そして日常は続く

金澤流都

クリームあんパンとバナナケーキパイ

 きょうも、平和に目が覚めて、ちょっと眠たいまま寝室を出る。眠たいまま、下がってくるまぶたと戦いながらテレビをつけ、朝のニュース番組を眺める。きょうも暗いニュースばっかりだ。あ、いそがなきゃ。


 お湯を沸かして、インスタント味噌汁をつくり、インスタントコーヒーを淹れて、きのう炊飯器のボタンを押し忘れていたことに気付く。慌てて冷凍庫を開けると、なぜかクリームあんパンがちんと入っていた。しょうがなく取り出す。きょうが消費期限だ。


 味噌汁とコーヒーとクリームあんパンという変な朝ごはんになってしまった。しょうがないので、コーヒーにクリーミングパウダーをぶっこむ。牛乳がなかったのだ。


 あんパンにはコーヒー牛乳。まあ牛乳じゃないけど。味噌汁もあるけど。とりあえずクリームあんパンにがぶりと噛みつく。おお、予想外にたっぷりのクリーム。


 そのクリームがいっぱい入っているあんパンを、わたしは尊いと思った。


 そう思って、もぐもぐしてコーヒーを飲む。あっつい。やっぱりクリーミングパウダーじゃなくて牛乳を入れたい。きょう買い物に出かけたら牛乳を忘れず買ってこよう。あ、でもあんパンを買うかどうかは別だな。おいしいけど、朝ごはんに食べるにはいささか甘すぎる気がする。


 でも、クリームたっぷりのクリームあんパンは、すごく尊いと思ったのだ。


 朝ごはんを食べ終えて、顔を洗って急いで制服に着替える。髪を眺めてふふふと思う。このあいだ、体育の先生に「その半端に長い髪をなんとかしろ」と言われたので、きのう美容院で思い切って海外セレブみたいな坊主頭にしてやったのだ。わたしは反逆する、学校というくだらないものに。両親には一言も言っていない。両親はわたしの高校合格発表の直後、父さんの転勤が決まってしまい、生活力皆無の父さんの面倒をみるために母さんがついていった。わたしは一人で暮らしている。のどかなものだ。


 リュックサックに教科書とかそういうものを押し込み、アパートを出る。部屋のドアに鍵をかけ、自転車にまたがって学校に向かう。


 学校の自転車置き場に乗ってきたぼろっぼろの自転車を停める。学校は騒がしいところだ。教室に向けててくてく歩く。みんな漫画とかテレビとかの話をしている。楽しそうだけど、なんか違う。購買に並んで昼に食べるものを買うことにした。


 ……さすがに朝昼連続でクリームあんパンというのもな。


 でもクリームあんパン、おいしかったんだよな、というか尊かったんだよな。あの白いふわふわした、夢のなかの天国の雲みたいな、おいしいけど体に悪そうなあのクリーム。


 結局クリームあんパンを買ってしまった。ついでに緑茶。なにを買っているんだわたしは……。


 いまひとつ面白いと思えない授業を淡々と聴く。坊主頭に言及してくるやつはいない。先生たちも気にしていない。海外セレブみたいな髪型、案外目立たないもんなんだな。


 学校が平和に進んでいき、昼休み、わたしはクリームあんパンにかぶりついた。甘い。おいしい。やっぱりクリームあんパンは尊いと思った。


 午後の授業を終えて、わたしは自転車でキコキコとスーパーマーケットに向かった。部活には入っていない。べつに入ったっていいんだろうけど、そんなに興味はない。それより、きょうは玉子の特売だ。スーパーマーケットで玉子をひとパック買う。特売なうえに価格の優等生ってわりには安くないな。それからきょうの夜食べるものを考える。


 順当に考えてご飯が炊けているからしょっぱいおかずだよな。でもなんだかそういう気分じゃないんだよな。もっと、きょうを尊いと思えるものが食べたい。


 尊いの象徴はいまわたしの中ではクリームあんパンだ。しかしさすがに栄養が偏っているし大量の冷やご飯ができてしまう。しょうがなく炒めるだけのチンジャオロースをひとパック買う。でも全部じゃ絶対多いんだよなあ。一人暮らしの高校生にちょうどいい分量じゃない。


 というかなんで冷蔵庫にクリームあんパンが入ってたんだっけ? その理由を思い出して、わたしは「ふふっ」と声が出た。


 そうだ、スーパーで見つけてどうしても食べたくて、うっかり買っちゃったんだ。でも帰ってきて夕飯の支度をして忘れてしまったんだ。そんなくだらないことに、一日救われたんだ。


 わたしは、明日の朝、また「尊い」と思えるように、きょうはバナナケーキパイを買って帰ることにした。ついでに忘れず牛乳も。ご飯はそのうち、友達を呼んできてチャーハンパーティでもすればよかろう。いやチャーハンパーティってなんだ。


 家に戻る。自転車のかごから買い物袋を取り出して、冷蔵庫に次々収めていく。


 夕飯に白いご飯とチンジャオロースを食べた。ご飯の残りと、チンジャオロースの炒めないで余ったぶんは冷凍した。


 お風呂に入って、テレビを眺めて、それから寝た。


 わたしはきょうを、尊い日だと思った。明日も、バナナケーキパイを食べて、尊いって思えたらいいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そして日常は続く 金澤流都 @kanezya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