罪から生まれた者【PW⑦】

久浩香

混血返り

 王家にも雑種が誕生する事がある。

 国王の后妃になる令嬢は金髪碧眼で、国王自身も金髪碧眼なのだから、その子供は、金髪碧眼以外が生まれるわけがないと思われていたが、后の胎からも黒髪や茶色の目の子供が生まれてしまう事があった。

 初めは、后妃達自身の不貞が疑われたが、後の研究で、后妃の親以前の混血ハイブリッドの血がぶり返す“混血返り”という病であるとされ、罹患した子供は、女の子なら全員、男の子も半数程は夭折ようせつしてしまった。

 それまでどれほど健康に見えてもある日突然死んでしまう“混血返り”を患いながらも、無事に16歳の誕生日を迎えた王子は、その稀有けうがもたらされたのは、国王の血の徳の高さであるとされ、国王の血の尊さを拝謝はいしゃする為、王都の大聖堂へ移って法皇となり、特別な式典や行事のある日を除けば、生涯をその中で過ごした。

 法王は終身職で、一人の法王が生きている間に16歳を過ぎた王子達は、法王が崩御された時の備えとして、宮殿や旧王宮にある先代国王達の墓碑を守る名目で俗世と隔絶され、表舞台に出る事は無い。

 そして、現在の法皇は、先代国王の異母兄である。


 さて、王都で生まれた赤子は、旧王宮の養護院で育つ。

 他の地方の産院付き養護院で生まれた赤子が、3歳になると生まれた地方とは別の、何の縁も無い地方へ移されるのに対し、王都で生まれた男の子は全員修道士トレーナーになる事が決まっており、彼等は10歳になるまで養護院で過ごし、その後は大聖堂へ移り住み、修道士となる法学生として先輩に導かれながら生活を始める事になる。法学生でも上の立場の者に気に入られれば、教皇のお世話係となったり、枢機卿の助手に抜擢されてそのまま留まる事もあったが、大抵の子供は16歳になると地方の教会へ修道士として出向き、選ばれた子供は在留修道士として20歳まで大聖殿に残って修行を続け、助祭の位を得てから、地方の司教達の助手として派遣され、一年の経験を積んだ後、叙階の儀式を受けて司教となった。

 選ばれた子供というのは、旧王室で、国王達のゲームの末に生まれた子供の事であり、特に国王の私生児は地方で司教となった後、枢機卿に選ばれて大聖堂へ戻ってくるのが通例なのだが、当然、本人達がそれを知る事は無い。


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 私達は、罪人の子供である。

 その罪が何なのか。片親がなのか、両親ともになのかは解らないが、私達は罪人の子供で、罪から生まれてきたのだそうだ。

 この頃は、ここが旧王宮の中である養護院である事は知らなかったし、私達が女囚の乳を飲み、女囚の世話を受けていた事も知らなかったが、3歳の時、国王の血を引く故に患う“混血返り”という病を罹患しながら、国王の血の清浄さ故に生き延びた院長先生から教わった。

 院長先生方は優しく、女囚からしか乳を飲ませてもらう事ができなかった私達のような子供がこれ以上生まれないように、私達には、人々が私達の親のように愚かな事をしないように人々を諭す義務があり、そうする事が罪から生まれ、生まれながらに罪を負った私達ができるあながいの手段である事を訓育して下さった。

 もうすぐ養護院を出るという頃、男の子だけが旧王宮の本館の薄暗い部屋へ連れて行かれた。煌々と灯りの点いた部屋には、立派な身形の紳士達と裸の背筋が凍る程綺麗な女囚達がいて、紳士達は女囚達の足を広げて、体の中にアレを差し込んでいた。女囚達は、隣室にいる私達にも聞こえる大きな悲鳴を上げ、顔にも苦痛の表情を浮かべていたが、少しずつ、なんといえばいいか解らない複雑な表情に変わり、悲鳴も、辛いのか嬉しいのか解らない獣の声へと変わり、キチガイのように身体をくねらせ、紳士達がぐったりと倒れ伏す女囚から身体を離す直前には、狼の遠吠えのような咆哮をあげていた。その後、紳士達はそれまで自分が抱えていた女囚から他の女囚へと相手を変えて同じ事をし、その時には、女囚達は初めから喜んでいるようだった。

 女囚達の姿を見て、心臓が撥ね上がるような、モヤモヤとした恐れを抱いたのは私だけではなかったと思う。

 その行為は、まだまだ続きそうだったが、私達は部屋から出て、養護院の広間に向かった。

「先程の立派な身形の方々は純血ペティグリーの王家の御方達です。あの御方達の体には尊く貴い血が流れおられるので、罪がへばりついた女囚から、罪を引き剥がすためにああしておいでなのです。もしかしたら皆さんは、王家の御方達が女囚達を罰せられてるように見えたかもしれませんが、あれは、女囚達に巣食う罪から救済なさっておいでなのです」

院長先生は、王家の御方達の御体の素晴らしさや、慈悲深さを滔々とうとうと仰られた後、

「残念ですが、皆さんは罪から生まれたので、あの女囚達よりもより強く、罪がまとわりついているのです。皆さんがあの行為を女の子に行えば、王族の皆様方とは反対に、相手に罪を植え付け、その女の子は罪に穢れてしまうのです」

