1-3

◇◆◇



 その後リッツに案内されたドラゴン達のきゅうしゃを見て、レイラは絶句するしかなかった。

「まさか……馬用ですか!?」

「まずかっただろうか?」

「当然です!」

 相手が王子であることも忘れて叫んだレイラは、飛び込むようにして廐舎に入る。

 途端に鼻をつく、ツンとしたにおい。けものぶつしゅうの入り混じったそれは、ここがかんもされておらず、そうも行き届いていない何よりのしょうだ。しかも――。

「っ……」

 一つ一つ区切られたさくの中に、ドラゴンが一頭ずつ押し込められていた。馬用と考えれば広い造りではあるが、ドラゴン相手には身動きを一切許さないほどのせまさである。

 苦々しい思いで、レイラは廐舎内を見回す。

 きたなさも、狭さも、想像以上だ。

 しかし何より目がはなせないのは、ドラゴン達のうつろな表情だった。められたわらの中に座り込む彼らは、レイラが入ってきても、目線すら寄こさない。

(これは……)

 首にはそれぞれ首輪がある。団長と共に自分を助けてくれた火竜が着けていたものと、色や形状が同じだ。ということは、ドラゴン達の個体を判別するためのものではないということである。

殿でん、陛下がお呼びです」

 と、背後から声がした。見れば、兵士が入り口に立っている。

 中まで入ってこようとしないのは、まずはリッツの許可が必要だからだろうか。それともドラゴンを恐れているからか。なんとなくレイラは、後者ではないかと思った。兵士の表情が一瞬、けんゆがんだように見えたからだ。

「来客中だ。あとで……」

「いえ、リッツ様。行ってください。わざわざ呼び出すということは急ぎの用でしょうし。私はここでお待ちしておりますので」

 自分なんかのためにリッツの仕事をさまたげるわけにはいかない。

 それに――冷静になるためにも、レイラは一人になりたかった。今まで自分を買ってくれていた彼に、一体これはどういうことだと詰め寄るようなをしたくない。

 リッツは何か言いたげだったが、結局は兵士と共に、いったん廐舎をあとにした。

 不自然なほど静かな廐舎には、レイラと、身じろぎ一つしないドラゴン達が残される。

(この状況もひどいですが……一体どうして、彼らはこんなにおとなしいのでしょう……?)

 こうそくされているわけではない。魔力で屋根や壁をやぶって外に出ることだって可能なはずだ。

 レイラはゆっくりと、近くのドラゴンの元へ向かった。さくしに一頭を見つめる。

 あおみがかった体は、魔力属性が水であるあかし。水竜である。とくちょうは魚のような鱗と、足の指の間にある水かきだ。

 視線を下に向けたレイラは、水竜のつめが異様にびているのを見て、けんしわを寄せる。

 動物は基本、地面を駆け回ることで爪も自然な長さになる。その理屈は恐らく魔物も同じだろう。それなのにここまで伸びきっているということは、満足に外へ出されていないと考えられる。

 鱗も乾いてボロボロだった。栄養が摂れていない証拠だ。

(あの火竜も……)

 頰ずりをした際の感触を思い出し、レイラは唇を噛む。あのときに気づいていれば……。

 ふとレイラの視線が首輪に集中した。革に何か文字のようなものが刻まれている。

 名前だろうか。読もうとして、その正体に思い当たった。

(まさか)

