異世界転移なのに逆チート?加護もない?あの、俺、生きていけます?あ、試練ですかそうですか。じゃあちょっとがんばってみますか。

無我

第1話 ここではない何処かへ。

◆◆◆



 遠い世界のとある皇国の皇都。


 その皇都には、そこに暮らす人々の信仰の象徴とも言える、樹齢数万年とも伝えられる大樹が聳える。


 そしてその大樹を背に建つ大きな神殿の最奥は、大樹を信仰の象徴とする為か、壁ではなく大樹の幹がそのまま剥き出しになっている。


 その幹には誰が何時、何故そうしたのか一つの古い石板が埋め込まれ、その石板には古代の聖刻文字ヒエログリフが刻まれていた。


 エルフの、それも高位の者しか読めない、太古の石板にはこう記されている。



  魔が蠢く時、地が震える。

  魔王が覚醒せしめる時、天が震える。

  天地が同時に震えし時、遠く彼方より真の勇者が舞い降りる。

  金色こんじきのアーティファクトをいしずえにして。



 一人の美しい女性が古い石板の前で、その聖刻文字ヒエログリフを細く長い指でなぞりながら呟く。


「もう、時間は余りないかもしれません。……願わくば、此度の……」


 憂いを秘めた、美しいその白金プラチナ色の瞳が静かに揺れる。

 次に訪れるであろう異界の人々の中に、こいねがう人物を見いだせないなら、この世界は終わりを告げるかも知れない――そう思いながら。




◆◆◆




「はぁ……またか」


 下校の為にシューズボックスを開けた瞬間、思わずため息が零れた。


 そこには履き慣れた靴。


 ……だった物。


 少なくとも、今朝履いて学校へ来て下駄箱に入れるまでは。


……


 最近段々とエスカレートしてきたなぁ。


 と、眉間にしわを寄せつつ靴だった物を眺めながら思う。


 既に日常化した感もある陰湿な虐め。

 学校でのカースト下位に位置する俺は、所謂いじめられっ子だ。


 とはいえ虐めが陰湿すぎて、俺が虐められていると知る同級生は少ない。当然、先生が知る筈もないし、知っているとすれば、消極的にしろ積極的にしろ虐めに加わっている奴らだけ。


 虐められるようになって1年?2年?もっとかな……

 未だ俺の何が悪いのかは分からない。

 なんで俺が虐められなければならないのか分からない。


 俺がぼっちなのが悪いのか、俺の性格が少し内向的なのが悪いのか、それとも虐められても一切反抗しないのが悪いのか。


 目立つ事はしていないつもりだ。成績も平凡、運動も平凡。顔だって平凡だと思う。

 ただ、何かが気に食わないんだろう。



「ここじゃない、何処か別の世界に行きたいな。例えば……ファンタジー的な世界とかさ」



 ポロっと零れた願望。

 異世界転移ものの小説が好きな俺だけど、現実に考えてそんなのある訳がない。


 そんな事は分かっている。だけど……。


 そんな風に考えながら、切り刻まれて原型を留めていない、靴だった物をゴミ箱に捨てる。


 もうどうでもいいや。

 どうせあと一年半で高校生も終わりだし。

 そう思いつつも、一年半という長い月日を想像してしまう。


「はあ、長いなぁ……」


 俺は再度小さく溜息を吐き、上履きのまま帰宅する事にした。

 ああ、上履きで帰宅をすれば妹が心配するかもしれないな……。

 血の繋がりの無い妹の、眉根を寄せた渋顔を想像し、思わず顔を顰めた。


 今日はバイトも無いし、本屋に寄ったあと、安いスニーカーでも買って帰ろう。

 もしくは逆の方がいいかな?

 楽しい事は後回しにした方が、帰る足取りも少しは軽くなるだろうし。


 そんな風に思いながら、なるべく人に見られないように足早に校舎を出た。



 知らず知らず背が丸くなり、足元を見て歩いてしまう。

 下を向いて歩くと、上履きが視界に入り余計に惨めになる。

 だからといって上を向いて歩くなんて気持ちには成れなかった。


 故にその時、俺はある重要な、普段とは異なる、世界の変化に気付かなかった。


 雲一つなかった筈の空に、いつしか不自然な程に一か所だけ、積乱雲のような真っ白い小さな雲が浮かんでいたのを。

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