 と、哀れんで下さった。


 それは、私が14歳の時だ。

 私は一介の法学生であったが、その夕方、在留修道士の先生から呼び出しを受けた。私が先生の部屋の扉をノックすると、先生は特に何も言わず、私を枢機卿猊下の部屋まで案内して下さった。

 先生もそうだと思っていたが、猊下はそれ以上に美しい。波打つ黄金の髪は神々しいぐらいに豪奢で、私に服を脱ぐように命じられた時に合った薄茶色の瞳には、とても抗う事はできないと思わせる強さがあった。

 下着も何もかもを脱ぐと、猊下は私にベッドにうつむけに寝るように仰った。猊下は私の横に横たわり、私の髪や首、胸などを摩った。他人にそんな風に触られる事など無かったので、私はどうすれば良いのか困惑した。その困惑を感じ取ったのか猊下は、

「恐れる事は無い。心を無にして私に全てを委ねなさい。私も君と同じく罪人の子だが、それだからこそ私は、君のような法学生の余計な罪を拭う事ができるのだ」

 と仰って、私に覆いかぶさり、キスをしてきた。

 私は目を瞑って、言われた通りにした。

 猊下は、私の体中を撫でて、舌を這わせているようだった。そして、私の両足を抱え上げると、尻の穴になにかネバネバする気持ち悪いものを入れてきた。

「いいかい。これから君は酷く痛い思いをする。だが、私を信じていれば、それは我慢できない痛みではない。君がこれから感じる痛み。それは、君にへばりついた罪を私が引き剥がす痛みなんだ。声を出してはいけない。声を出せば、剥がれかけた罪に気づかれて、よりへばりついてしまうからね。ああ、緊張してはいけないよ。余計に痛くなるからね。さぁ、力を抜いて」

 私はコクコクと何度も頷き、意識して緊張を解く努力をした。

 想像を絶する痛みだった。内臓が抉られ、体中がバラバラになるのかと思える程の痛みだったが、私は叫ぶのを耐えた。いや、声は出てしまったのかもしれないが、それは口に押し当てた枕の中に吸い込まれたのだと思う。

 私は、これで自分は浄化されたのだと思ったが、それは違うらしい。猊下が拭ってくれたのは、私が生まれてから今迄にこびりついた罪なのだそうだ。そもそも私自身が罪そのものなのだから、私を完全に浄化できるのは国王陛下だけなのだそうだ。あれほどの痛みが私を襲ったのは、私という罪の本体が、私の罪に呼び寄せられて蓄積していた罪が、頑固にへばりついていた所為なのだという。そして、猊下が私から離れた瞬間から、また新たに私に引き寄せられる罪が溜まっていくのだそうだ。

 私は、幾人かの枢機卿猊下方からも、罪を剥がして頂き、在留修道士となっていた17歳の時には、恐れ多くも法皇猊下から、罪を剥がして頂いた。服を着て、法王猊下にお辞儀をすると

「私を受け入れたあなたに、そこいらを漂う罪を吸い寄せて自らにへばりつかせる力は、かなり弱まっているでしょう。ですが、いくら王族の皆様方と同じ血を引いていても、混血返りの私には、これくらいの力しかありません。あなたの罪の力が弱まったとはいえ無くなったわけではありませんから、これを施され無くなれば、罪は又、あなたに蓄積されていくでしょう。私は、いつかあなたがこの大聖堂に戻り、国王陛下の御身体に口づけする栄誉を賜り、罪より生まれた法学生の積み重なる穢れを拭う力を得る事を願います」

 と、仰っていただいた。


 今日は、国王陛下の在位21周年記念式典が行われる。その催しの一つとして、国王陛下は大聖堂の塔の上に登り、そこから、目の前に広がる広場に押し寄せる国民に、その尊い御姿をお見せになる。そして、そうなさる前に、新たに枢機卿に任命された者が、陛下の手の甲に口づけさせていただく栄誉を賜るのだ。

 地方で司教となっていた私の元へ、その使いが来たのは一ヶ月前で、枢機卿に任命される事が決まった私は、式典に合わせて大聖堂へと戻って来ていて、地方に居る間に蓄積された罪を拭ってもらっていた。

 私は大聖堂の袖廊に控え、王の門から身廊を渡る陛下が内陣へ登るのを待った。真新しい宮廷服や豪奢な装飾品に身を包んだ陛下は、私に内陣へ上がるように命じられた。私が、陛下の側近くまで赴いて跪くと、手袋をとられた陛下は、私に手の甲を突き出され、私は陛下の手を両手で持ち、その掌に口づけた。

私は心の中で、私と同じ罪から生まれた法学生から、彼等が誕生してから今迄に蓄積した罪を拭ってあげる事ができるのだと思って歓喜した。

 しかし、どうしてなのだろう。恐れ多くてとても口には出せないが、陛下の波打つ黄金の髪は、まるで、初めて私から罪を剥がして下さった枢機卿猊下のようであるし、陛下の手の形は驚くほど私に酷似している。

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