尊き貴女はいずこ

御剣ひかる

魔法の手袋の持ち主は誰

 城では華やかな舞踏会が行われていた。

 今年十八になる王子のお相手探しがメインなのだが、貴族の子息や令嬢が交流する貴重な場でもあった。

 未来の伴侶が見つかるやもしれない場だ。皆がそれぞれに着飾り、自らを美しく、頼もしく魅せる。

 しかし当の王子はあまり興味がなさそうであった。

 ダンスホールをざっと見回ってみたが、これという女性は見つけられない。

 皆が相手を見つけることにどん欲になりすぎている雰囲気が、どうにも性に合わないのだ。

 ダンスを乞われれば、相手に失礼のないように作り笑いを浮かべて相手の手を取るが、つまらないな、と心の中でつぶやいていた。

 宴もたけなわとなってきた頃、一人の女性が現れた。

 彼女に、王子の目はくぎ付けとなった。

 透き通るような肌、つややかな波打つ金髪、まるで海のような青く慈悲深い光をたたえた瞳。

 薄紅色のドレスに身をまとったその女性の控えめな微笑みは、王子の心を射抜いた。

「ぜひ、私と踊っていただけませんか」

 王子は自ら立ち上がり、尊き女性の元へと歩み寄った。

「はい、喜んで」

 彼女は優美なしぐさでお辞儀をして、王子の差し出した手に自らのそれを重ねた。

 二人のダンスは、ホールにいる者すべてを魅了した。

 一曲踊り終え、これから談笑しようかという時、鐘の音が鳴り響いた。

「いけない。帰らなくては」

 女性は慌てて王子の元を離れ、走り出した。

「待ってくれ!」

 王子は後を追う。

 城の入口から出たところで王子は彼女に追いついて手を握った。

「いけません。王子様、わたくしは……」

 女性の目からは大粒の涙が零れ落ちた。

 その、なんと美しいことか。

 王子は彼女の涙にさえも、我を忘れた。

「さようなら」

 女性は手を振り払って階段を駆け下りていった。

 王子の手には、彼女がつけていた手袋が残された。


 次の日、王城からお触れが出された。

 王子のもとに残りし手袋をつけられた者を、王子の婚約者とする、と。

 謎の美女の手袋には魔法がかけられていて、持ち主にしかはめることができないそうだ。

 大臣が仰々しくおふれの内容を読み上げ、街のいたるところに張り出される。

 われこそはという女性はこぞって城へと向かった。

 しかし、誰もその白く清らかな手袋をはめることができなかった。

 どうしてもかの人を見つけたい王子は、ついに国中の女性にためしてみるように命じた。

 だがそれでも、目的の女性は見つけられなかった。

「こうなれば隣国にも協力してもらうしかありませんな」

 腕組みをした大臣が言う。若いのに有能だと評判の男である。

「そこまでする必要もあるまい。王子よ、あきらめよ」

 現王は大臣の提案に難色をしめした。

「何をおっしゃいますか王よ。結婚に消極的な王子がこの人ぞという方を見つけたのですぞ。探し出さねばなりますまい!」

 意中の女性と結婚することで王子がゆくゆくこの国を引き継いだ時にやる気と張り合いをもって統治できることでしょう、と大臣は力説する。

「そういうものか……」

「尊いと想う心はとても大事ですぞ」

「……そういうものか」

 王子は王と大臣のやり取りに、何度も何度も深くうなずいた。


 十年の時が流れた。

 王が数年前に急逝し、王子が王となったが、あの舞踏会に現れた女性は見つかっていない。

 隣国どころか世界中を探しても見つからないのだ。

 臣下たちは「もう見つからないでしょうから、他の女性とご結婚を」と言い続けてきたが、王と大臣はことごとく跳ねのけてきた。

 王はもう二十八歳だ。跡取りが望めなければ王位は臣下の中から選ばれることとなるだろう。

 はじめのうちは王を説得に来ていた臣下たちも、もしや自分が王になるかもしれない可能性を考えはじめ、水面下で勢力争いを始めた。

 そんなことはどこ吹く風と、王は今日も寝室のガラスケースに手を伸ばし、あの手袋を手に取った。

「あぁ、尊き方よ。貴女あなたはいずこにいらっしゃるのですか……」

 手袋を抱きしめ、王はうっとりと目を閉じる。

 瞼の裏に浮かぶのは、あの時の女性の控えめで美しい笑顔だった。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「“彼女”が見つからなければ、王が自分の後継者は私にとおっしゃってくださった。やれやれ長かったぞ」

「お気の毒に。あの女性は二度と現れないというのに」

「幻の女性にうつつを抜かして婚期を逃すような王に国は任せられない。王の器を試すにもちょうどよいことだったのだ」

「しかし大臣もやりますな。王、あの頃は王子ですが、王子の好みを調べ上げ、魔法で姿を変え謎の女性を演じ、一瞬にして心を射止めるとは」

「ふふん。調べることはたやすかったわ。一番苦痛だったのが王子とのダンスだな。王子のあの今にも抱きしめて口づけでもというような顔! 間近で見るとおぞけが走ったわ。手袋を残すのに必要なことゆえ入口で追いつかれたが、思い出して涙が出たぐらいだ」

「その甲斐あって、次の王になれますよ」

「私が王となったあかつきには協力者の君にも最高の地位を与えようぞ」

 大臣の手には、片割れを失った白い手袋がはめられていた。



(了)

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