第2章

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 さんさんとした太陽光が、湖の水面をかがやかせている。

 城の裏手の人工森は、れいに手入れされていた。特に湖のそばは木々に囲まれながらも周囲が開けていて、ピクニックにはもってこいといったぜいだ。

 だんであれば貴族がいこい、兵士が見回りに来るだろう場所だが、今は六頭のドラゴンが自由にとなっていた。

 術具がなくなり、おのおの自由に過ごしていたドラゴン達は、不意に動きを止める。顔を向けた先にいるのは、長いぎんぱつを後ろで一つにまとめて、女性用の団服に身を包んだ少女──レイラである。歩くたびにスカートと、白のエプロンがれる。

 団服は、りゅうだんの世話係であるならば相応の格好が必要だろうと、リッツが用意してくれたものだ。ちなみにエプロンはレイラの希望である。

 台車を引いていたレイラは、いったん足を止めるとかえった。すると荷台から、ひょっこりと子竜──アールが顔をのぞかせる。

「それでは、いい子でここで待っていてくれますか?」

 アールをげ、近くのすずしそうなかげに下ろす。

「ピィ!」

 片手を上げて応える姿にみをこぼしながら、レイラはアールの頭をでた。

「……さて」

 そしてレイラは、再度台車を引いて歩き出した。

 荷台に積まれているのは、大量のしょくりょうである。生肉、焼いた肉、果物、野菜、生魚、など。ドラゴン六頭分の食事は、かかえるには多すぎてここまで台車で運ぶしかない。

 結界の張られたしき内ではドラゴンを放し飼いにするため、境界が分かりやすいよう術具で地面に線が引いてある。術を解かない限り、ドラゴン達はこの結界内と外を行き来することはできないのだ。

「おはようございます。朝ご飯です」

 線の内側へ、レイラは足をれた。

 ドラゴン達の反応は、睨んでくるもの、いちべつこそすれどそれきりレイラに無関心のもの、空からレイラをうかがうもの、と様々だ。

(まあそれでも、一方的にこうげきしてこないだけいいでしょう)

 きゅうしゃからここへドラゴン達を移動させて、今日で一週間がった。

 術具であやつられていた間のおくはないのか、術具を外した直後の彼らは意外にもおとなしかった。さすがにレイラが近づけば敵意をあらわにしたが、暴れても結界からは出られないこと、ひとまずおとなしくしていれば痛い目には遭わないことを、すぐに理解したらしい。やはりドラゴンの知能は高いと実感する。

 そうして今では、レイラは食事をあたえてくれる一応無害な人、くらいのにんしきでいるようだ。

 そのしょうに、一頭のドラゴンがゆっくりと歩み寄ってくるのが、レイラの視界に映る。

 他のドラゴンに比べて半分とまではいかないが、ひとまわり以上体の小さいドラゴンは、りゅうである。岩のようにゴツゴツとしたうろこと、重量感のあるがっしりとした体がとくちょうだ。

「キュ」

「おはようございます、カルム」

 カルムと名付けた土竜は、あいさつのようにレイラの体に頭をり寄せてきた。しょうを返しながら、レイラは「失礼します」とその体をチェックしていく。

 ボロボロだった鱗は、心なしか色があざやかになり、形が均等になっているように思えた。左右に揺れるしっから元気なのが伝わってくる。他のドラゴンと争ってをした様子もなく、食欲も申し分ない。

つめも適度な長さになっていますね。ここを気に入って走り回ってくれているのでしょう。安心しました)

「顔を見せていただけますか?」

「キュウ」

(目ヤニなどもなし。歯も問題なし。よし)

「ありがとうございます」

 レイラは台車から生肉と葉野菜、りんを取り出し、カルムの目の前に置いた。

 ぱくぱくと食べ始めるカルムをやさしく見守ったのち、レイラは次に湖へ向かう。

 ほとりで日向ひなたぼっこにいそしんでいた二頭の水竜は、レイラの気配に気づくと水中へげていく。

「クレード、ヴェーレ、おはようございます。食事、こちらに置きますね」

 今まで水竜のいたところに生肉と魚を置いて、はなれる。

 空を飛んでいる風竜二頭にも同じように声をかけ、地面に生肉を置く。

 土竜カルムちがって、水竜と風竜はレイラに近づいてこようとはしないし、レイラの姿が見えている間は食事をろうとしない。

 逆にいえばレイラがいなくなれば食べてくれるし、満腹になると気がゆるむのか、そのときだけはレイラが近づいても逃げることはなかった。なので四頭のチェックは一時間後に行うのがちょうどいい。

「……さて」

 手こずるのはここからだ。

 振り返ったレイラの視線の先にいるのは、木陰で丸まっている火竜だった。クラウスが乗っていたあの子には、フレイルと名前を付けた。といっても、カルムのように呼んで反応を返してくれたことなどないが。

 レイラは台車を離れたところに置くと、焼いた肉を手に取った。フレイルは生より、火を通したものを好むのだ。

 一歩一歩、フレイルへきょめていく。

 フレイルが、レイラをいちべつする。動こうとはしない。ただじっと、赤のひとみを向けている。

 が──ある一定のところまで近寄ると、フレイルのまとう空気が変わった。

(ここ!)

