第3章
3-1
ドラゴン達の住む結界の横に小屋が完成したのは、レイラが
元々レイラとアールが暮らすためのものなので部屋は一つだけ。キッチン、テーブル、
「今日からここが私達の家ですよ、アール」
「ピィィ!」
「団長、今日からよろしくお願いします」
すったもんだはあったものの──結局彼も、ここで
「窓を大きめに作ってくださいと
「……お前はいいのか?」
「え?」
外を
「不安にならないのか? 一応、俺は男でお前は女だぞ?」
冷たく見下ろしてくるクラウスを、レイラも見つめ返す。
「団長は、私をそう見ているのですか?」
「
「であれば、私は特に問題ありません。気にされるようでしたら、団長は無理にここに住まなくても今まで通り騎士館で構いませんが……」
「それでまた倒れたらどうする気だ!」
「お
「……そういうことじゃない」
「団長、近い、です」
レイラの意思と関係ないところで勝手に
小さく、クラウスが
「へえ。そういう顔もするんだな」
「っ……」
自分が一体どんな顔をしているのか想像すらできなくて、頰が熱くなった。
──と。
「
「用事終わったから、ドラゴンのとこ行け……る、けど……」
悪びれることなく笑いながら小屋に入ってきたアノンは、まるでキス直前の二人の姿に、ぱちぱちと目を
「ごめん! お
そのまま来たときと同じ勢いで、彼は外に出て扉を閉めた。
二人はぽかんとそれを見送り──先に我に返ったのはクラウスだ。
「違う!」
レイラから手を
「ピィ」
自分に何があったのかと
(今のは、ただの団長の
それをアールに見られていたのだと思うと、今すぐ逃げたくなるくらいに
「違います、違いますからね、アール」
「ピィ?」
理解などしているはずのない子ども相手に、レイラは何度も
「……──私達も、行きましょうか」
ようやく不自然な胸の高まりや顔の熱が引き、レイラはアールを
「いやー、クラウスがこんなに手が早いなんて知らなかったわ。でも安心して。みんなには
「だから違うと言ってるだろ!」
「またまた〜」
クラウスの
「レイラちゃん! クラウスがナニかしてきたらすぐ言ってね! こいつ顔見たら分かる通りムッツリだし」
けらけらとおちゃらけるアノンの
「殺されてえか……!?」
射殺しそうな
「ギブ、ギブ……! ごめん調子に乗りました!」
クラウスはきっちりアノンを締め上げたあと、「ふん」と鼻を鳴らして手を放す。
「あの……」
会話が止まったのを見計らって、レイラは片手を挙げる。
「御安心ください。リッツ様から色々と預かっておりますので、自分の身は自分で守れます」
「ああ、ドラゴンからはぜひそうしてくれ。そして俺は、頼まれてもお前に何かする気はない。さっきのはお前の危機感を心配してやっただけだ」
「やはりそうですよね。安心しました。ありがとうございます」
皮肉めいた口調のクラウスに、レイラは淡々と頭を下げる。
苦虫を
「うん、レイラちゃんいいね。これなら安心だわ」
(何か……おかしなことを言ってしまったでしょうか……?)
