2-3



 ふ、とレイラの意識がじょうした。ゆっくりと目を開ければ、灯りが差し込んできて、そのまぶしさについ小さく呻いてしまう。

(ここは……?)

 目はすぐに光に慣れ、白いてんじょうをぼんやりと見上げる。鼻につく薬のにおいから、レイラは自分が医務室のベッドに寝かされていると判断した。

「ピ!?」

 と、視界をアールの顔が埋めくして、レイラはまばたきを繰り返す。

「ピィィィ」

「アール……」

 レイラが目をましたと気づいたアールが、顔を覗き込んでいた。シーツに投げ出していた手を伸ばして小さな体を撫でれば、アールはすりすりとレイラに頰ずりをする。

「起きたか」

 するとクラウスの声が聞こえてきて、レイラはゆっくりと横を向く。

 レイラの寝ているベッドわきのイスに、クラウスがこしかけていた。

「やっぱ無理してたんじゃねえか」

「団長……一体……」

「ピ! ピピ! ピィ!」

 自分の状況を確かめようとくちびるを開く。しかしアールの声に搔き消されてしまった。

 アールはレイラから離れると、クラウスに抱っこをせがむようにシーツをねる。やけにうれしそうだ。

 一方で、クラウスはなんともいえない顔でアールを見下ろしていた。もちろんクラウスにアールを抱き上げるりはない。

「私、一体どうして……」

 それを横目で見ながら、かんまんな動作でレイラは起き上がった。

「こっちのセリフだ。こいつが血相変えて俺達を呼びに来た。そしたらお前が倒れていた」

 そう言われて、レイラは思い出す。

(確か、突然気が遠くなって……)

「ピィ?」

 クラウスは抱っこしてくれない、と諦めたのか、アールがレイラの方を向いた。首をかしげるように見上げられて、レイラはよしよしと、アールの体を抱き締める。

「ありがとうございます。貴方が助けを呼んできてくれたのですね」

「ピィ!」

 レイラの腕の中で、アールはえっへんと胸を張った。

 クラウスが、そんなレイラとアールを冷ややかに見つめてくる。

「それで、ドラゴンにやられたのか?」

「違います!」

 倒れた原因をかれて、レイラはかんはつれず否定した。

「本当か?」

 金の瞳には、疑いの色がありありと浮かんでいる。レイラがドラゴンをかばっているのではないか。そう考えているに違いなかった。

「ただ倒れただけです」

「倒れただけって……」

「失礼します」

 扉の開く音と共に、ローブを着た誰かが入って来た。知らない声だ。

「クリフォード様、目を覚まされたんですね。よかった」

 起き上がっているレイラに、がらな少年はあんの表情を浮かべる。が、次の瞬間。

「わあああああ子竜が顔出してる!」

 眼鏡の奥の目をギラギラと輝かせて、勢いよく駆け寄って来た。

「ピッ!?」

 途端にアールはレイラの腕から抜け出して、とんの中にかくれた。

「あぁ……また逃げられちゃった……」

「さっきから何度目だ。もう諦めろ」

 がっくりとうなれる少年に、クラウスはあきがおだ。

「すみません、貴方は……?」

 自分より年下だろう少年に、レイラはたずねる。

「あっ、す、すみません! 初めまして。ラルフ・バンジです! クリフォード様のことはリッツ殿下から聞いています!」

「魔物の研究者だ。普段はあちこちの街、国を飛び回ってる。さっきちょうど帰ってきた」

「クリフォード様もドラゴンがお好きだと聞いています。ぼく、ドラゴンが好きって方と会うの初めてで、ずっとお話ししたかったんです! この子が産まれたときのこともぜひくわしく教えてください! うー、なんでぼく、そのときに限っていなかったんだろ……」

 魔物の研究者というだけあって、ラルフはドラゴンに好意的なようだ。その事実だけで、レイラの彼に対する印象はよくなった。

「しかし、どうしてバンジ様が……?」

 ラルフは医者ではない。それなのに何故ここに……?

「ドラゴンの傍で倒れていたとのことで、ドラゴンに何かされたのかもしれないから調べろと呼ばれました。団長、すごく心配してて」

「何をですか?」

 ドラゴンがしょうを起こせば竜騎士団の責任になる、ということだろうか。

「クリフォード様をですよ」

 予想と違う解答に、レイラは目をぱちくりとさせた。

(団長が、私を?)

