3-2



 その後、アノンは騎士館へ帰っていった。

 レイラはドラゴン達に夕食を与え、小屋へ戻ると、アールと共に食事、風呂を済ませた。

 ようやくクラウスが小屋に戻って来たのは、風呂上がりのレイラが下ろしたかみくしいていたときだ。

「団長、夕食は」

 共同生活である以上、クラウスの存在を無視はできない。そのためレイラは、彼の分の食事も作って、キッチンに置いていた。の、だが。

「いらん」

 クラウスはレイラとアールに見向きもせず、ベッドへ横になった。

 どうやら食事も風呂も、向こう騎士館で済ませてきたらしい。

「もうお休みになられますか?」

 たずねるが、布団を被ったクラウスは答えない。

(反省しているとカレンベルク様はおっしゃっていましたが……)

 無言の背中からは、反省など全く感じられなかった。

 レイラは溜め息を吐くと、る準備に取りかかる。

 レイラとクラウスのベッドは、壁の端と端、一番離れたところに設置されている。さらにリッツはついたても用意してくれていて、レイラはそれを自分のベッドのわきに置いた。これで、たがいのがおを見られる心配はない。

(私はあってもなくても構いませんが……団長がいやがりそうですし)

 動物にも、誰かがいると寝られないせんさいな子はいた。クラウスもきっとそうなのだろう。いちいち衝立の準備をするのはめんどうだが、文句を言われるよりはましだ。

「アール、寝ますよ。……アール?」

 そばにいるはずのアールに声をかける。が、姿が見当たらない。

 きょとんとしながら部屋の中を見回せば、アールがクラウスのベッドにもぐり込もうとしているところだった。

「アール、私達はこっちですよ」

 レイラは急いで、ベッドによじ登るアールを抱き上げた。

 するとクラウスのとんも引っ張られて、横向きにころんでいる姿があらわになる。

「なんだ!?」

 クラウスが飛び起きて、アールから布団を取り返す。

「ピィィィ!」

 対してアールは、身をよじり、バタバタと手足を動かしてレイラの腕からのがれようとする。短い手をけんめいに、クラウスに向かってばしていた。

「ピィ! ピィ!」

「なんでこっちに来る!? お前らはあっちだろうが!」

「ピィィィッ」

「だあああうるさい!」

 せまい小屋にひびき渡るアールのかんだかい声に、クラウスがいらたしげに耳をふさぐ。

「嫌がらせか……!?」

「違います、団長」

 アールの声量に負けないよう、レイラはクラウスに話しかけた。

「アールはきっと、貴方と一緒にいたいだけです。育ててきた動物も、やはり親子一緒にいられると喜びました」

 子は親に甘え、親は子をいつくしむ。動物達のそんな場面を、レイラは何度も目にしてきた。

 今回だってきっとそうに違いない。特にアールにとって、クラウス父親が同じ空間にいるなんて初めてなのだ。

 クラウスがムスッとした表情でレイラを見る。耳を塞いでいるので聞こえなかったかと思ったが、そういうわけではなかったらしい。

「……俺は動物と同じか」

「いえ、そういう意味では……」

 他意はなかったのだが、確かに言葉選びをちがえたかもしれない。

「すみません。私は親を知らないもので……無意識におかしなことを言ってしまうこともあるかもしれません」

 クラウスが驚いたような顔になる。それを見たレイラは自分が言葉足らずだと気づいた。

「元々で。十二のときに、クリフォード家に引き取られました」

「……悪い、余計なことを」

 まどったように揺れるクラウスの瞳が、レイラは意外だった。「ふーん」などと、冷たくあしらわれるかと思ったのに。

 優しいと言っていたアノンの言葉を思い出す。

 クラウスはレイラの不調に気づいて声をかけてくれた。術具を外すなと言ったのも、ドラゴンが暴れて騎士や他の人に危害がおよばないようにという一心でだ。そもそも命の危険にさらされるような魔物討伐という仕事を、自分のように魔物のせいで悲しむ人が増えないように、という理由で始めた人なのだ。

(悪い人ではない。だからこそ──その優しさを、少しでもドラゴンやアールに向けてほしいと思うのは、私のワガママなのでしょうか……)