ただ何も心配はいらないと伝えたかっただけなのだが。
「……それより、俺達は何をすればいいんだ」
アノンの足を蹴って無理やり
「そうですね」
三人とも、視線が自然と背後──ドラゴン達のいる結界に向けられた。
今日からようやく、クラウスとアノンが術具なしのドラゴンと対面する。レイラの体調を考えて、予定が先延ばしになっていたのだ。
最近では、フレイル以外は名前を呼べば反応してくれるようになったけれど……。
「ね、こいつらってオレらのこと乗せてくれると思う?」
「すぐには無理だと思います」
レイラの返事に「だよねー」とアノンがぼやく。
「まずは彼らと
レイラはアールを近くの
「お二人も、どうぞ」
顔を見合わせるクラウスとアノンを
だが、二人が足を
「団長、カレンベルク様、殺気立たないでください」
クラウス達が感じ取っているように、二人の警戒もドラゴンには伝わってしまう。
「敵意はないと、まずは示すことが大事です。そのためにも、こちらを」
レイラが袋から取り出したのはクッキーだ。
「ドラゴン用に作りました。一応昨日も
「フレイル?」
「火竜の名前です。先日、名前の一覧をお
まさか目を通していないのかと、レイラは呆れた。
「火竜……ああ、一番か」
「その呼び方はやめてください」
睨めば、睨み返された。バチバチと、見えない火花を散らす。
「殺気、
「……ではゆっくり近づいて、あげてください。手から食べない場合は、地面に置いて離れてみてください」
「OK! ……って、うお!?」
がくん、とアノンが前のめりになった。慌てて振り返る。
アノンの後ろにはカルムがいた。カルムは目が合うと「キュウ」と鳴く。
「今
「いえ。クッキーがほしいんだと思います。手のひらに
「こう?」
アノンが言われた通りにすれば、カルムは
「お? おおお……!」
舌で手のひらも
「この子
「はい」
遠慮がちにアノンがカルムの頭を
(それにしても……)
クラウスとアノンと並ぶカルムを見たレイラは、改めてその小ささを実感する。男一人を乗せるのにギリギリの大きさは、他のドラゴンと
「レイラちゃん、この子の名前は……」
「土竜、カルムです」
「六番か。こいつ、飛べないからいつも
「団長!」
「大人げない……」
「は?」
「だからなんですぐ
もう止める気もないのだろう。アノンはハアと
「ん〜……自分から近づいてきてくれるのはカルムだけか」
「はい。なので他の子には、こちらから近づいていきます」
二人を先導する形でレイラは歩き出した。
(カルムの次におとなしめなのは、水竜の──)
「おい!」
湖へ向かおうとしたレイラは、いきなり背後から引っ張られた。
「きゃ……っ」
クラウスの厳しい視線の先には、こちらを
どうやらフレイルが
アノンは
フレイルを睨むクラウスの唇の端が、
「はっ。こんなもんか?」
笑いながら発された言葉は、明らかな
それはフレイルにも伝わったのだろう。
「来いよ!」
「だんちょ……!?」
クラウスは乱暴にレイラを突き
バランスを
「ッ、やめてください!」
レイラはクラウスの腕を摑むと、勢いよく走り出した。
「は!? なっ……」
火事場の馬鹿力とでもいうのか、無理やりクラウスを引っ張って、レイラは結界を飛び出す。
「
「
「違います、あれは……私が、先にあの子の縄張りに入ってしまったんです」
思った以上に、クラウスやアノンがドラゴンと交流するのに期待していたようだ。カルムと上手くいっていたのを見て嬉しくなり、注意力が
「私の責任です。……ですが、団長もどうして挑発なんかするんですか。
「そんな理性があいつらにあるとは思えない」
剣を
「……貴方は仮にも、
できるできないではなく、仕事としてやるべきことを優先すべきではないのか。
レイラの指摘は正しく、クラウスも内心それは理解しているのだろう。レイラから視線を逸らす。
「……将来的に
そう言って、クラウスはレイラに背を向けて歩き出した。
「おい、クラウス」
いつの間にかやって来ていたアノンも声をかけるが、彼は振り返ろうとはしない。
「ピィ!」
何も知らないアールが、構ってもらえると思ったのか、マントを
「ついて来るな!」
「ピ……」
しかしクラウスに
その間にクラウスは、どこかへ行ってしまった。
「ピ……ピィィ……」
クラウスに
「アール」
抱き上げれば、アールはレイラの胸に顔を押しつけるようにして泣きじゃくった。
(団長……)
レイラの仕事は、ドラゴン達の世話、そして竜騎士とドラゴンを
人間とドラゴンが共存する国になれば。その一心で、レイラはドラゴンに接してきた。
だが竜騎士団の中心である彼があの態度では、レイラがいくら努力したところで
アールを
ふと、アノンが後ろに立っていると気づき、レイラはゆっくりと振り返った。
「カレンベルク様はどうされますか?」
クラウスを追うのか、それとも……。
「オレは、残るよ。カルム以外にクッキーあげてないし。クラウスの分ももらったから」
先ほどレイラを助けたときに、クラウスはクッキーを落としていたらしい。それを回収していたアノンは、結界内に戻り、フレイル以外のドラゴンの元へ向かっていった。
けれど先ほどのクラウスとフレイルの様子を見ていたドラゴン達は、アノンが近づこうとすれば離れていってしまう。
「おーい! 食わない?