 思わずクラウスを見るが、彼はレイラと視線を合わせようとせず話を遮る。

「で? こいつが倒れた原因はなんだったんだ?」

「はい。お医者様いわく、過労であると」

「……は? 過労?」

「そうです。ほとんど寝ずにドラゴンの世話にかかりきりだったんではないかって。今日一日しっかり休めばすぐ元気になると思います、とのことです。ああでも、そういう意味ではドラゴンが関係しているとも言えますね」

 クラウスは眉間に皺を寄せ、何か考える素振りを見せた。

「だから言ったではないですか。ドラゴンは何もしていないと」

「うるさい」

 一刀両断されてしまい、レイラはムッとする。

「……おい」

「……なんでしょうか?」

「人手が必要なのか?」

「みっともないところをお見せして申しわけございません。ですが家ではもっと多くの動物の世話をしてきたので慣れれば問題ありません。そもそも、これは私に与えられた仕事です」

「……」

「何か?」

「いや……だったら、いい」

 クラウスは何か言いたげなように見えた。

 けれどクラウスがそれを言う前に、「あの……」と、ラルフがおずおずと口をはさんでくる。

「実は、それとは別に、一つ気になることがありまして……」

「なんだ?」

 クラウスに促されて、ラルフが頷く。

「魔物は、りょくを体内で作り出すことで、攻撃に使ったり、容姿を変化させたりしています。例えば火竜の吐く炎や、熱にえるように厚くなった鱗なんかがそうなんですね。けど魔物の子どもは魔力が低い……というより、魔力を体内で作り出す力が弱くて、だから親から分け与えてもらっていることが多いんです。魔物の成長がやけに早いのも、恐らくそれが関係してて」

 自然界で生き残るために必要な要素として、魔物の成長速度がきょくたんに早いのではないか、と。また、アールの容姿が他のドラゴンと違うのは、魔力がなくて、見合った容姿の変化を行うことができないからではないか、とラルフは推測した。

「だからこの子は……えっと」

「アールです、バンジ様」

「アールも、本来は親から魔力をもらう必要があるんです」

「魔力をもらえないと、魔物はどうなるんでしょう?」

 温かな体へ、レイラは布団しに触れる。

「魔力の弱い魔物は元気がないことも多いです。親と子を引き離した際、子がすいじゃくした研究例もあって……」

「ですがアールはこんなにも元気です」

「はい。なのでぼくも最初は、ドラゴンはそれに当てはまらないと考えたんです。けどアールの目は魔力が低いあかしとして赤茶のままだし……そこで、クリフォード様が倒れたって知って、もしかしてこれは僕の仮説といっするんじゃないかって思って! むしろこれは魔物が人間を襲うことにも関係あるんじゃないかと──」

「ラルフ、さっさと結論を言え」

「す、すみません!」

 かされて、ラルフはあせったように背筋を正した。

「つまりアールは、レイラさんからそれをもらっているんだと思います」

「ピィ?」

 自分が呼ばれたと思ったのか、布団からひょっこりと、アールが顔を覗かせた。

「……え、しかし、私は人間ですので、魔力はありません」

「えっと、これはぼくの仮説なんですけど……魔力というのは、いわゆる生命力を、魔物が体内でへんかんして作っているものではないかと思うんですね。なので、レイラさんの生命力をアールが吸って、体内で魔力に変換しているのではないかと……」

 レイラとクラウスは、そろって目を瞬かせる。

「……アール、そうなのですか?」

「ピィ!」

 アールは勢いよく返事をしてくれたが、その真意は分からない。

「ってことは、こいつが倒れた原因は、ドラゴン達の世話でのろうに加えて、コレを育てることにもあるって?」

「コレではありません。アールです」

「ピピィ」

 レイラとアールが言い返すが、クラウスは無視してラルフの返事を待った。

「はい。特にアールを育てる方の比重が大きいと思います。アールが元気ということは、魔力の供給に成功しているということで……でもそれだと、クリフォード様はまた倒れてしまいます。そうならないためには、アールに協力者──もう一人、親が必要かと」

