風奏鬼         ♢

 宿を出ようとして女将に止められた。今日は風が強いので風奏鬼ふうそうきが出ると言う。風奏鬼というのは風を爪弾つまびきき音を奏でる鬼のことだ。

「今日は外に出ないほうがいいですよ」

 おかしなことを。風奏鬼は名こそ恐ろしげだが、ただ風を鳴らすだけで人に害を与えるなど聞いたこともない。かまわず外に出た。


 良い天気だった。確かに風は強く、びゅうびゅうと吹いている。そのなかに、ビィイイン、ビィイインとなにかをはじく音が響く。

 見上げた山の緑は美しいが、残念なことに所々細くくずれた跡があった。先日からの長雨のせいだろうか。そんなことを考えていると強い風が吹き抜け、右腕がかっと熱くなった。

 シャツが破れ血が流れている……。


 宿に帰って女将に傷の手当てをしてもらった。

「このくらいですんで、運が良かったですよ」

 薬箱をしまうと、女将は崩れた山肌に目をやった。

 聞けば今の風奏鬼はまだ下手くそで、よく風を弾き損ねては下界の物を引っ掻くそうである。

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