「誰だ」

 聞き覚えのある低い声に、レイラは勢いよく振り返る。

 火竜の手綱を引いて廐舎に入ってきたのは、クラウス・ウォルフだった。

「お前、さっきの」

「おじゃしております。突然で申しわけないのですが、ドラゴン達に着けられている首輪は、まさか術具ではありませんよね?」

 たんたんとした口調でたずねたが、レイラの内心は決して冷静ではなかった。むしろ自分の考えが外れていてほしいと願うがゆえに、クラウスに向ける瞳は強く鋭い。

 いきなりの質問に、彼のたんせいな顔がいぶかしげなものになる。

「それがどうした」

「っ……」  

 予想内の、けれどそうであってほしくはなかった答えがクラウスから返ってきて、レイラはこうちょくする。

 ドラゴン達に着けられている術具は、恐らくうばうとかそういう類のものだ。火竜の目を見たときに覚えた違和感の理由をやっと理解できた。

 声も上げず、表情も変えず、ひたすら人間に従うだけ。それはただの都合のいい道具だ。

 レイラが何も言えずにいる間に、クラウスは火竜を柵の中に入れようとした。

 咄嗟にレイラは駆け寄ると、腕を摑んで彼を止める。

「なんだ」

「貴方は、竜騎士団の団長なのですよね?」

「それが?」

「ではこの状況を、なんとも思わないのですか?」

 クラウスは不機嫌そうな、うっとうしそうな表情を浮かべる。ドラゴン達と廐舎内を一瞥し、小さく鼻を鳴らした。

「はっ、別に」

 よくようのない一言に、レイラはショックを受けるばかりだ。

「放せ」

 クラウスはレイラの手をほどこうとした。

 このままでは、火竜はあの狭い空間に押し込められてしまう。反射的にレイラは、クラウスの腕にしがみついた。

「放せ。さっきからなんなんだお前は」

「術具を外してください!」

「はあ!? 馬鹿言え! そんなことしたらどうなるか分かってるのか!?」

「貴方こそ、自分が何をしているか分かっているんですか!?」

 例えば、噛みつかないようにと動物に口輪をはめることはある。けれど、それはあくまで状況に応じた一時的なものだ。術具だって、場合によっては必要なこともあるだろう。

 だがそれを、人間の一方的な都合でまんせいてきに使うことはちがっている、とレイラは思う。

 それらを使わなくていいように、信頼関係を築いていく。飼育とはそういうものではないのだろうか。

 レイラが女性だからと、今までは力を加減していたらしい。けれどさすがにいらったのか、乱暴に振り解かれてしまう。

「魔物だぞ!? 術具を外したら何されるか分かったもんじゃねえんだ、こんなヤツら!」  

 ふらついたレイラに目もくれず、クラウスが怒鳴った。

 瞬間、カッ、とレイラの頭に血が上る。

 いい関係を築いているのだと思って喜んだからこそ、この現状はレイラにとって裏切りだった。ドラゴンが、生きているものが、こんなあつかいを受けていいものか。

 しかも本来であればドラゴンをまとめるべき存在の、彼の言い草にも腹が立つ。

 気づけばレイラは、クラウスの頰をぱたいていた。

 パシンッ、という小気味いい音が、みょうに静かな廐舎の中に響き渡る。

「なっ……は……?」

 驚いたように、クラウスがレイラを見やる。

 レイラもレイラで、内心きょうがくていた。

 レイラは、だん感情を表に出さない。それは性格でもあるし、何より、動物は人の感情を読み取ることにけている。言葉が通じないからこそ、さいなことで動物達に心配をかけないよう心掛けていた。

 だからこそ、今の自分のしょうどうてきな行動が信じられなかった。

「あ、えっと……」

 半ば混乱状態で、レイラはあと退ずさる。

 と、何かが足にぶつかった。

 クラウスから逃げるように、レイラは視線をゆかに落とす。

 

――足元に、人間の赤子ほどの大きさの卵があった。


「え? ……えッ!?」

 想定外のことに頭が真っ白になる。

「だ、団長! これはまさか、ドラゴンの卵ですか……!?」

「は?」

 彼からすればじんに叩かれたのだ。聞き返す声はあらい。

 が、レイラの指差すものを無視はできなかったようだ。

「……はぁ!?」

「こんなところに無造作に……!?」

「違う! ちゃんと隅の方に置いていた!」

 そう言われて思い返せば、確かにさっきまで足元にはなかったはずだ。

不意に卵が左右に揺れた。ゆっくりとだが一回転して、軽く移動する。まるで中にいるものが、声をたよりにレイラとクラウスの元へやって来ているような――。

「どういうことだ? 勝手に……」  

 クラウスが呟いたのを合図にしたように、卵の表面にヒビが入った。

「……ます」

「え?」

「産まれます!」

 最初クラウスは、レイラが何を言っているのか理解できなかったらしい。だが目の前で卵のヒビが広がって大きくなり、内側から押されて割れるのを見て、ぎょっとしたような顔になる。

