2-2



「お前、どういうことだ!?」

 クラウスに呼び出され、しつしつにやって来たレイラを襲ったのはやぶから棒なせいだった。

「ピィ! ピィ!」

 それをものともせず、クラウスパパの姿にかんしたアールがレイラのうでの中で声を上げる。

「チッ、だまらせろ」

「子どもなんですから鳴くのは当たり前です。いい加減学んでください」

 舌を鳴らすクラウスの元へ、レイラはゆっくりと歩み寄った。

 金色の瞳が睨むようにレイラを見る。と、彼はたんまゆひそめた。

「お前……てないのか?」

「え? いえ、そんなことはありません」

「……なら、いいが」

 どうやら疲れが顔に出ていたようだ。まさか、心配してくれたのだろうか。

「それよりお前、一体どういうことだ」

「何がでしょうか?」

「結界の近くに住居用の小屋を建ててほしいと、殿でんに進言したそうだな」

「お耳が早いですね」

「ピィ」

 リッツに話をしたのは昼食後すぐのことで、まだ数時間しか経っていない。

 たんたんと話すレイラとは対照的に、イライラしたようにクラウスが指で机をたたく。

何故なぜそんなことを言い出した?」

「結界領域までは距離がありますし、傍に小屋を建てて過ごす方がドラゴンのめんどうをいつでも見られて一石二鳥ではないかと思いまして。何か問題あるでしょうか?」

「ピィ?」

「大ありだ! 危ないだろ!?」

「小屋は結界の外です」

「ピ!」

「ただでさえ今だって傷だらけのくせにか!?」

 クラウスの言う通り、レイラのほおや腕、足にはばんそうこうや包帯がある。

「問題ありません。それに傷は、私の未熟さゆえなので」

「そういうことじゃなくて……そこまでする価値があるのかって聞いてんだ」

「ピィィ」

「おい、黙らせろ。話が進まん!」

 吐き捨てるようなクラウスの言い草に、レイラはムッとする。

「……アール、少しの間だけ、しーっですよ」

「ピー?」

 アールの口元に指をえて、静かにするよううながした。

「ともかく、リッツ様から許可はいただきました。あと団長、私からも聞きたいことがございます。どなたもドラゴン達の様子を見にすら来ませんが、じょう訓練などはいつ……」

「術具を着けない限り、しない」

 きっぱりと言われて、レイラのかたまゆがピクリと動く。

「……訓練を行わないのは職務たいまんでは?」

「騎士達に怪我をさせるような真似はできない」

「それではいつまで経ってもこのままですが?」

「それはそれで俺は構わん」

「ではドラゴン達はどうなさるおつもりですか?」

 まさか観賞用のペットにするわけでもないだろう。

「処分だろうな」

「それでも竜騎士団ですか!?」

 あっけらかんと言い放つクラウスに、さすがのレイラも怒鳴っていた。

 レイラのけんまくに驚いたアールが「ピッ」と小さく鳴いて体を縮こまらせる。

「ああ! だから、騎士達を危険にさらしてまですることじゃないと言ってるんだ! お前のその怪我が物語ってるだろ! だから俺は術具を外すことに反対したんだ! それとも全員おとなしくえさになれってか!?」

「違います! ドラゴンは頭のいい生き物です。術具を外しても見境なく襲いかかってくるわけではありません。彼らはこの境界の中で生かされているということをちゃんと分かっています。だからこそ、彼らの生きる意味を、その場所を、騎士団のみなさんとのしんらい関係を築くことで……」

