金剛ダブルス      ♧

 近所の霊験あらたかな寺の山門に二体の金剛力士がいる。

 今では人間そのものが仏法ぶっぽうの敵とみなされているらしく、山門をくぐるには阿吽あうんの呼吸で動き出す力士像と闘わねばならない。

 念仏を唱えながら進む者。

 五体投地ごたいとうち匍匐前進ほふくぜんしんする者。

 ことごとく阿形像あぎょうぞう吽形像うんぎょうぞうに阻まれて突破できなかった。


 今日こそ参拝する。俺は山門に足を踏み入れる。

 目ざとく俺を見つけた阿形像が口を開く。『あ』

 俺は阿形像を見据えながら言う。「い」

 振り向くと吽形像が口を開く。『う』

 俺は間髪入れず口を挟む。

「えおかきくけこ…」

 五十音を唱える俺につられ吽形像の口が【う】のまま止まる。やはり【ん】を言い終えるまで動けないのだ。

「…なにぬねの…」

 俺はよどみなく口を動かしつつ門を抜ける。境内だ。もう大丈夫。

「…ゆえよわを」

 後ろで小さな声がした。

『ん』

 振り向くと二体の金剛力士像が、悔しそうにこっちを見ていた。


 帰りは裏門から出た。

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