第3話 同胞、土方亮介Lv195


「よく来た! 勇者候補の同胞たちよ!!」


 青く光る鎧を纏った男性は、部屋中を見渡しながら快活にそう告げた。

 だけど、その言葉に大勢が違和感を瞬時に覚える。

 そしてそれは俺も同じで、天地も同じだったらしい。


 同胞って……この人も日本人か? いや、確かに顔の造りはそうだけど……。

 っていうか日本語だし!


「えっと、同胞……です?」


 遠慮がちに天地が問いかけた。

 すると青白い鎧の男は白い歯を見せつつニヤリと笑いながら、


「ああ、同胞だぞ。俺の名前は土方亮介ひじかたりょうすけだ。それで、お前ら日本人だろ?」


 その言葉にざわめきが増す。

 ただ、心細かった気持ちは目の前のやたらと強そうなコスプレ男の同胞発言により、随分と緩和されたのは確かだろう。


 事実俺も少なからずホッと胸を撫でおろしている。

 願った世界かもしれないとはいえ、同じ価値観だろう日本人に出迎えてもらえたのだから。


「俺も日本人だ。まあ、今となっては元日本人だがな」


 その言葉の意味は目の前の土方という男性が、この世界を受け入れている証拠だろうか。


「いきなり言われも何が何だか分からないだろうが、順を追って説明をする。いいか、よく聞けよ?」


「あ……はい」

「じゃあ、ここって日本じゃねーの?」


 今から説明をすると言われたのに勝手に質問をするとか。

 流石空気が読めない諸星だなと思ったけれど、土方さんは左程気にする様子もなく諸星幸男に語り掛ける。


「ああ、その通り。この世界はお前らの想像通り、異世界だ」


「異世界って……」

「やっぱり……」


「そうだ、嬉しいだろ? 因みに世界の総称をエル=グライムというらしい。変だろ?世界に名前がついているんだぜ? まあ、惑星の名前だと思ってもいいかもしれないがな」


 ざっくりとした説明だけれど、言っている事は分る。

 ただ、まだ頭がついていけていない人も居るようで、疑問の声もちらほら聞こえる。


「え、いや……え?」

「ん?あぁ、ん?」


 それらを見て土方亮介という男性は、少し笑いながら言葉を続ける。


「ははは。まだ絶賛混乱中だろうが、とりあえず説明を続けさせてもらう。ここは勿論地球じゃない。今現在分かっている限りではだが、大きな大陸が一つと小さな大陸が二つあり、ここの場所は大きな大陸の中央よりに位置する。大陸名はユーラザイム。勿論星は球形で――」


「ちょ……ちょっと待てよ!」


 まだ話の途中なのに、それを遮った諸星は立ち上がり声を上げた。

 非常にうんざりした気分だ。俺はもっと情報を仕入れたいのに。


「……何だ?」


 少し気に障ったのか、土方さんは眉毛をピクリとさせ、少し低い声で聞いたのだが、諸星には通じていないみたいだ。


「そんな説明よりも、なんでこんな事になってんだか知りたいんだよ!俺は!」


 構うことなくがなり声を上げる。

 日本かどうかを聞いておいて、それに対して丁寧に答えて貰っているのにそんな説明いらねえとか……相変わらず自己中だなお前。


 俺は白けた視線を諸星に投げつける。

 見れば諸星の近くに居る人達も眉をひそめている。

 勿論俺の冷めた視線なんて気付きもしないし、周りの空気にも気付かないようだけれど。


 先ほどから少しうるさい男。

 こいつも俺の同級生なんだけれど、何かにつけて俺を蔑み、陰で俺を虐めていた奴らの主犯。今日のスニーカー破壊事件もこいつの仕業か、差し金だろう。


 というか何でお前がいるんだよ……。

 本当に完全にランダム召喚なのか?


「それを今、説明をしているのだが?」


 がなり声に動じる事も無く、土方さんは静かに口を開いた。

 うん、大人だな。


「っていうかさあ!いきなり連れて来てどういう事だよ!俺は何にもしらねー!だから返せよ早く!っていうか120円返せよ!」


 諸星はまだアホな言葉を喚き散らしているけれど、土方さんに言っても恐らくは無駄だとは思わないのだろうか?


 土方さんはイキる諸星を、少しだけ目を細めながら黙って見ている。

 そしてとばっちりを食らいたくないからか、諸星の周囲に居る人達は少しずつ距離をとり始めた。


「何とか言えよ!ああ?」


 黙って聞いていた土方さん達は、犬歯を剥き出しにして吠える諸星の言葉などどこ吹く風の如く、今では涼しい顔になっているけれど。

 活きが良い奴が来たなぁくらいにしか思っていないのかもしれない。


「では一つ聞くが…………お前、望んで来たんじゃんじゃないのか?」


「あ?何いって――」


「望んで来たんじゃないのか?この世界に。勇者に憧れているとか英雄になりたいだとかは知らんが、異世界に憧れているんじゃないのか?」


 涼しい表情を若干怪訝な表情に変えて口にした、その言葉に俺はドキリとする。

 周りはどうかは知らないけれど、今の時点ですら、少なくとも俺は異世界と聞いて不安よりも恐怖よりも、嬉しさの方が遥かに勝っているのだから。


「……うっ、ん、んなわきゃねーじゃんかよ!」


 ダウト!