「ふざけるなッ」

 バン! とクラウスが机を叩いた。

「あいつらの生きる意味? そんなもの必要ない! あいつらのせいでどれだけ苦しんでいる人達がいると思う!?」

「私達を苦しめているのはもので、彼らではありません!」

「同じことだろうが! お前の夢物語なんか知らん!」

「違います! 夢なんかじゃ……!」

「おーい」

 白熱するレイラとクラウスの言い争いを止めたのは、えんりょがちに開くとびらの音と、のんびりとしたアノンの声だった。

ふうげんたいがいにしろよ〜?」

「「夫婦じゃない!」」

「うは」

 二人のはくに、アノンは何故かニヤニヤしたままだ。

「息ぴったりじゃん。てか、アールおびえてない? 大丈夫?」

「あ……」

 てきされて見れば、アールは丸まってレイラの服に顔をうずめ、ぷるぷるふるえていた。

「ごめんなさい、アール……もう、大きな声は出しませんので」

「……ピィ……?」

 震えながら顔を上げるアールを、安心させるようにレイラは強くめる。

「子どもの前で夫婦喧嘩はダメだって言っただろ?」

「「だから夫婦じゃない!」」

 やはり息ぴったりのレイラとクラウスに睨まれて、アノンは苦笑を漏らす。

じょうだん冗談。てかレイラちゃん、やっぱその服似合うよね〜。はなやかだし、ズボンじゃなくてスカートなとこがいい! 色もあわい感じがレイラちゃんっぽいし。クラウスもちゃんとめた? 可愛かわいいものには可愛いって伝えないと」

「アノン。用がないならもう出てけ」

 意図的な話題らしに、クラウスがいらたしげに言う。

「っと、その前に。一体どうしたの? けんの原因は何よ?」

「ドラゴンとの騎乗、飛行訓練についてです」

 クラウスが答えるより早く、レイラが口を開いた。

「それを行わないのは、竜騎士団の職務怠慢ではないのですか?」

「だから、術具がない状態ではむやみに騎士を危険に晒すだけだ!」

「そうならないために、普段からドラゴンと交流を……」

「あー、OKOK。なんとなく事態はあくした。だから喧嘩はストップ」

 アノンに丸まるアールを指差されて、レイラは慌てて小さな背中を撫でた。

「んー……クラウスの考えも分かるけど、レイラちゃんの言うことも分かるしな〜」

 腕を組み、アノンが首をひねる。そして不意に、ぽん、と手を打った。

「んじゃ、ひとまずオレとクラウスの二人でドラゴンのとこに通う。それでどう?」

「なッ」

「『なんで』じゃないからね。何もしないのはレイラちゃんの言う通り職務怠慢だろ? かといって他の騎士が怪我しても困るし。オレとクラウスだったら、仮にドラゴンが暴れてもどうにかできるじゃん。それともドラゴンには勝てない? クラウス団長」

 アノンの口調はわざとらしく、彼をちょうはつしているのが見え見えだった。クラウスもそれを理解しているのだろう。かといってこうていするのはプライドが許さなかったらしい。

「んなわけねえだろ! 火竜一番を連れてきたのはだれだと思ってる!?」

「じゃ、そういうことで。オレとクラウスでまず様子を見てみて、問題なかったら他の騎士も参加したらいいし、無理だったら術具のこととか改めて考えよ。レイラちゃんもそれでいい?」

 あれよあれよという間に、レイラとクラウス、両方の意見を採り入れた案が決まった。断る理由などなく、レイラはうなずく。

「くそ……!」

 クラウスだけがなっとくしかねるのか低くうめいた。

(何故団長はここまでいやがるのでしょう……)

 団長という立場でありながら、あまりにもかたくなな態度は不思議だった。

 おそらく理由はあるのだろう。気にならないわけでもない。だが仕事である以上、せんさくも個人の感情も必要ないと思い直した。

「逃げないでくださいね、団長」

 そのためレイラは、クラウスにくぎす。

「誰が逃げるか!」

「ん〜、お前のパパとママは大変だねえ、アール」

 レイラのとなりに立ったアノンが、どさくさにまぎれてアールの頭を撫でようと手をばす。けれど「がうっ」とみつかれて、「ぎゃっ」と情けなく悲鳴をらすのだった。


◇◆◇


 翌日の夕方、レイラは結界内のふん尿にょうそうを終えると、きゅうけいのため待っていたアールの元へ向かった。

 砂をいじって遊んでいたアールが、レイラが結界から出てきたことに気づいて顔を上げる。

「ピィ!」

 まるで「お疲れ様」と言われたような気がして、レイラは微笑んだ。

「ありがとうございます」

(団長とカレンベルク様がもうすぐいらっしゃる時間ですね)

 二人は騎士としての訓練や仕事が終わったあと、ここへ来ることになっている。

(術具なしでいきなり乗ることは恐らく不可能なので、たがいに慣れていただくところから始めないと)

