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◇◆◇



 くだんの卵は、以前魔物討伐に出かけた際、たまたま見つけたものなのだという。

 竜騎士団のドラゴンとして育てるために持ち帰ったまではよかったのだが、王都にドラゴンについて詳しい者はおらず――正確には魔物の研究者がいるらしいのだが、その人は 研究のためにあちこちの街や国を飛び回って留守にしていることが多いらしい――ひとまず、廐舎に置いていたとのことだった。

 廐舎でさえあの状態なのだから、無論卵の面倒を見ていた者はおらず、今回無事に孵ったのは運がよかったとしか言いようがない。

(例えば鳥の卵などは、定期的に転がして一定の温度で温めることが必要ですが、ドラゴンはそういったことを必要としない、ということなのでしょうか)

 魔物は、魔物同士でらい合うことも多い。どれだけこくかんきょうでも生き残れるように、なのかもしれない。

 ――そんなことを、となりねむる子竜を眺めながら、レイラは考える。

 あれから、レイラ達は場所を騎士館へ変えた。城よりも、ここの方が近かったからだ。

 客室のソファーにレイラは子竜と並び、テーブルを挟んだ向かいにはクラウスとリッツが座っている。

「一度断った手前、ずうずうしいとも思うのですが。もちろんドラゴンだけではなく、時間の許す限り馬達の世話も担当します」

「もしそうしてくれるのなら有難いよ。どれだけ優秀な者がいたとしても、人手が足りないのはどうしようもなかったからね」

「ありがとうございます」

「……本気か?」

 レイラとリッツの会話を静かに聞いていたクラウスが、そこで初めて口を開いた。

 その頰には、先ほどレイラに叩かれた手形が赤いあとになっていて、レイラは多少の申しわけなさを覚えた。……かといって謝るつもりもないのだが。

「ウォルフ団長は、ドラゴン達の世話係は必要ないと?」

「今のままでもじゅうぶんかと」

「どこがですか」

 腕を組んでふんぞり返っているクラウスに、レイラは鋭く言い返す。

「掃除も、食事も、体調管理も、何もかもできていないではないですか。あれではぎゃくたいです。これ以上貴方方にドラゴン達を任せられません。それに私がいた方が、みなさまの仕事も減ってよいのではないでしょうか?」

 自分を雇うことのメリットを、レイラはつらつらと並べる。

 話を聞いているリッツも「確かに」となっとくした様子だった。

 だがクラウスの顔には、ありありと不機嫌の色が浮かんでいる。

「私では力不足でしょうか?」

「……そもそも俺は、魔物にかたれするようなヤツを信用できない」

 きっぱりとした口調と共に向けられる金色の瞳。最初に会ったとき、にくまれているようにさえ感じた。きっとそれは間違っていなかったのだろう。

 ドラゴンに抱き着いたレイラを見た彼は、レイラは信用するにあたいしないと、あのときから思っていたに違いない。

「人間を襲うヤツらの味方をするなんて、随分と物好きだな」

「そんな相手を竜騎士団の相棒として選んでいる貴方方は?」

「相棒? 笑わせるな。使い勝手がいいだけだ。いらなくなれば処分すればいいしな」

 あまりの言い草に、レイラはひざの上のこぶしにぎめた。テーブルを挟んでいなければ、クラウスのもう片方の頰も赤くしていたかもしれない。

「人の意思で勝手に連れて来て、勝手で殺すんですか? 随分と自己中心的では?」

「勝手なのは魔物だろ」

「魔物が私達を襲うのは、彼らが肉食であり、私達がしょく対象だからです。生きるために殺す彼らにとっては自然のせつです。それを身勝手に利用するなんて、魔物以下では?」

「っんだと!? じゃあおとなしく食われろって言うのか!?」

「そこまでは言っていません! ただ共存できるのであればな争いをしなくて済むということです」

「お気楽だな。それができなかったから、あの術具があるんだろうが」

 クラウスは苦々しくて、レイラを睨み返した。

「レイラ。ウォルフ団長」

 言外に「やめろ」とリッツにたしなめられて、レイラとクラウスはわざとらしく顔をそむける。

「……リッツ様、私が世話係になった際には、あの術具の取り外しを要求します」

「はあ!?」

 クラウスがとんきょうな声を上げる。レイラはそんな彼を無視して、リッツを見つめた。

「というより、あの術具は一体誰が作ったものですか? あんな……」

「私だよ、レイラ。私が城の術師にたのんで作らせた」

 淡々と、リッツが答える。

「慢性的な使い方も、リッツ様が望んだことなのでしょうか?」

「……直接は命じていない。ただ、使い方を知っていてのがしていたことは、事実だ」

 竜騎士団を設立したのがリッツであるという時点で、リッツがかかわっていないわけがなかった。頭では理解していたのだが、改めて本人の口から聞かされると、失望の気持ちがいてくる。

 それでもつつみ隠さずなおに話してくれた。そのため今は手打ちということにする。

(ではこの国には……ドラゴンに友好的な者はいないのですね……)

 もちろん例外はいるにはいるだろうが、ほとんどの者はドラゴンを恐れ、きらっている。 御者や、廐舎に来た兵士の態度がその証だ。

いっしょに暮らしていけると思ったのに……」

「誰がそんなこと望むんだよ」

 クラウスの独り言は、この国だけではなく、他国の者の大多数の意見でもあるだろう。

(けれどそれは、ドラゴンのことを知らないから)