 わっかりやすいなお前。


「っていうかさあ、許可もなしに拉致るとかもってのほかだろーよ!」


 明らかに図星を突かれたように狼狽える諸星は、それを誤魔化すかのように口を尖らせ唾を飛ばす勢いで食いついた。

 だがその言葉は他の人の同意を得たのか、


「た、確かに許可は頂いてはいないな」

「そうよね……」

「何も聞いてない」


 ざわつく中でもやはり誰一人として、異世界召喚をするにあたっての可否など受けて居ないようだ。

 まあ、俺も受けて居ないけどさ。

 そして、そうだろ?みたいに勝ち誇った表情を見せる諸星がウザい。土方さんは全く動じていないけど。


「あー、言いたい事は分からないでもないが、残念だが俺が召喚したわけでは無いし、”誰”が召喚したわけでもなく、言うなれば”召喚装置”がお前らを”選んで”召喚したのだから、俺に今それを言ってもどうとも言えないぞ」


「は?ど、どういう……」


 土方さんの言葉に困惑の色を見せた諸星。

 かく言う俺もどういう意味だと一瞬混乱したし周りも混乱している。

 呼んだのは人ではなく装置?

 よく小説とかである、魔術師が召喚魔術を使用したとかじゃない?


「言った言葉そのままだが……じゃあ再度聞くぞ? お前らはんじゃないのか? 地球の様子が今どうなっているのかは知らんが、お前らはんだろ?……


 今度は諸星だけにではなく、全員を見渡すように土方さんは言った。

 その言葉でざわついた雰囲気は一瞬で静まり返る。


 確かに俺は願っていた。そんな事無理だとは分かっていても、願っていたのは確かだった。


 それを召喚装置に見極められ、選ばれたというのか。

 そしてここに居る奴らも同じように?……柊さんも?


 そう思いながら彼女の横顔を見やった。

 何かを思案しているかのように、少し俯き加減で石床を見つめている。


「地球の生活に息苦しさを感じたかどうかは分からんが、お前らは、”異世界召喚に憧れていた”。……違うか? 少なくとも、今まで召喚された奴らは全員が大なり小なりそうだったんだがな? 当然俺も含む」


 周囲を見渡してみると、皆図星だったのだろう。

 視線を彷徨わせたり、俯いて何かをぶつぶつ呟きだした。


 ……そういう事か。


 確かにここ数日間、変な気配を感じては居た。それが個人を見定める為の必要な調査期間だったと言われれば納得できる。


 望んでいるか、願っているか。


 あれ?ってことは天地大河も?……はは……ま、まさかな。

 こんなラノベみたいな展開を願うとか……天地君が?ま、まじで?うそぉ……。


 密かに驚愕している俺の視線の先に居る天地は、微塵も動揺を見せない。そればかりか少し頬が高揚しているかのように赤い。ただ、土方さんの質問にも答えようとはしないけれど。


 だけど諸星は違って、先ほどよりも盛大に狼狽えていた。

 ほんっと分かりやすい奴だなお前は。


「まー、とは言っても、こうやってアーティファクトに選ばれてしまったのだから、仮に願ってようが願ってなかろうが結局のところ関係ない。もう来てしまったのだからな。だからお前らも諦めて、覚悟を決めて受け入れろ。あー、言っておくが、帰る方法は無い。今のところはな」


 何て強引な。その通りなんだろうけど身もふたもない。今までの説明を全て無にする言い様だ。

 俺は思わず苦笑いを零した。

 周囲の人も同じように。


 この人はあれだな、性格がめちゃくちゃ大雑把だな。俺は嫌いじゃないけど。

 見れば土方さんと一緒に入って来た人達も苦笑いをしている。

 だが、ここで少し気になるワードが出たが為に思わず声をあげる。


「アーティファクトって?」

「……おい!お前やっぱ司馬か!?」


 しまった。嫌な奴に見つけられた。

 とは言っても遅かれ早かれ見つかっただろう。

 けれど立ち上がって俺を指さすとかやめてくれ。目立って恥ずかしいから。


 とはいえ、ここはもう学校じゃないばかりか地球ですらないし、お前が利用してきた家や兄貴の力も先輩達もいない。だからもう俺は遠慮をしない。


「そうだけど、今はそんな事なんてどうでもいいよ。それよりも話の続きを聞くべきだと思うけどね」


「なっ!はあ!?」


 まさか俺が言い返すなんて思っても見なかったのだろう。

 言葉にならない驚愕の表情で俺を見やった。

 すると俺の言葉に同調する声が。


「そうだ。君の言う通りだ」

「そうですね、説明を続けて貰った方がいい」

「うん、聞きたいです」


 俺の言葉が土方さんと大河、それから柊さんに肯定されたと知るや、諸星幸男は、クソ……司馬の癖にとぶつぶつ呟きながら、苦虫を噛みつぶしたような表情のまま俺を睨みつけた。