 竜騎士団とドラゴンの間を取り持つことも、レイラの仕事の一つだ。まずは術具なしのドラゴンが、クラウスとアノンにどういう反応を見せるかを確かめなければ。レイラ相手のように遠巻きにするだけならいいが、フレイルのように攻撃してくるのであれば何か対策を構じなければいけない。

 だが、頭のいい彼らなのだ。ちゃんと思いを伝えればきっと──。

「ピィ」

 ふとアールが擦り寄ってきて、レイラは思考を中断した。しゃがみ、アールを抱く。

「そろそろお二人が来そうですし……」

 と、立ち上がった途端──ぐらり、とレイラの視界が回った。

 血の気が引いたような感覚と共に、足から力が抜ける。立っていられなくて、その場に膝をついた。

「ピ? ピィ! ピィ!?」

「すみませ……」

 心配そうな声を上げるアールを安心させようと、レイラは口を開いた。けれど言いきる前にたおれてしまう。

「ピィピィ! ピィ!」

 アールの声が遠ざかっていく。視界もぼんやりとうすれていき……そのまま、レイラは気を失った。


◇◆◇


 歩を進めながら、クラウスはハアと息を吐いた。

 すると前を歩いていたアノンが、クラウスのいきを聞きつけて振り返る。

「……何も言ってないだろ」

 文句が飛んでくる前に、クラウスは言った。

「顔がうったえてる。行きたくない〜って」

 二人が歩いているのは城の裏の人工森だ。向かう先はドラゴンのいる結界である。

「ま、お前の複雑な気持ちも分かるけどさ。いきなり竜騎士団なんてものがつくられて、その団長に任命されて。魔物退治が仕事だったオレ達に、今度は魔物ドラゴンと協力しろときたもんだ。仲良くしてください、はいそうですね、なんて無理に決まってるよなー」

 そう言ってアノンはかたすくめる。

「けどさ、本当に術具なしでドラゴンが味方してくれるなら、それにしたことないだろ?」

「お前は嫌じゃないのか?」

「ドラゴン?」

「ああ」

 人間をもらう魔物なのだ。とうばつ対象であり、敵だった。道具として利用するならいざ知らず、仲間としてあつかえなんて言われても気持ちの整理がつかない。

「んー、オレは別に、たまたまこの仕事にいただけで、むしろドラゴンの背に乗って敵を薙ぎ倒す! ……なんて、ヒーローみたいでカッコいいじゃん、的な」

「……」

「別にレイラちゃんの言う理想を信じてるわけじゃないけど、でも一理あるとは思うし。あとはまあ、単純にあの数の世話をレイラちゃん一人に押しつけるのも申しわけないっていうか」

 クラウスは黙って、アノンの言葉を聞いていた。

 アノンの言いたいことは分かる。ドラゴンがいることでもたらされる利益も理解している。だからしぶしぶながらもいっしょにここまで来たのだ。

(だが……)

 どうしても自身の中のわだかまりは消えない。

 静かなクラウスに、アノンも思うところはあったようだ。

「まあ……オレとお前じゃスタート地点が違うってことも分かってるけどさ。だってお前が騎士になったのは──」

 そこまで言って、アノンが口を閉じた。

 というのも、とつぜんクラウスが足を止めたからだ。

「クラウス、どうした?」

「今何か聞こえなかったか?」

「え?」

 二人して耳をませる。周囲に視線を巡らせた。

 直後。

「ピィィィィ!」

 かんだかい声と共にガサガサとしげみが揺れ、見覚えのある子竜──アールが飛び出してきた。

「お前、なんで……!」

「ピ!」

 アールはクラウスの姿を見つけると、一目散にってくる。

「ピィ! ピィピィ! ピィィィ!」

 足元で、アールがけんめいに何かを訴えてくる。

「……あいつはどうした」

 一緒にいるはずのレイラの姿、気配がないことに気づき、クラウスは問いかけた。

 アールがぶんぶんと首を横に振る。

「アノン! こいつをたのむ!」

「あっ、クラウス!?」

 嫌な想像が頭を過ったクラウスは、アノンにするどく言い残すと、アールの来た方向──結界に向けて、勢いよく走り出した。


 

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