豆腐タクシー      ♧

「にがい話してください」

 そのタクシーに乗った途端とたんに運転手が言った。

 行灯あんどん十二とうふ。知らない名だが料金は安い。

 相乗りの同僚と首を傾げていると「早く!車体が崩れる!」と叫ぶ。

「今朝のコーヒーにミルク入れ忘れて」

「そういうのじゃ2キロも保ちません」

 聞けばこのタクシーは豆腐でできていて、乗客のにがい話で車体を保っているらしい。

 私は学生時代の偽ラブレターの話をし、同僚は亡くなった母親と煙草の話をした。

「いいですね、にがいですね」

 運転手は上機嫌でスピードを上げる。

「この調子でお願いします」

「まだやるのか」

「安さには理由があるのです」

 同僚が奥さんとのすれ違いエピソードを語り始める。

「いやそれはお惚気のろけ

「にがいというより甘いのでは」

 ずぶずぶとシートに体が沈み始め床が崩れる。

 とそのとき、運転手が何か言い、車体ががっちり固まった。

 一体なにを。確かめたかったが怖くて聞けなかった。

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