2-3
ふ、とレイラの意識が
(ここは……?)
目はすぐに光に慣れ、白い
「ピ!?」
と、視界をアールの顔が埋め
「ピィィィ」
「アール……」
レイラが目を
「起きたか」
するとクラウスの声が聞こえてきて、レイラはゆっくりと横を向く。
レイラの寝ているベッド
「やっぱ無理してたんじゃねえか」
「団長……一体……」
「ピ! ピピ! ピィ!」
自分の状況を確かめようと
アールはレイラから離れると、クラウスに抱っこをせがむようにシーツを
一方で、クラウスはなんともいえない顔でアールを見下ろしていた。もちろんクラウスにアールを抱き上げる
「私、一体どうして……」
それを横目で見ながら、
「こっちのセリフだ。こいつが血相変えて俺達を呼びに来た。そしたらお前が倒れていた」
そう言われて、レイラは思い出す。
(確か、突然気が遠くなって……)
「ピィ?」
クラウスは抱っこしてくれない、と諦めたのか、アールがレイラの方を向いた。首を
「ありがとうございます。貴方が助けを呼んできてくれたのですね」
「ピィ!」
レイラの腕の中で、アールはえっへんと胸を張った。
クラウスが、そんなレイラとアールを冷ややかに見つめてくる。
「それで、ドラゴンにやられたのか?」
「違います!」
倒れた原因を
「本当か?」
金の瞳には、疑いの色がありありと浮かんでいる。レイラがドラゴンを
「ただ倒れただけです」
「倒れただけって……」
「失礼します」
扉の開く音と共に、ローブを着た誰かが入って来た。知らない声だ。
「クリフォード様、目を覚まされたんですね。よかった」
起き上がっているレイラに、
「わあああああ子竜が顔出してる!」
眼鏡の奥の目をギラギラと輝かせて、勢いよく駆け寄って来た。
「ピッ!?」
途端にアールはレイラの腕から抜け出して、
「あぁ……また逃げられちゃった……」
「さっきから何度目だ。もう諦めろ」
がっくりと
「すみません、貴方は……?」
自分より年下だろう少年に、レイラは
「あっ、す、すみません! 初めまして。ラルフ・バンジです! クリフォード様のことはリッツ殿下から聞いています!」
「魔物の研究者だ。普段はあちこちの街、国を飛び回ってる。さっきちょうど帰ってきた」
「クリフォード様もドラゴンがお好きだと聞いています。ぼく、ドラゴンが好きって方と会うの初めてで、ずっとお話ししたかったんです! この子が産まれたときのこともぜひ
魔物の研究者というだけあって、ラルフはドラゴンに好意的なようだ。その事実だけで、レイラの彼に対する印象はよくなった。
「しかし、どうしてバンジ様が……?」
ラルフは医者ではない。それなのに何故ここに……?
「ドラゴンの傍で倒れていたとのことで、ドラゴンに何かされたのかもしれないから調べろと呼ばれました。団長、すごく心配してて」
「何をですか?」
ドラゴンが
「クリフォード様をですよ」
予想と違う解答に、レイラは目をぱちくりとさせた。
(団長が、私を?)
思わずクラウスを見るが、彼はレイラと視線を合わせようとせず話を遮る。
「で? こいつが倒れた原因はなんだったんだ?」
「はい。お医者様
「……は? 過労?」
「そうです。ほとんど寝ずにドラゴンの世話にかかりきりだったんではないかって。今日一日しっかり休めばすぐ元気になると思います、とのことです。ああでも、そういう意味ではドラゴンが関係しているとも言えますね」
クラウスは眉間に皺を寄せ、何か考える素振りを見せた。
「だから言ったではないですか。ドラゴンは何もしていないと」
「うるさい」
一刀両断されてしまい、レイラはムッとする。
「……おい」
「……なんでしょうか?」
「人手が必要なのか?」
「みっともないところをお見せして申しわけございません。ですが家ではもっと多くの動物の世話をしてきたので慣れれば問題ありません。そもそも、これは私に与えられた仕事です」
「……」
「何か?」
「いや……だったら、いい」
クラウスは何か言いたげなように見えた。
けれどクラウスがそれを言う前に、「あの……」と、ラルフがおずおずと口を
「実は、それとは別に、一つ気になることがありまして……」
「なんだ?」
クラウスに促されて、ラルフが頷く。
「魔物は、
自然界で生き残るために必要な要素として、魔物の成長速度が
「だからこの子は……えっと」
「アールです、バンジ様」
「アールも、本来は親から魔力をもらう必要があるんです」
「魔力をもらえないと、魔物はどうなるんでしょう?」
温かな体へ、レイラは布団
「魔力の弱い魔物は元気がないことも多いです。親と子を引き離した際、子が
「ですがアールはこんなにも元気です」
