第2話 集団で異世界転移?

 それは前触れもなく突然訪れた。


 突然何かの衝撃を頭に受けて、気付いた時には真っ暗な空間だった。

 自分の手足すら見えない程のそこは、まるで暗室の中にいるような。


 一体この状況はどういう事だろうか?……確か、学校帰りに靴を買いに行って本屋へ寄って……小説を買って帰って……。


 若干朦朧とする意識の中、自身が辿った足跡を思い出すが、明らかに今の状態とは異なる。


 と、とりあえず落ち着け俺!


 胸を押さえながら心の中で連呼し、乱れた呼吸を整える。


 持ち物は……ある。


 肩に掛けて持ち歩いていたスクールバッグだけだが、それ以外にも学生服のポケットの感触からいってスマホもあるだろう。


 体のあちこちを触り、感触からして拘束もされていないらしく、自由に動かせる。


 一通り確認して、かなり怖いけれど視界を確保しなきゃと思いながら、学生服の内ポケットに手を突っ込んだとほゞ同時だった。


――シュルッ。


 突然、自分のではない衣服が擦れる音が耳に入った。


 全身の毛を逆立たせつつ音がした方を向くけれど、また別の方角からも同じような音が。

 どうやら一人とかではなく、俺の周りには大勢の人がいるらしい。


 耳をすませば何人かの息遣いもする。

 怯えからか呼吸が荒くなっているようだ。

 だが、警戒をしているのか誰も言葉を発しようとはしない。勿論俺も含めて。


 とはいってもこのまま何もせずに、じっとしている訳には行かない。一体どれ程の時間、気を失っていたのかも気になるし。 


 ゆえに思い切ってポケットからスマホを取り出し、液晶を点灯させた。


「ひぃっ……」

「――っ」


 真っ暗闇の中に俺の顔が薄ぼんやり浮かんだせいか、近くで小さな悲鳴があがった。


 すんません……。


 思わず心の中で謝った。けれど俺の行動を皮切りに、あちらこちらで同じように明かりが灯る。

 やっぱり結構いるんだななんて思いながら画面をみやり、俺は固まった。


 え?……あれ?


 激しい違和感が襲う。


 世界が暗転し、気を失う直前が何時だったのかは正確には分からない。けれど、下校してスニーカーを買った後、書店に寄って帰る途中だったので、大体の時間は予想できる。 


 なのに携帯が示した時間は、俺が予想した時間とほゞ変わりは無かった。誤差を考えても、気を失ってから10分も経っていなかったのだ。


 ……どういう事だ?


「あれ?……時間はあまり経ってない?」

「あ……ほんとだ」

「ねえ、どういう事?」

「数分しか経ってないぞ……俺、暗転する直前に時間を確認したし」

「ってか圏外じゃんかよ!」


 頭に?が無数に浮かぶけれど、同じように携帯を開いた人たちからも、同じ疑問があちこちで飛び交う。


 これって……。


「集団誘拐……じゃあ無いな」


 ボソッと呟く。


「え?」

「うそ……ここ……どこ?」

「やだぁ……」

「っていうかジュースを買って来させて受け取る直前だったんだぞ!俺の120円返せよ!」


 年上のような男の声に、同年代くらいだと思われる女性二人の声。

 それから妙に聞いた事のあるような、耳触りのよくない同年代の男の声。

 その言葉を皮切りに、怒声とも言える声が部屋中にこだまする。


「ちょっと!ねえ、ここどこよ!」

「いや、分かる訳ねーだろ、馬鹿じゃねえのか?お前!」

「なっ……」

「嘘だろ……おい……」

「なあ、夢だよな?」

「夢なわきゃねーだろ!考えりゃすぐわかんじゃねーか!」

「やばい、先方を待たせてる……きっとカンカンだ……」

「私、本屋に寄ってて……」

「確かに集団誘拐じゃ……ないよな……」

「んな事あるわきゃねーだろばーか!」

「おい、これちょっとヤバくないか?」


 一人やたらと口が悪い奴がいる。

 俺はその声と記憶の顔がはっきりと一致して、途端に陰鬱になり眉間に皺が寄る。


 だがそんな事よりも、現状の把握の方が大事だ。

 なので努めて冷静に考えてみる。けれど、答えは一つしか思い浮かばない。


 時間が経過していない事からみても、これは集団誘拐などではない。

 いや、ある意味誘拐といえるのかもしれないけれど。

 そしてこれがただの誘拐ではないとすれば……。


「なあ……これって、まさか……」 

「いや、まさか……」

「でも……」


 そして少しの沈黙の後、俺と同じ考えに至ったらしい一人がぼそっと呟く。



「もしかして……集団異世界召喚……か?」



 その言葉で一瞬にして場が静まり返った。


 恐らくはそうだろう。

 小説脳も甚だしいかなとも思うけど、消去法で考えればそこに行きついてしまう。


「……ハァ?馬鹿じゃねーの?」

「だが他にないだろ?」

「そうだな、状況からそれしか考えられない」

「んなわきゃねーだろ!いいから俺の120円返せよ!坂木!増田!いねえのかよ!」


 あー、確定だな。

 知った名前を聞き、思わず顔をしかめる。


 相変わらず口が悪いし、誰にでも食って掛かるどうしようもない奴だ。ああ違うか、自分より強い奴には媚を売る奴だな。


 っていうか何故?

 何故異世界へ?

 もしもそうだとすれば、ここはどんな世界だ?