 口にしそうになって、けれど伝え方が分からなくて、レイラは言葉を飲み込んだ。また言い争うような真似はしたくない。

「いえ、ただの事実ですので。それより、アールが寝るまではそうしていてくれませんか? ねむったら私のベッドに移動させます」

 話をしている間に、アールはクラウスのベッドに潜り込んでしまっていた。

「なっ……いつの間に」

「やっぱり、パパの傍にいたいんですね」

「ピッ」

「だからパパじゃ……!」

 否定しようとしたクラウスだったが、顔を覗かせたアールを愛おしげに撫でるレイラを見て、どこか面食らったような表情になる。

「何か?」

「別に」

 クラウスはすぐに顔をそむける。

「……お前、人間にもそうやってあいよくしてりゃいいのに」

「え?」

「……なんでもない。それよりもういい。寝る」

 ドラゴン達の世話をするレイラも、竜騎士団として働くクラウスも、朝は早い。先ほどのようにアールを鳴かせてそくになるより、さっさと寝かせてしまう方がいい。

 クラウスは不機嫌そうなままだったが、それ以上異を唱えることはなかった。

「では、おやすみなさい。アール、いい子で寝てくださいね」

「ピ?」

 アールの頭をひと撫でしたレイラは、そのまま自分のベッドへ向かおうとした。

 が、くい、と服の裾を引っ張られる感覚に、目をしばたたかせる。

 振り返れば、アールがレイラの服を摑んでいた。

「やはりあちらで寝ますか?」

「ピッ」

 抱き上げようと手を伸ばすも、何故なぜかアールはクラウスの布団に潜って逃げてしまう。

「ピ! ピ!」

 布団から顔を覗かせて、短い両手で何度もシーツをたたいた。

 レイラとクラウスはそんなアールを見下ろし、続いてどちらともなく目を合わせた。

「おい、まさか……」

「……そのまさかのようです」

 レイラは小さくうなる。

 レイラが離れたら、またすぐにアールは暴れるだろう。だがその目はとろんとしている。

(もうすぐ寝そうですね……なら、ここで下手にきょするよりも……)

「……失礼します」

 アールが眠るまでまんすればいいだけだと判断したレイラは、手早くあかりを消すと、クラウスのとなりへ横になった。

「はあ!?」

「少ししんぼうしていただけますか? おそらく、すぐに眠ると思いますので」

「すぐったって……お、お前はそれでいいのかッ!?」

「アールが眠ったらすぐに出ていきます」

「そういうことじゃなくてだな……!」

「ピィッ!」

 アールは満足そうな顔でレイラとクラウスの間に割り込み、おとなしくなる。

 布団の中でぶんぶん揺れるしっが腕に当たり、微笑ましい気持ちになっていれば、思ったより近い距離でクラウスと視線が交わった。

 一人用のベッドに無理やり二人(と一ぴき)で寝ているのだ。どうしても狭くなる。自分から横になったとはいえ気まずさを感じて身じろげば、はだかの足が彼の足に触れてしまった。

「っ」

 クラウスの足がぴくりと軽くねる。

「すみません」

 レイラは慌てて謝り、足を引っ込めた。

「ッ──」

 クラウスは何か言いかけたが、結局は何も言わず背を向ける。

「とっとと寝ろ」

「ピィ!」

 レイラが返事をするより早く、アールがクラウスの背に抱き着いた。

 相変わらずその尻尾は右に左に揺れて、アールのげんのよさを物語っている。

(そういえば……私も誰かとこうやって一緒に寝るなんて初めてですね)

 アールとはずっと一緒に寝ていたが、人間、しかも男性とは初めてだ。

 そう思ったら、みょうにドキドキしてきてレイラは戸惑った。

(どうしてこんな……いえ、そんな場合では……そうです、この前のお礼を……)

「あの、団長」

 うるさくなる鼓動から意識を遠ざけようと、レイラは声をかける。返事はない。

「……寝ましたか?」

 尋ねるが、やはりクラウスは何も応えなかった。

 耳をませば、規則正しいいきが聞こえてくる。もしかすると、クラウスもねむが限界だったのかもしれない。

(であれば……申しわけないことをしました)

 アールを横目に見ながら、レイラは姿勢を正す。

(アールが寝たら移動しましょう)

 幸いにも、尻尾の動きは鈍くなってきている。アールが夢の世界に旅立つまでそう時間はかからないだろう。

 暗い中目を開けていても仕方ないとまぶたを下ろして、レイラはアールが眠るのを待った。



 ──しばらくしてから、クラウスは閉じていた目を開けた。

 背後のレイラとアールの気配に、クラウスは小さく溜め息を吐く。

(さすがにそろそろ寝ただろ)

 ゆっくりと首を動かし、クラウスはレイラを振り返った。

「おい」

 早く連れていけ、と小声でレイラに声をかける。──が。

(は!?)

 レイラがこちらを向いておだやかな寝息を立てており、クラウスはぎょっとした。

 さらにアールが、がっしりと自分の背中に抱き着いている。

 レイラを起こそうにも、動けばアールを起こしかねない。そもそもこんなにしっかりと抱き着いているアールをがそうとすれば目を覚ますだろうし、そうなればまたわめかれるのは目に見えている。

「……うそだろ……」

 一人と一匹の寝息を聞きながら、クラウスは力なく呟くことしかできなかった。

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