うそだろ……!?」

 割れたところかららんまくが覗く。さらにぴょこんと、可愛かわいらしい手も見えていた。器用に卵膜を破り、一度引っ込めたかと思ったら。

「ピィ」

 小さな頭がひょっこりと出てきた。

 赤茶色のつぶらな瞳が、こうにレイラとクラウスを見上げる。

「まじで……産まれやがった……」

 クラウスが呆然と呟く。

 子竜はもぞもぞと、卵の中から出てくる。

 卵は人間の新生児ほどの大きさだったが、そこから産まれてきた子竜は、さらにひとまわりほど小さかった。

 首の長い成竜とは対照的に、子竜の首はどうたいと一体化したようにほとんどない。手足も短かった。おなかなど体は全体的に丸く、折りたたまれた翼はこれから成長していくのだろう、飛ぶにはいに小さい。

(真っ白……産まれたてだからでしょうか)

 ドラゴンは魔力属性によって見た目が変化する。鱗の色は特にけんちょだ。

 火竜であればあかいろ、水竜であれば蒼に近い色、土竜であれば茶色、風竜であれば薄い緑色、といった具合である。

 また、魔物の瞳は本来赤いはずだ。しかし子竜の目は赤には近いものの茶色である。

 産まれたてでまだ魔力があまりなく、見た目に反映されていないのだろうか……?

 子竜はレイラとクラウスを見ると、「ピィ」と鳴いて、えっちらおっちらと近寄ってきた。が、と〉ちゅうで止まってしまい、こてんところがってしまう。

「……死んだか……?」

「違います! 出てきたばかりでつかれているんです」

 その証拠に、上下に動くお腹の動きは規則的だし、きゅるんとした目は相変わらずレイラとクラウスを見つめている。

 目の前で産まれた命に、ジン、とレイラの胸が熱くなった。

 しかしすぐに、現実を思い出す。

 飼育や世話とも呼べない管理下に置かれ、自我を奪われて道具として扱われているドラゴン達。まだ産まれたてのこの子が同じような目にうところを想像すると、それだけで 息の詰まる思いだ。

(そんなこと、させたくない。――させない)

 こわれてしまいそうに小さくて温かな体を、レイラは抱き上げた。

「ピィ?」

「レイラ? ウォルフ団長?」

 そこに、用を済ませたらしいリッツが戻ってきた。呆然としたように突っ立ったままのクラウスと、レイラを不思議に思ったらしい。

 かんまんな動きで、レイラはリッツを振り返る。

「つい今しがた卵がかえりまして」

「ドラゴンの……!? ではその子が」

「はい」

 頷いたレイラは、真っ直ぐな瞳をリッツに向ける。

「リッツ様、先ほどの話はまだ有効でしょうか?」

「さっき? というと?」

「世話係の話です」

「もちろんさ。私はレイラがライベルにいてくれると嬉しいけれど」

「では、」

 レイラはクラウスを一瞥する。いや、にらみつける。

 いくら口頭でやり方を変えろといっても、本人達にその気がないのであれば意味はない。であれば、自分がそっせんして変えていくしかないのだ。

「私を雇っていただけないでしょうか? 竜騎士団の――ドラゴン達の世話係として!」

 レイラの発言に、クラウスが目を見開く。だがすぐに、嫌悪を宿した瞳でレイラを睨み返してきた。

 これだけ騒いだというのに、子竜以外のドラゴンは、レイラ達をちらりと見ることもない。ただ生きているだけの置物として、その場に鎮座するだけだった。

 

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