 そう思った時だった。


 部屋に薄く明かりがゆっくりと灯っていく。

 まるで、暗闇に慣れ切った俺達の目を労わるかのように、2m程の間隔で、壁に規則正しく、順序良く次々と蝋燭のような淡い明かりが。


 そして部屋をぐるりと一周したところで、ここが何もない、窓すらない石壁と石畳に覆われた円柱状の部屋の中だと理解をしたのだった。


 ……結構な人の数だな。


 見れば男女が20人くらいは居るように思える。

 皆不安の表情を見せ、視線はキョロキョロと挙動不審のように忙しなく動いている。


 俺は部屋の隅の方に召喚されたらしく、ようやく目も灯りに慣れたところで更に周囲を観察する。なるべく目立たないように。


 よくよく見れば高校生である俺よりも、随分と年上のような人も多くは無いが居る。スーツを着た人も居るから仕事中だったのかな?


 ちょっと近寄りがたい大学生風の派手なお姉さんも居るし、ギャルっぽい女の子や、ホスト風のチャラそうな男もいた。


 更には年齢は結構いっているけれど、その割に社会人の風貌ではなく、髪や髭が伸び放題になった、ニートのような風貌の男性も。


 なんていうか、見事に統一感もへったくれもない、召喚が事実だとするならば、一体何を基準に召喚したのか予想出来ない程にバラバラ。


 ……召喚条件はランダムか?


 その人達も一様に不安を隠すことなく怯えた表情を見せているけれど、やはりこういう時、頼りになる男というものは存在するのだろう。

 真っ先に混乱から復帰したらしい男が口を開く。決して俺ではないのは確かだ。


「とりあえず皆、落ち着きましょう。まずは落ち着いて状況を整理しなければ成らないと思うんです」


 一人の男が中央でスッと立ち上がる。

 そのまるで勇者のような佇まいに俺は目を見開いた。


 ……おい、お前もいるのか。


「俺は東京の外れの月詠市に住んで居る高校生で天地大河あまちたいがです。皆さんはどこに住んで居る人達ですか?」

「うええええ?!天地がなんでいんの!?」


 そして変な声を発した男は、予想通り同級生の諸星幸男もろぼしゆきおだった。

 まさか同じ学校の同級生が二人も居るなんて。

 しかも一人は完璧超人の天地とは。


――天地大河。


 友達でもないので家族構成は知らないけれど、確か実家は剣道と剣術の道場をやっているはずだ。だからきっと本人もそっち系の経験はあるのだろう。なんか校舎の壁に天地大河君インターハイ個人優勝おめでとう!とかいう大きな垂れ幕が下がっていた気もする。


 成績は優秀で、スポーツも万能。少なくとも学園内での彼は、全てが完璧だと思わせる程の逸材中の逸材。


 羨ましい程のイケメンで性格は常に前向きで、リーダーシップの塊のような皆に慕われるカリスマを持ち、非の打ちどころのない、ケチのつけようのない完璧な男。それが天地大河だ。


 そんな彼がこんな場面でもリーダーシップを発揮し、周りも彼に注目しているけれど、そんな事よりも気になる人物を彼の隣に見つけた。


 天地の隣に座っていて、立っている彼のスラックスの裾を遠慮がちに握りつつ、不安な表情を見せている女性を。


ひいらぎ……さん?」

「え?」


 思わず口を吐いた名前に、その女性は即座に反応をし、俺の方に顔を向けた。

 彼女の不安げな表情が、見る見るうちに驚きの表情へと変わる。

 当然天地も俺の声を聞いたようで、同じように俺へと視線を移した。


「司馬……くん?」

「え?司馬?」


 なんだろうか?

 知り合いが居たのだから嬉しい筈なのだけれども、俺の心がざわつく。

 二人ともなのか――


 そう口にしようとしたその時だった。


 バンッ!と威勢よく扉が開け放たれ、外から5人程人が入って来た。

 おかげで俺の言葉は言葉にならず口を動かすだけで終わり、俺も含め皆の視線は開け放たれた扉の方へと向く。


 ガチャガチャと金属音を鳴らしながら入って来た5人は、男が3人に女が2人。見た目全員が俺よりも少し年上のようにも思える。20代前半くらいだろうか。


 けれど、そんな事よりも、まず目を引いたのはその恰好だった。


 先頭を歩くガタイの良い男性は、青白く輝くブレストプレートの金属鎧に長いマントを羽織り、そのすぐ後ろを歩く二人の女性、一人はまるでハロウィンパーティーの魔女コスプレかと思えるような煽情的なドレスを着ている。


 そしてもう一人の女性は、まるでアニメや漫画でしか出てこないような神官服らしきローブを纏っていた。……いや、どこかのMMOで見たような、深いスリットが入ったちょっとえっちな神官服。


 後の二人は、一人がフルプレートの金属鎧、もう一人がまるでゲームのアサシンかと思える程に全身黒の皮装備で固めているけれど、それらの様はまるで盆と正月前に行われる、コミケ会場に向かう団体様にしか見えなかった。


 俺はこの時点で確信する。

 ここは、俺の望んだ世界なんだと。

 きっとそうに違いないと。


 いや、俺だけでは無いな。周りの雰囲気ががらりと変わったところをみれば、皆似たような事を思ったのだろう。


 そしてそんな俺らを一望し、ニヒルな笑みを浮かべた後、青白く輝くブレストプレートの男は、大きく息を吸い込み口を開く。


「よく来た! 勇者候補の同胞たちよ!!」


 青白く光る鎧を纏った男性は、部屋中を見渡しながら快活にそう告げた。

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