のショートヘアー。紫色をした袖なしのワンピースは彼女の華奢な身体に似合っている。いつもは中性的な服装を好む彼女が、ここぞという時を選んで着てくれるそんな衣装がまたたまらない。


 ワンピースから出た白い腕を乙女はゆっくりと僕の首に絡ませる。

 柔らかそうな小さな唇を僕の耳に近づけてくすぐったい息を吹きかけると、彼女はいたずらっぽく「おまたせ」と呟いた。


 ぼっと、僕の中で何か熱いものが燃え上がる。

 朝からずっと一緒にいるというのに、こんなちょっとしたやりとりで僕をその気にさせるのだから――ほんと僕の彼女は卑怯だ。


 そう。


「やっと二人っきりになれたね、祐介」


「ゆかりさん。僕とりんごちゃんを二人っきりにして遊んでたでしょ」


「バレた?」


 僕の彼女ことゆかりさんは、悪戯っぽく微笑むと僕の頭に顎を乗せてくる。

 そして、ぎゅっと僕の身体を背中から抱きしめてきた。


 自分でりんごちゃんを受け入れておいてほんと気ままなんだから。

 男心をそうやって弄んで、楽しいのかしら。


 けど、そんな悪戯子猫みたいな彼女を嫌いになれない自分がいる。

 恋愛は惚れた方が負けとはよく言ったもの。僕はきっと、一生こんな感じで、彼女に振り回されることになるんだろう。

 それが結構、幸福だったりするんだけれど。


 悪戯を終えた僕の彼女は、しれっと僕の隣の席に座り込む。そして、これまた自然に、そして挑発的に、僕の右手にその左手をからめてくるのだった。


「ごめんね。りんごも悪気があってやってるわけじゃないから」


「それは僕も分かっているけれど」


「分かっているけど?」


「……言わせないでくれよ、そんな恥ずかしいこと」


「ボクともっと一緒にいたい? 車の中でずっと一緒だったのに?」


「それはそうだけれど」


「もっと欲しいの?」


 くすっと笑って彼女は僕の腕を引く。

 こちらを見てという感じのそれに思わず横を向けば、吸い込まれるような黒い瞳が僕を覗いていた。色白の肌。桜色の唇。小さな鼻。いたずらっぽい笑顔。


 もういっそどうにかしてくれればいいのに。

 けれども、彼女はこの沈黙を楽しむように何も言わない。


 僕の焦る姿を楽しんで、ゆかりさんは満足そうに静かに笑うのだった。


「ほんと、君はしょうがないなぁ」


「ゆかりさん」


「けど、ダメー」


「なんでさ!」


 その時、どんと僕の視界の端で何かが大きな音を立てた。

 次いで、僕の左腕を冷たい何かが濡らす。


 気がつくとゆかりさんが、空いた手でこっそりと僕の背後を指差している。


 ゆっくりと振り返れば、隣のテーブルとの合間に立つりんごちゃん。


 手には握りしめた透明なプラスチックのグラス。

 それと同じモノが、テーブルの僕の目の前に置かれていた。


 ちな、氷たっぷり。


「りんごがすねちゃうから。ちょっとお預けだね」


「……りんごちゃん」


 グラスを握りしめて暗黒微笑をたたえるりんごちゃん。

 ミシリミシリとグラスの軋む音に、僕は不可避の運命を悟った。


 しょうがないじゃないのよ。

 彼氏と彼女なんだから、こういうやりとりもしますよ。


 ごめんって。


 そしてゆかりさんも笑ってないで助けてよ。

 ていうか、君ってばまた分かっていてやったでしょ。


「祐介くん、りんごが入れてきてあげたお水だよ。飲みな」


 だから、圧やめて。


 そう嘆いてみたものの、なんだかんだでこんな二人に囲まれているのがそう悪い気がしないような。楽しいような。尊いような。


 そんな風に思う僕なのだった。


【了】

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彼女とその女友達が妙に仲がよくって百合の間に挟まる男の顔になってる。 kattern @kattern

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