第22話 英雄の逆鱗
二日ほど経っても状況は一切変わらず、むしろ互いに睨み合いながら防衛陣地を固めて簡単には突破できなくなってしまった。
川を越えて敵陣と突破するのに作戦のバリエーションはそんなにないと思うのだが、誰が一番槍で突っ込むのかとか、どこまで敵を追いかけるのかで話がまとまらないらしい。
追いかけるにしても国境までだろうと言うのがメイヘ侯爵の意見で個人的には賛成。
対して背中を突きまくって殲滅、国境も押し上げてしまえと言うのがニヘア侯爵の意見。攻め込まれているのだから追い返した時にそれなりの領土的な見返りがあってもいいと思うがメイヘ侯爵的にはそこまでするには俺の力をかなり借りないといけないと言うのを気にしているらしく、猛反対だそうな。
正直言って戦場の風習なんて分からないので話し合いは完全に丸投げで、嫌がらせの指揮を執っているのだが流石に攻撃しないとここまで国境が押される可能性も出てきた。
穴掘って、土の山で体隠して銃口だけこっちに向けてるからわざわざ向こうから突貫してこなさそうなのはラッキーだけどね。
さぞ悪い空気になっているであろう指揮テントに向かうと案の定、二人は腕を組んで目を逸らし合い、一人だけ爵位が低いヴィンチ伯爵がかなり肩身が狭い思いをしているようだ。
「ッチ!貴様がさっさと魔法で蹴散らせばこんな不毛な争いをしなくてもいいんだがな」
「わざわざ陛下が我々と合流して押し返せと命令を下されたのだから蒼殿の力押しだけで片付けるなということだろうが」
テントに入るなり嫌味を言われたが即座にフォローを入れて貰った。
何も進んでいないようだし、ここにいるとイライラの全てをぶつけられそうなのでテントを後にしようとするとニヘア侯爵が口を開いた。
「そもそも一人で終わらせられる戦いになぜ兵士を出さないといけないんだ。せめてあの剣士の娘と交換なら応じんことも無いがな」
「あ?」
むかついた。ニヤニヤしながら朱音のことを口にするクズに殺意が湧いた。
自分は短気かもしれない。もしかしたら冗談で言ってみただけかもしれない。
だが、こいつには無様に死んでもらおうと決めた。
侯爵なんて言うぐらいだからきっと大きな家なんだろう。
こいつが死んだら俺が思うよりも大きな損失がこの国に出るのかもしれない。
でも関係ない。
「〈
「な⁉」
相手の動きを魔力の鎖で制限する魔法で手足を縛るとかなり驚いたようで焼かれる前の椅子から落ちてブタの様に背を丸めて地面に横たわった。
「アレスさん。こいつの鎧を持ってきてやってください」
「わ、分かりました」
かなり驚いたようだったがアレスさんは地面で暴れ回る様子を見ながらテントを後にした。
「何をする!」
「何って、今からお前に一人で先陣切って川を渡ってもらうのさ」
「ひ、一人だと。そんなの、狙い撃ちにされて死ぬだけじゃないか!」
「そうだろうね、でも、もしかしたら渡り切って英雄的な最後が迎えられるかもしれないだろ?」
怒りに任せて殺さなかった分、喜んでほしいぐらいだ。
自分の最期を悟ったのか大人しくなったので簡単に鎧を着せることが出来た。
ロープで縛り直してテントを出ると、アレスさんが鎧を持って行ったのを見た兵士がいたようでほぼ全員が武装状態で突破の準備をしていた。
その合間を縫うように進み、最前線で川に蹴り落とすとすぐに立ち上がりニヘアはまっすぐに敵に向かって走っていった。
もちろん注目を集め、警告の意味なのか一発発砲された。
「う、撃つな!助けてくれ!」
よたよた走りで助けを乞う奴など正気でないのは明らかだが、何発かかすめるだけで無事に川を渡ることはできた。
「〈
渡る事だけはできた。
敵の作った土の山を登り、向こう側に行こうとした瞬間に彼の身体に巻き付けられたロープが爆発し粉々になった鎧と彼だった物が近くにいた敵を襲った。
「〈
続けざまに詠唱を行い川を凍らせた。
「っは!ぜ、全軍突撃!渡河しろ‼」
メイヘ侯爵のとっさの命令で茫然としていた兵士たちも訳が分からないまま凍った川を渡り敵を蹂躙した。
もちろん敵からの反撃もあり渡り切る前に倒れた者もいるだろうが双方混乱状態にあって、先制攻撃を食らった分敵は劣勢であっという間に敗走することになった。
さらにうまく逃げた者も騎兵に追いつかれてしまった。
こうして少数の犠牲で勝利し、そのまま移動中だったであろう部隊を蹴散らし、最期に国境部で更なる増援を防いでいた朱音たちと合流して王国も介入した内戦は皇帝派の勝利で幕を下ろした。
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