「そもそもそんなこと無理に決まってるだろうが」

「いいえ、できます。かつて人間とドラゴンは共存していたんです。私はそう聞きました」

「誰からだよ」

「ドラゴンです」

 レイラの返事に、クラウスだけではなくリッツでさえも、不可解そうな目を向けてくる。

「私は、すべての魔物と共存できると思っているわけではありません。もちろんそれができれば一番いいのでしょうが、生態系を考えるに不可能です。ですが、ドラゴンとは分かり合えます。私は、それを直接ドラゴンに聞いたんです。その子は、人語を話す種でした」

 脳裏を過るのは、七年ほど前の思い出。時がつにつれぼんやりする部分もあるものの、あれは決して夢ではなかった。

「昔、私はその子に助けられました。そして仲良くなり、色々な話を聞きました。あの子は人間と共に生きてきた、と。誤解が生じて離れることになったそうですが、またあのときのようになれば……そう言っていたんです。他の魔物は分かりませんが、ドラゴンと人間は共存してきた過去がある。だからきっと、またできるはずなんです」

「そう言うなら、今すぐそいつを連れて来いよ」

「……私だって、会えるものなら会いたいです」

 そう言ってレイラは唇を噛む。室内にはちんもくが満ちた。

「――そうか。だから君は、竜騎士団の話を聞いたとき、あんなに喜んでいたのか。期待を裏切って、すまなかった」

 不意にリッツがそれを破った。しかもレイラを馬鹿にするでもなく、心底申しわけなさそうな表情で。

「殿下、信じるんですか!? そんなばなし……」

「レイラは噓をつくような人ではない。それは私が一番よく分かっている」

「リッツ様……」

 もちろんレイラは真実しか伝えていない。それでも自分の体験が

ばつなものだという自覚はある。信じてもらえなくても仕方がないとさえ思っていた。それなのに……。

「もしレイラの言う通り、ドラゴンが私達に協力してくれるのであれば、それは願ってもないことだ。今からでも可能だろうか?」

「はい! 可能です! 可能にしてみせます!」

 レイラの表情がほころぶ。何度も力強く頷いた。

「……ふん」

 微笑ほほえむリッツの隣では、クラウスが苛立たしげに眉間に皺を刻んでいた。

 あきらめた――というより、どうでもいい、という思考にえたのだろう。

「リッツ様、術具を外すこと以外に、もう一つ」

「何かな?」

「ドラゴンは空を自由に駆ける生き物です。ドラゴン用のしきを用意してください」

「廐舎ではダメだと?」

「はい。馬も、狭い中にずっと閉じ込めてはおきません。それと同じです。そして廐舎を用意するのであれば、今より何倍も大きなものをお願いします」

 顎に手を当てたリッツは、考えるように、ふむ、と小さく唸った。

「敷地にはできれば、水浴びのできるような設備があればなお有難いです。水竜は定期的に水浴びが必要なので。あの様子では行われていないのでは?」

 答えを求めるように、レイラはクラウスを見た。クラウスは唇をへの字に曲げたまま視線を逸らす。否定しないということは、レイラの言う通りなのだろう。

「彼らがいつからいるのかは知りませんが、ゆうちょうにしている場合でもないと思われます」

 処分を前提としているのであれば、今のままでもいいのかもしれない。だがレイラが世話をするからには、術具を外すこと、敷地を用意することは絶対条件である。

「……分かった。ではこうしよう。廐舎は造らない。代わりに城の裏にある人工森の一部を、ドラゴン用に開放する。湖もあったはずだ」

「なっ……いいんですか?」

 驚いたように口を挟むクラウスに、リッツは頷く。

「ちょうどいい場所があそこしかないだろう。父と母には私から伝えておく」

「有難く存じます」

「ドラゴン達が暮らすはんには結界を張ることになるが、それはいいかな? その中ならドラゴン達の術具を外してくれて構わない」

「はい!」

 まさしくレイラの望んでいたことだった。応える声がつい大きくなる。

「ピィ……ピィィィィ!」

 レイラの声で、すいみんを邪魔されたのだろう。子竜が泣き出した。

「すみません、起こしてしまいましたね」

「ピィィィ!」

「うるさい。だまらせろ」

 顔を歪め、クラウスが吐き捨てる。

 それにレイラはムッとするが、今はクラウスよりも子竜が優先だ。ピィピィ声を上げている子竜を横抱きにすると、顔を覗き込みながらゆら、ゆら、と動かす。あやせば、子竜はどこか嬉しそうにレイラを見上げてきた。

「ピィ!」

「レイラになついているようだね。ドラゴンの子どもの世話の経験は?」

「いえ、さすがにそれはなくて……ですがこの子の世話もお任せください」

「では決まりだ。ご両親には、私から手紙を送ろう。レイラからの説明も頼む」

「分かりました」

「ピィィ……」

 しかめっつらで子竜が顔を両手でこする。まだ眠いのだろう。

「そろそろその子も、静かなところでたいだろう。もう部屋自体は城に準備させた。人を寄こすから、先に帰っているといい」

「何から何まで……恐れ入ります。本当に、ありがとうございます」

 頼まれたわけでもなく、レイラ自らが言い出したことなのに。あまりにもたいぐうをよくしてもらえて、きょうしゅくのあまりレイラは肩を縮こまらせた。

 ――それから、レイラは城の一室に案内された。

 ベッドに子竜を寝かせ、上下する丸いお腹を、ぽんぽんと緩く叩く。

 するとぎゅっと指を握られて、思わず破願してしまった。

(ドラゴン達の現状は……許せません。けれどそれは、誤解や、無知から起こってしまったこと。これから変わっていくのであれば、きっと)

 そのためなら苦手な人付き合いだってなんとかしてみせる。

(ここがドラゴンと共存のできる国になれば、また、貴方に会えるでしょうか。カール)

 幼いころに出会った火竜の姿を思い返しながら、レイラは子竜のがおを眺めるのだった。

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