湖の中に逃げ込んだ水竜に何度かそう呼びかけていたが、
レイラに言われた通り、アノンはクッキーを地面に置いてこちらに戻ってくる。
「ごめん、カルムがすぐに慣れてくれたから、他の子とも仲良くなれるかなって思ったんだけど」
「いえ。すぐには難しいですよね」
レイラですら、同じ空間でドラゴン達が食事をしてくれるようになったのは最近のことなのだ。ひとまずクラウスとアノンの姿を見ても、ドラゴン達が
(それでも……さっきのでドラゴン達の警戒は元に戻ってしまったかもしれません)
名前を呼んで振り向いてくれたときの感動を思い出し、レイラは落胆する。
(特にフレイルは、最近
結界内のドラゴン達をちらりと見て──
「……カレンベルク様、見てください」
「へ? ……あ」
振り返ったアノンの視界に映るのは、アノンが置いていったクッキーを食べるドラゴン達の姿だった。
といってもレイラ達と目が合えば、食べるのをやめてすぐに飛び立ってしまったが。
「食べてくれたということは、少なくとも私達を有害とはみなしていないと思います」
「そっか!」
「こんなにすぐに目の前で食べてもらえるようになるなんて、さすがです。カレンベルク様にはドラゴン達と仲良くなる素質があるのかもしれません」
結界外にいるとはいえ、人目のある状態で水竜と風竜が食事をしてくれるのは、レイラにだって数日かかった。それを初日でこなすなんて。
「違うよ。それはレイラちゃんのおかげでしょ」
「え?」
「レイラちゃんがずっとドラゴン達に、人間は味方だって伝えてくれてたから、オレやクラウスが来ても暴れたりしなかったんだと思う。ありがと」
「いえ、そんな……これが、私の仕事なので」
そう言いつつも、確実に前へ進んでいると実感できることは、嬉しい。
「フレイルにも……伝わればよいのですが。あの子だけ……」
「好戦的な性格である可能性は
「あー……」
レイラの呟きに、アノンがぼやく。何か知っているらしい口調だ。
「理由をご存じなのですか?」
「多分だけど……あいつは、クラウスが
「というと……?」
アノン
フレイルは元々、人を襲うため
しかし討伐は直前で
フレイルのおかげで術具の効果が
「フレイル以外は、空腹や
「なるほど」
そんな理由があるのであれば、フレイルがこちらに敵対心を向けるのも当然だ。
「……あのさ、レイラちゃん」
「はい」
「クラウスが、ごめん。ただ……あいつも複雑っていうか、多分、どうしたらいいのか分かんないんだと思うっていうか……」
視線を
「あいつさ、昔、えっと、知り合いを
レイラは何も言えなくなる。
もしかしたらその知り合いというのは、クラウスにとって大事な人だったのかもしれない。ドラゴンに知人を殺されたクラウスと、一時とはいえ
「レイラちゃんからしたらふざけんなって感じかもしんないんだけど、正直オレらもワケありっていうか……まぁ、必死だったのよ。竜騎士団である以上、ドラゴンを
「……」
「厩舎が
「……いえ。そう思っていただけただけでも、よかったです」
アノンの表情から、
「クラウスも、このままじゃダメだってことは分かってると思うからさ。あれでも団長だし。時間かかるかもだけど、オレも説得するから」
「分かりました」
「あいつ、本来は
「そうなのですか?」
そういえば、誰が運んでくれたのか聞いていなかった。
(それにあの日、団長は私の不調に気づいてくれていて……王都に来る
いつの間にか、彼に何度も助けられていたらしい。
「団長にはあとでお礼を伝えます」
「うん」
「オレらが今までドラゴン達にしてきたことはチャラにならないけど……これから
今までの軽い
アノンの本気を知り、レイラは「はい」と答えようとする。
「ピィ!」
が、その前に、任せろ! と言わんばかりにアールが鳴いた。
あまりにもばっちりなタイミングに、レイラとアノンは顔を見合わせる。
「頼もしー! よろしく頼むよ、アール」
アノンはそう言って笑い、レイラも微かに表情を
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