「はい。なのでぼくも最初は、ドラゴンはそれに当てはまらないと考えたんです。けどアールの目は魔力が低い
「ラルフ、さっさと結論を言え」
「す、すみません!」
「つまりアールは、レイラさんからそれをもらっているんだと思います」
「ピィ?」
自分が呼ばれたと思ったのか、布団からひょっこりと、アールが顔を覗かせた。
「……え、しかし、私は人間ですので、魔力はありません」
「えっと、これはぼくの仮説なんですけど……魔力というのは、いわゆる生命力を、魔物が体内で
レイラとクラウスは、
「……アール、そうなのですか?」
「ピィ!」
アールは勢いよく返事をしてくれたが、その真意は分からない。
「ってことは、こいつが倒れた原因は、ドラゴン達の世話での
「コレではありません。アールです」
「ピピィ」
レイラとアールが言い返すが、クラウスは無視してラルフの返事を待った。
「はい。特にアールを育てる方の比重が大きいと思います。アールが元気ということは、魔力の供給に成功しているということで……でもそれだと、クリフォード様はまた倒れてしまいます。そうならないためには、アールに協力者──もう一人、親が必要かと」
「それ、って……」
「アールが
「ドラゴンにも人見知り……いえ、ドラゴン見知りしているようです」
遠くから
「ということはやはり、お二人でアールを育ててもらうしかないかと……」
「っ、俺は嫌だぞ!?」
イスから立ち上がり、クラウスは後ろに下がった。
「ドラゴン達の世話は、仕方ないってことで百歩
「だ、だけどこのままじゃクリフォード様が倒れてしまいます。クリフォード様がいなければ、ドラゴン達の面倒を見る人がいません」
そんな話の最中、遠くから足音が聞こえてきた。複数の足音がどやどやと医務室に入ってくる。
「ひーっ、
呻きながら姿を現したのは、アノンを始めとする、竜騎士の数人だった。
全身
「あ、レイラちゃん、起きた? 大丈夫?」
腕が痛むのか、
「私は大丈夫です。それより皆さん、どうされたのですか……!?」
「いやー、ちょうどドラゴン達の飯の時間だったからさ。レイラちゃんの真似してあげに行ってみたわけ」
各自で薬や包帯を取り出して手当てしながら、アノンが
「もうそんな時間で……!? すみません、私の仕事なのに……!」
「それはいいって。むしろレイラちゃん一人に押しつけちゃってさ。だから倒れたんじゃないの? けど飯あげんのやばいね!? 全然食べてくれないわ、気に入らないのか火
「リッツ様から術具を預かっていて、身を守る分には
「あー、だから食べてくんなかったんだ……」
散々な目に
「お前ら、大丈夫だったのか?」
「ま、オレらだって騎士だし? ちゃんと準備はしてたから」
よく見れば、アノン達は腕などに術具をつけていた。
「それでもこの
それを聞いて、クラウスの頰が引き攣る。
「……ということは、団長。やっぱり先ほどの案を採用すべきかと!」
「ん? 何? なんの話?」
クラウスがラルフへ言い返す前に、アノンが口を挟んだ。
ラルフは手早く、先ほどの話をアノン達にも説明する。
「──というわけで、団長にもアールの子育てに協力してもらわないと!」
「断わ……」
「いいじゃんいいじゃん!」
「おい! 勝手に話を──」
ワイワイしている竜騎士団を、レイラはぽかんと見ていることしかできない。会話に加わるタイミングが分からないのだ。
「レイラちゃんだって、一人より二人の方がいいっしょ?」
が、ちょうどアノンが話題を振ってくれたので、これ幸いと乗る。
「い、いえ。私は前にも言った通り、団長の手を借りずとも、一人で立派にこの子を」
「ダメだって! また倒れたらどうすんのさ」
けれど
アノンが「そうだ」と手を打つ。
「レイラちゃん、境界の傍に小屋建ててもらって、そこで暮らすんだよね?」
「は、はい。そのつもりですが……」
「クラウスもそこに住めばいいじゃん」
「え?」「は?」
名案! とばかりに白い歯を見せて笑うアノンに、レイラとクラウスの声が重なる。
「ちょっと待て、お前何言って」
「レイラちゃんは倒れないで済むし、オレらはドラゴンのこと任せられるし。それに元々パパとママなんだし。めっちゃいい案じゃん。頼むぜ、
「誰がパパだ!」
「そうと決まれば、クラウスの荷物とか運んで〜」
「人の話を聞け!」
明るく笑うアノンに、クラウスが
(団長と一緒に、住む? 私とアールが?)
話の流れについていけず、レイラはアールの頭を撫でた。
「ピィ!」
何も言えないレイラに代わって、アールが元気よく鳴いた。
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