「それ、って……」

「アールがなついているのは、クリフォード様と団長だけだと、カレンベルク様から聞きました。ちなみにアールは、他のドラゴンとの仲は……?」

「ドラゴンにも人見知り……いえ、ドラゴン見知りしているようです」

 遠くからながめている分にはいいのだが、近づくとアールはこうちょくしてしまう。だからレイラは、結界内にアールをあまり入れないようにしていた。

「ということはやはり、お二人でアールを育ててもらうしかないかと……」

「っ、俺は嫌だぞ!?」

 イスから立ち上がり、クラウスは後ろに下がった。

「ドラゴン達の世話は、仕方ないってことで百歩ゆずって協力してやってもいい。けどなんで俺が、こんなチビの世話なんて……!」

「だ、だけどこのままじゃクリフォード様が倒れてしまいます。クリフォード様がいなければ、ドラゴン達の面倒を見る人がいません」

 そんな話の最中、遠くから足音が聞こえてきた。複数の足音がどやどやと医務室に入ってくる。

「ひーっ、いてえ!」

 呻きながら姿を現したのは、アノンを始めとする、竜騎士の数人だった。

 全身れている者、軽いとはいえ火傷やけどを負った者、頰に傷の走っている者と、色々だ。

「あ、レイラちゃん、起きた? 大丈夫?」

 腕が痛むのか、かたうでを押さえて片眉をゆがませていたアノンは、しかしレイラが起きているのを見て笑いかけてくる。

「私は大丈夫です。それより皆さん、どうされたのですか……!?」

「いやー、ちょうどドラゴン達の飯の時間だったからさ。レイラちゃんの真似してあげに行ってみたわけ」

 各自で薬や包帯を取り出して手当てしながら、アノンがしょう気味に教えてくれる。

「もうそんな時間で……!? すみません、私の仕事なのに……!」

「それはいいって。むしろレイラちゃん一人に押しつけちゃってさ。だから倒れたんじゃないの? けど飯あげんのやばいね!? 全然食べてくれないわ、気に入らないのか火いたり湖に突き飛ばしてきたり、とっしんされそうになったり、もうハチャメチャよ! レイラちゃん、ずっとあんなことしてたの!?」

「リッツ様から術具を預かっていて、身を守る分にはつかえありませんから……。あとドラゴン達は食に好みがありまして」

「あー、だから食べてくんなかったんだ……」

 散々な目にってきたらしい騎士達が遠い目をする。よほど大変だったらしい。

「お前ら、大丈夫だったのか?」

「ま、オレらだって騎士だし? ちゃんと準備はしてたから」

 よく見れば、アノン達は腕などに術具をつけていた。

「それでもこのありさまよ。ごめん、オレら舐めてた。レイラちゃんが倒れたら、竜騎士団終わりだわ」

 それを聞いて、クラウスの頰が引き攣る。

「……ということは、団長。やっぱり先ほどの案を採用すべきかと!」

「ん? 何? なんの話?」

 クラウスがラルフへ言い返す前に、アノンが口を挟んだ。

 ラルフは手早く、先ほどの話をアノン達にも説明する。

「──というわけで、団長にもアールの子育てに協力してもらわないと!」

「断わ……」

「いいじゃんいいじゃん!」

「おい! 勝手に話を──」

 ワイワイしている竜騎士団を、レイラはぽかんと見ていることしかできない。会話に加わるタイミングが分からないのだ。

「レイラちゃんだって、一人より二人の方がいいっしょ?」

 が、ちょうどアノンが話題を振ってくれたので、これ幸いと乗る。

「い、いえ。私は前にも言った通り、団長の手を借りずとも、一人で立派にこの子を」

「ダメだって! また倒れたらどうすんのさ」

 けれどそくに否定されてしまい、次の言葉が上手く出てこない。何せまた倒れたら困る、というのは事実なのだ。

 アノンが「そうだ」と手を打つ。

「レイラちゃん、境界の傍に小屋建ててもらって、そこで暮らすんだよね?」

「は、はい。そのつもりですが……」

「クラウスもそこに住めばいいじゃん」

「え?」「は?」

 名案! とばかりに白い歯を見せて笑うアノンに、レイラとクラウスの声が重なる。

「ちょっと待て、お前何言って」

「レイラちゃんは倒れないで済むし、オレらはドラゴンのこと任せられるし。それに元々パパとママなんだし。めっちゃいい案じゃん。頼むぜ、団長パパ!」

「誰がパパだ!」

「そうと決まれば、クラウスの荷物とか運んで〜」

「人の話を聞け!」

 明るく笑うアノンに、クラウスがっている。

(団長と一緒に、住む? 私とアールが?)

 話の流れについていけず、レイラはアールの頭を撫でた。

「ピィ!」

 何も言えないレイラに代わって、アールが元気よく鳴いた。

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