 睨んでもしらんがなー。

 というか座れよ。


「わかった。じゃあ話を戻すが、俺も、他の同胞も全員が同じ装置に召喚された」


 俺は四年前だがなと、そう口にした土方さんが更に説明を続ける。


「その辺りの説明からするが、アーティファクトというものは、まあ、早い話古代の遺物だ――」



――アーティファクト



 古代の人工物、いわゆる遺物らしい。


 それは、いつ、誰が、何を目的に創ったのか、その殆どは解っていない。

 高名な大魔導士が作ったのか、過去に存在したという大賢者が作ったのか、はたまた神々が作りたもうたのか。


 この大陸内には、所在と存在が確認されているものだけでも数多くのアーティファクトが存在するのだとか。


 そしてそれらは総じて古代の遺跡――迷宮ダンジョン――にて発見されている。


 ほぼすべてのアーティファクトは、魔力=エーテルというファンタジーお約束の物質を供給する事によって今も尚起動する。


 が、しかし、中には何を試しても起動しないアーティファクトもあるし、それらは総じてその場から移動させられない程に大きい。


 そんな動かないアーティファクトの一つだったらしい。

 俺らを召喚したアーティファクトは。


 そのアーティファクトが突如起動したのは今から5年前。


 世界の至る所に生息する、モンスターと呼ばれる魔物や亜人の活動が急に活発になり、更にはモンスターしか居ないと言われる大陸東側から人類が集まる西側に向け、大量の魔物と亜人がその生存圏を広げようと侵攻を始めた時だったという。


 誰も居ない真夜中、突如天空から魔力が供給され始め、それが10日程続いたある日、臓腑を揺さぶる程に低く鈍い金属音と共に巨大な魔法陣が出現し、その魔法陣はまばゆいばかりの光に包まれ、光は天を突き抜けた。


 やがてそれが収まり静寂が訪れた時には、王国や帝国とも違う、他の小群国家とも違う衣服を纏った人族が突如現れた。28人も。


 それがこの世界エル=グライムへ最初に訪れた異世界人。

 それからは一年に一度の割合で起動し、昨日まで合計5回、延べ人数にして141名の地球人をこの地に送り届けた事になる。


 そしてこの度、6回目の召喚が行われた。


 今回訪れた者は25名。

 年齢はまちまちで、見た感じ高校生くらいから30歳前後。


 そして先ほど言いかけた情報の続きも。

 この星も球形だという事と、自転速度も黄道傾斜角もほゞ同じだとの事。なので一日24時間で四季も所によってはきちんと有る。


 公転周期も地球とほゞ同じ1年が365日。

 少なからず四季があるのだから当然のように春季、夏季、秋季、冬季という季節毎の区切りが有る。因みに俺らが座っている場所の緯度は、地球で言う所の関東あたりらしい。


 気候は、内陸に位置する為に空気は乾燥しており、湿度も低いんだとか。なので雨は日本ほど降らない。というか転移者の人らしいけれど、よくもまあ黄道傾斜角とか緯度とか計算できたもんだと。


 ああそうそう、月は一つでこれは地球と同じだけど、見え方が違って滅茶苦茶大きく見えるらしい。

 必然的に満月の夜はかなり明るいそうで、見たらびっくりする事間違いなしだと聞かされて、これで一つ楽しみが増えたなと。


 ただ、説明の途中で気になったのが、今まで召喚された人全員が関東在居ざいきょだったと聞かされた事だろうか。


 在住ではなく在居。

 要するに、召喚時、みんな似たような場所に居たという事。

 具体的に言えば俺や柊さん達が住んで居た月詠つくよみ市。


 もしかして何か法則とかがあったりするんじゃ?とは思ったけれど、結局のところ考えても意味のない事だと思いなおし、記憶の隅に押し込んだ。


 あと、俺は気付かなかったのだけれど、転移門が開く少し前に、真っ白な小きな積乱雲が浮かんでいたという目撃証言も多数あり、今回の転移時にもそれを見たという人は多かった。


 まあ、俺は嫌な事があった直後だったので、とても空を見上げる余裕なんて無かったけれど。


 そんな感じで一通りの説明が終わり、最後の纏めに入るかのような雰囲気が土方さんから流れ出る。

 この間、煩い諸星も不承不承ながらも静かに聞いていたので、割とスムーズに話は進んだ。

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異世界転移なのに逆チート?加護もない?あの、俺、生きていけます?あ、試練ですかそうですか。じゃあちょっとがんばってみますか。 無我 @osabon

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