 首をもたげたフレイルが、レイラに向かって勢いよくほのおす。

「ピィッ!」

 結界の外で、アールが悲鳴を上げる。

だいじょうですよ」

 さかる炎の中から、レイラはアールに声をかけた。

 炎はレイラの身をがすことはない。というのも、レイラはブレスレット型の術具を発動させ、自分の周囲に簡易的な結界を張ったからだ。体を取り囲む火はレイラにかすりもせず、熱も全く感じない。

 右手を前にかかげて結界を保ったまま、レイラは炎からけ出す。

「そろそろ攻撃するのはやめてくれませんか?」

 フレイルの足元まで来ると、結界を解いて肉を地面に置く。同時に爪の長さを目視でかくにんし、ついでに鱗にもれてかんそうしていないか確かめる。

「私は貴方あなたに危害を加えるつもりはありません。むしろ仲良くしたいんです」

 話しかけるレイラに向かって、フレイルが前足を振り上げた。

 再度結界を展開しつつ、レイラは背後へかいする。しゅんかん、尻尾が横ぎにおそってきた。

「きゃッ……!」

 結界のおかげでちょくげきまぬがれたが、しょうげきを完全には吸収できなかった。とっぷうに襲われたようにレイラはバランスをくずして転ぶ。

「痛……」

 足を擦りむいたようだが、ひるんでいる場合ではない。

 急いで立ち上がり、走り出す。直後、今までレイラのいたところに炎のかたまりが降ってきた。

「今日も元気なようで安心しました。お肉、上手うまく焼けたと思うので食べてくださいね」

 フレイルに笑いかけながら、一定の距離まで離れる。

 フレイルはしばらくの間そんなレイラをにらんでいたが、あきらめたようにまた丸くなった。

 炎の届くはんに一歩でも足を踏み入れると、フレイルはこうやって攻撃をけてくる。最初はおどろいたし手間取ったが、一週間もすればずいぶんと慣れた。むしろ今日は一体どんなこうぼうひろげることになるのだろうと考えてしまうくらいだ。

 もちろん、だからといって平静かというとそうでもない。

 結界から出たレイラは、大きく息を吐き出した。心臓はバクバクと脈打っている。

(そろそろフレイルに虫歯がないかとか見たいんですが……やはりまだ難しいですね)

「ピィ、ピィ! ピィィィィ!」

 胸を押さえて深呼吸を繰り返すレイラのところに、アールがだっごとき勢いで走ってきた。アールはレイラの足にしがみつくと、鳴きながらぐりぐりと頭をこすりつけてくる。

「ピィ……ピ!?」

 ひざきずを見つけて、アールが悲痛な声を出す。消毒のつもりかめようとするのを見て、レイラはあわててアールを抱き上げた。

「お待たせしました。一週間前に比べれば怪我も減りましたので、前進です」

 カルムや様子を見るだけの四頭と違って、フレイルは攻撃的だった。結界内から出られない上、術具を持つレイラに炎も何も通じないとすぐに気づいて、じゅうおうじんに暴れ回るようなはしなかったが、近づけば毎度こうだ。

 ──それでも。

(あんな人形のような状態よりは、今の方が絶対にいいです)

 いかりだろうが悲しみだろうが、感情を表に出してくれる方がまだ安心できる。

「ですのでアール、お気になさら……、ッ」

 そこで軽く眩暈めまいがして、レイラは顔をしかめた。

「ピ?」

「……いえ、なんでもありませんよ」

 心配ないと、レイラは優しく言う。

(ここは城からもかんからも距離がありますし……移動も多くてつかれがまっているのかもしれませんね)

 人工森の、城から一番遠いところにドラゴン用の敷地は用意された。万が一を考えてのことなので、特に文句があるわけではない。

 だがドラゴンの相手は肉体労働だ。

(毎日往復にかかる時間もしいですし、対処法を考えなければ。あと……)

 レイラののうに、クラウスを始めとする竜騎士の姿がかぶ。

(もう一週間も経つのに、様子を見に来るどころか訓練を行う気配もない)

 最初は、術具を外したばかりで気まずいのか、なんて思ったりもしたが……。

 産まれたばかりのアールはともかく、竜騎士団としてドラゴン達といっさいかかわろうとしないその姿勢はいかがなものか。

「ピ?」

 ムスッとするレイラに気づいたアールがそでを引っ張る。

 こんな顔を見せてはいけないと、慌ててレイラは微笑ほほえんだ。

「いい子で待っていてくれましたし、食事の前にこの辺りを散歩しましょうか」

「ピィ!」

 台車を回収したレイラは、アールと共にごほうの散歩に出かけていった。


 

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